最終話 リーガースベゴニアのせい
~ 十月二十六日(金) ブローチ ~
リーガースベゴニアの花言葉 親切
一週間遅れの誕生日会は。
いつもの通り、ワンコ・バーガーで開催されているのですが。
ここの所、大賑わいのお店を貸し切りになど出来るはずもなく。
ご厚意で休憩室をお借りしてのパーティーとなりました。
とは言えそこは優しい店長さん。
派手なスカーフと折り紙での見事な飾り付け。
カーテンまで、わざわざカラフルなものに付け替えて。
そして豪快なカンナさん。
山のようなフライドチキンに美味しそうなパスタ。
さらには大きなケーキまで準備して下さって。
誕生日とは感謝する日と教わったことがありますが。
その意味は、年齢と共に変化して。
今年の俺にとっては。
素敵な人と巡り会えた奇跡に感謝したい。
そんな日になりました。
「……いいや、違うぞ藍川。誕生日はいろんな面白グッズが貰える日だ」
「六本木君はおかしなこと言うの。お誕生日は、カロリーを無視して食べても翌日に響かない奇跡の日なの」
「台無しです」
妙なことで喧嘩を始めた、男子の方はいいとして。
口を尖らせた女子の方。
彼女の名前は、
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はパーティー仕様。
お姫様風に縦ロールにして。
銀色のティアラなどかぶって。
そこにゴージャスな、ピンクのベゴニアをたんまりと活けていますけど。
その姿、一言で表すならば。
……いえ、この際ですからはっきりと本人に言いましょう。
「どうして上下よれよれのスエットで来ました?」
「パジャマパーティーと勘違いしただけなの。よそ行きのパジャマは、まだ修学旅行の鞄の中なの」
「すぐに出しなさい」
こんな穂咲と、そして俺の誕生日パーティーに。
沢山の人が集まって下さいました。
六本木君が幹事と聞いた時には。
渡さんを交えた四人で小さなパーティーを開くものと想像していたのに。
ふたを開けてみれば、神尾さんに宇佐美さんに日向さん。
ワンコ・バーガーでのバイトを続けてくれている瑞希ちゃんと葉月ちゃん。
こんなにもたくさんの…………。
「女子ばっかりでどうします。こんなの、俺は居場所がありませんよ」
「その文句は俺の方が言いてえ」
「どういう意味です?」
幹事を引き受けてくれた六本木君が。
大真面目な顔で俺に言うには。
「男子には、道久の誕生日パーティーだって声をかけたらこのざまだ」
「それはおちゃらけて言って欲しかったのです。そんな真顔で言われると、ほら御覧なさい、涙が出てきたじゃありませんか」
「いえいえいえ! あたしは秋山先輩のお誕生会『も』兼ねてるから来たんですよ!?」
「…………『も』?」
「み、瑞希ちゃん。それ、フォローになってない……」
可愛い後輩コンビがわたわたとしておりますが。
俺は、ありがとうねと声をかけつつも。
肩を落としてしょんぼりすることになりました。
さて、そんな楽しいお誕生日パーティー。
開幕時の予想通り。
女子はワイワイと楽しそうに盛り上がり。
六本木君と俺は、最近読んだマンガの話などで時間をつぶすという有様。
などと言ってはみたものの。
賑やかで平和な空間は。
胸のあたりをぽかぽかとさせてくれるのです。
でも、六本木君的には退屈だったのでしょうか。
おもむろに席を立って、声を張りました。
「それじゃ、宴もたけなわですが!」
「始まったばっかしですよ、六本木君」
幹事兼司会者が立ち上がると。
お話を邪魔された、妹の瑞希ちゃんは文句を口にしましたが。
残る皆さんは拍手を送ります。
何事でしょう?
ゲームでもするのかな?
