☆☆☆

「エル?」


 先を飛んでいたファラは、急に背中がぞくりとして、急いで後ろを振り返った。

 目を見開いて、それからふるふる首を振り、もう一度しっかり目を開ける。

 エルが飛んでいたはずのところでは、月明かりが宙空を照らすばかり。

 途端に、ファラの全身が震えた。


 エルがいなくなっちゃった。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう!

 一緒に神さまのお言葉を伝えにいくはずなのに。

 エル、エル、エル!

 急いで左を見ても、右を見ても、また左を見ても、どこまでもどこまでも夜が広がるばかり。

 目に涙がどんどん浮かび、手足は震え、風の音すら怖い。耳を塞ぎ、闇に飲みこまれる気がして、ぎゅっと固く目を閉じた。

 すると、途端に頭の中が静まって、透明な声が響きわたる。


 —–– ファラ、行きなさい。


 神さまの声は、光を灯すように、ファラに優しく語りかける。

 その瞬間、なぜだかファラは、青い丸屋根の家に気がついた。


 あそこに、エルがいる。


 青い屋根の真ん中で光る、黄色いランプの温かな光。木枠に嵌められたガラスの向こうに、若い女の人が座っている。とても裕福ではなさそうだけれど、暖かそうな小さな家。そしてそこで、ほがらかに笑む女の人。


 —–– ファラ、さあ。エルに祝福の言葉を。


 ファラの体は呼び寄せられるように、丸屋根を目指して飛んで行った。

 

 あそこだ。

 あそこに、エルがいる。

 

 天窓のそばに降り立ち、中を覗き込む。椅子に座る女の人と、彼女にほほえみかけて話す男の人。言葉は聞こえないけれど、心の通いがわかる二人。

 空を仰ぎ、目をつむり、心の声を響かせる。



 —–– おめでとう。

 あなたにたったいま、新しい命が宿りました。

 わたしの大事な、大事な友達です。

 どうか、幸せが降りますように。

 不安な嵐もあるでしょう。

 泣きたい夜もあるでしょう。

 けれどどうか、お願いです。

 あなたたちの、たくさんの愛を。

 わたしのたいせつな、友達です。



 わたしの友達が、幸せになりますように。

 あなたたち家族に、たくさんの、たくさんの幸せが、降りますように。








 —–– 全ての生まれてくる命と、そのご家族に幸せがありますように。

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さいわいなことり 蜜柑桜 @Mican-Sakura

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