「では早速、プレゼントタイムと参りましょう!」
「まさか締めにかかるとは思いませんでした」
「おにい、段取りめちゃくちゃ! そんなの最後の方がいいのに!」
「いや、俺は早いうちに貰いてえ派だ」
それなりのブーイングと笑い声。
妙な空気になりつつも、そこは楽しいプレゼントタイム。
穂咲はほくほくと笑顔を浮かべて。
目の前に積み上げられていく素敵なラッピングを見つめます。
「それじゃ主賓! 気になった包みから開けて行ってください! ……あ、おまけのお前も開けてていいけど、音は立てんな」
「酷い。音、出ちゃいますって」
じゃあ、黙って見てろってことじゃないですか。
……まあ、同時に開けるのも無粋なのでそれはいいのですけれど。
みんなが見つめる中。
本日の主人公さん。
穂咲が包みを開くたび。
会場は華やかな笑顔で包まれて。
まるで世界がくれたプレゼント。
心にリボンがかかります。
特に、葉月ちゃんがくれた絵本がお気に召したようで。
目を輝かせてページを捲っては。
素敵素敵と大はしゃぎ。
でも、楽しい時間はあっという間。
プレゼントの山は空箱の山となり。
残りはシックな一つの包み。
「俺のが最後になったか。まあ、トリに相応しい品だから構わんが」
「六本木君のなの。何が出るかな……」
丁寧にリボンを外して。
綺麗に包みを剥がして。
顔を出したブルーの小箱の蓋を開いた穂咲のニコニコ顔が。
あっという間にしょんぼりとします。
……そこに入っていたのは、三種類のブローチで。
事情を知っている神尾さんと渡さんが。
箱の中身を見て凍り付きました。
穂咲は、小箱の蓋を取り落として。
プレゼントを見ながら、ぽろぽろと泣き出してしまったのですが。
……そこまで嫌いだったなんて。
さすがに驚きです。
「泣くほど嬉しかったか? いやあ! 時間かけて選んだ甲斐があったぜ!」
そして空気も読めず、照れくさそうにする六本木君に。
渡さんが噛みつきます。
「あんたって人は!」
「え? 俺、おかしいこと言ったか?」
「ごめんね穂咲。これ、嫌なのよね?」
「……あたしこそごめんなさいなの。でも、嬉しいけどこれはいらないの」
そう呟きながら。
穂咲が蓋をしてしまった小箱。
幸せに包まれていた世界にも。
ぴたっと蓋をされてしまったよう。
穂咲がここまで拒絶するということは。
きっとこいつは、自分の気持ちでは無くて。
誰かの気持ちを汲んでブローチの事を嫌いになったのでしょう。
その理由については俺も知りませんけど。
でも、このままではみんなが寂しいままなのです。
なにか上手い解決法はないかしら。
俺は頭を捻りましたが。
穂咲を支える神尾さん。
その髪につけられたブローチを見て。
俺は、いい方法を思い付きました。
穂咲の顔の前に、改めて小箱を置いて。
その蓋を外して。
これを選んでくれた六本木君の気持ちを考えながら。
俺は穂咲に話しかけました。
「……これはブローチじゃないですよ?」
「ブローチなの!」
「違うのです。……これは、マフラークリップ。これは帽子飾り」
「ちょっと、秋山……」
渡さんは心配そうに俺を見上げますが。
でも、俺の言いたいことは。
穂咲にはちゃんと伝わったようで。
口を尖らせたままではありますが。
最後の一つを指差しながら聞いてきます。
「じゃあ、これは?」
「これは巾着の紐どめなのです。神尾さんのとおそろいですよ?」
…………穂咲は、すぐお隣で手を握ってくれている神尾さんを横目で見ると。
ようやくにっこり微笑んで。
「そうだったの。ありがとうなの。変なこと言ってごめんなさいなの」
六本木君にぺこりと謝ると。
ブローチを一つずつ小箱から出して。
しげしげと眺め始めました。
「大人ねえ穂咲は。それにひきかえ隼人は……」
「う。その、気を使わせてすまん。でもこんな地雷分からねえって……」
「言い訳しない。男らしくない」
「はい」
しょぼくれる六本木君に。
穂咲は柔らかく微笑むと。
「構わないの。大人なあたしなの」
調子に乗って。
みんなを苦笑いさせるのでした。
「……なら、大人の穂咲さんに。これは俺から」
「プレゼント? ……ちょっと道久君。大人なあたしでも怒るの。土産物屋の包みなの」
「文句は、包みを開けてからにしなさい」
眉根を寄せて俺をにらみながら。
ビリビリと、子供みたいに包みを破く穂咲が尋ねます。
「これ、中身はなあに?」
だから俺は。
笑顔と共に言いました
「なんと! 君の大好きなブローチなのです!」
「意地悪なの! いらないの!」
室内が騒然とする中。
開きかけの包装紙もそのままに、穂咲は包みを俺に突き返してきたのですが。
「……え? これのどこがブローチなの?」
そのまま手元に戻して。
包装紙から顔を覗かせたプレゼントをしげしげと眺めます。
「ブローチです」
「どこが?」
「昔、君はこれをブローチと呼んで毎日遊んでいたじゃありませんか」
穂咲が改めて包装紙を破くと。
中から現れたのは、上野で見つけたピンクの宝石箱。
それを懐かしそうに撫でながら。
穂咲は俺を見つめて、こう言いました。
「ブローチなんて呼ぶわけ無いの」
「え? 呼んでましたよ。そのせいで俺もしばらく勘違いしてましたし」
「変な道久君なの。これはブローチじゃないの、宝石箱なの」
「うそでしょ?」
何かの記憶違いなのでしょうか。
「それに、あの宝石箱とはずいぶん違うの。中だってきっと……」
そう言いながらピンクの宝石箱を開いた穂咲は急に口をつぐんで。
嬉しそうに微笑むと。
指輪用のラインに、六本木君がくれた三つのブローチをはめて、外して。
みんなが静かに見守る中。
ずっとそれを繰り返すのです。
「…………なにしてるのです?」
「さくさくが楽しいの」
まるで小さな子供。
黙々と、はめて、外して。
まるで誰かと会話をするように。
優しい笑顔で宝石箱を眺めながら。
「……道久君、よく覚えてたの、これ」
「何となくですけど」
穂咲が、ブローチと呼んだはずの宝石箱。
君が好きだと言ったものですし。
記憶の戸棚に、ちゃんと残っていたのです。
「嬉しいの。あたしが綺麗な大人になったから貰えたの」
「なにそれ? さっきから、まるで子供のようですが?」
俺の言葉に、穂咲はにっこりと微笑みながら首を振って。
「大人になったから貰えたの」
そして、テーブルに乗せた宝石箱に体ごと覆い被さると。
大切そうに、胸にぎゅっと抱きしめたのでした。
~🌹~🌹~🌹~
「じゃあ、次は道久のプレゼントだな」
「ありがとうございます」
穂咲のターンとは異なりまして。
包みを開くたび、笑い声で満たされた俺へのプレゼントは。
立っていても疲れない健康サンダル。
立っていても腰を痛めないサポーター。
立ち姿勢を保つ、胸に巻くベルトなどなど。
こんなの、口をつく言葉なんてひとつです。
「…………前提が」
そんな一言に、全員が苦笑いで応えるのですけれど。
ちょっとこれはいくらなんでも。
「お気持ちは嬉しいのですが、なんでしょう、釈然としないのです」
「ここまで被ると……」
「憐れね」
六本木君と渡さんが、息ぴったりに言ってはいけないことを言うと。
「でもでも! 用途はともかく、同じものが一つも無いなんて!」
「……き、奇跡的ですよね?」
瑞希ちゃんと葉月ちゃんが。
ギリギリ一杯のフォローをしてくれます。
穂咲に諭したばかりなのに。
俺が感謝しないわけにはいきませんけれど。
それにしても、これだけの品をいただいておいて。
心はへこむばかりなのです。
「そう言えば。君は?」
「なんなの?」
「プレゼント」
「ここんとこ意地久君だったから買ってないの」
未だに、宝石箱に圧し掛かったままの穂咲が。
さも当然でしょとばかりに答えたのですが。
「でも、今は優しい道久君だから、今から……」
「買って来るの?」
「焼いてくるの」
「いつものかあ」
まあ、かつて貰った桜の木の枝よりはましか。
俺がため息と共に見つめる先で。
穂咲は目玉焼きを作るために席を立ちましたが。
「散らかしたまま行くんじゃありませんよ」
「それはそうなの。たまにはいいことを言う道久君なの」
そんな憎まれ口をたたきつつ。
鼻歌を歌いつつ。
皆からのプレゼントを、渡さんから貰ったバッグに丁寧に詰めていくと。
「奇跡的ぴったんこサイズなの! あたしのプレゼント、全部入ったの!」
満足そうに俺に見せつけるので。
「俺へのプレゼントだって負けていませんよ?」
そう言いながら。
皆さんからいただいた、立たされグッズを装着していくと。
「…………奇跡的ぴったんこ。俺のプレゼント、全部装着できました」
そのまま、試しに気を付けしてみたら。
ことのほか快適で、文句すら言えないのでした。
「似合ってるの」
「うるさいのです、意地咲ちゃん」
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 15冊目🎁
おしまい♪
……
…………
………………
~ 十月二十六日(金) 宝石箱。あと、虹 ~
「そうだ。道久君が意地久君になる前にね?」
「はあ」
「誕プレ、欲しいものが分かんなかったから携帯のメモを見たんだけど、何が欲しいか書いてなかったの」
「書かないでしょうよ普通は。あと、他人の携帯勝手に見なさんな」
穂咲からのプレゼント。
虹色模様の目玉焼きをほおばりながら俺は文句を言います。
「……あれ? じゃあ、俺の課題リストに『パ』って書いたの、君?」
「そう! 凄かったの! 今でも動画で見れるの!」
「え? 何のこと? 動画???」
いったい、何を言っているのやら分かりませんが。
喜んでいるので放っておきましょう。
「そしたら、何をあげようかな……」
「別に、これでいいですけど?」
俺は、中までしっかりと色がついた白身を箸で切りながら言いましたが。
……そう言えば。
一色なら分るのですけど。
これ、どうやって作りました???
「……プレゼント……」
「それより、これの作り方が知りたいのですが」
「宝石箱?」
「え? いくらなんでも、俺はいらないのです」
「そうじゃなくて、あたしの宝石箱どこ行ったんだろ?」
「…………さあ」
「探し出さなきゃなの! この名探偵が!」
「頑張って下さい。と言いますか、君の部屋の中でしょう?」
「……名探偵は頭脳労働担当なの。力仕事は助手の仕事なの」
「勘弁してください」
こうして俺は。
迷探偵・ホーサキの助手、ワトヒサとして振り回されることになるのです……。
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 16冊目🔎
2018年10月29日(月)より開始!
今度はとうとう推理小説に!?
数々の伏線、それを繋ぎ合わせると見えてくる壮大な過去のドラマ!
……などが待っているはずもなく。
いつものようにドタバタのんきが待っています!
どうぞお楽しみに♪
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 15冊目🎁 如月 仁成 @hitomi_aki
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