わたしはキングテレサ姫

長谷川賢人

わたしはキングテレサ姫

わたしはずっと、こんな自分が嫌いだった。恥ずかしがり屋で、正面から見つめられてしまうだけで、かあっと顔が赤くなってしまう。いたずらを仕掛けようと、後ろからそっと付いていって訪ねてくる人を脅かそうとしても、振り向かれて目が合うと、ぴたりと動けなくなってしまったりして。


口の中に、牙、としか呼びようのない歯もあった。友だちのイカ子は「八重歯があるみたいで可愛いじゃん」と言ってくれるけど、その言葉はわたしを慰めはしなかった。鏡を見るたびに、まるで犬みたいで、ずっと強くて、縛り付けられたって振りほどいて、何かをガジガジと噛まずにいられなさそうな歯だった。


だけど、わたしはただ、後ろから付いていって、わぁ!と脅かすくらいの、そういう役回りでいたかったのだ。わたしをこわがって、どんどん前に進んでいく背中を見て、わたしという存在がたしかに相手に恐怖を与えているという、その景色があればじゅうぶんだった。


でも、ある日、それだけじゃだめなんだと、わたしは思った。それは、わたしの親玉、というくらいにお世話になっている方が、仲間からこんなふうに馬鹿にされていたのだ。


「キングテレサ様がマリオをやっつけたことってありましたっけ?」


マリオ。そのおじさんは、わたしたちの屋敷にやってきて、身軽にひょうひょうと飛びまわって、わたしたちの生活をじゃまするやつだった。マリオが来たときは、みんなの空気がぴりぴりした。マリオは火を放ったり、空を飛んだりもする。わたしが知る限りでは「にんげん」という種類のはずなのに、わたしたち「おばけ」みたいな動きをするのだ。


わたしには、「テレサ」という名前がある。そう呼ばれているのは、わたしだけじゃない。たくさんのテレサのなかで、わたしは群を抜いて恥ずかしがり屋だったし、大きな牙だって気にかかったままだった。マリオが館に足を踏み入れ、走っていくルート上から、すこし離れた場所をわたしは担当することになっていた。


キングテレサ様は、わたしの憧れ。つよくて、マリオにだってぜったい勝てるって信じてる。それなのに、他のテレサが馬鹿にしたようなその物言いには、キングテレサ様が怒っている以上に、耳にしたわたしがずっと怒っていた。


わたしは、わたしを変えたかった。たくさんいるうちのテレサじゃなくて、わたしはわたしというテレサを、もっと強くしなくては、とおもった。馬鹿にしたあのテレサよりも、ずっとずっと強くなって、マリオがいちばん鬱陶しがるくらいの存在になろう。そのルートのいちばん最初に立って、キングテレサ様がマリオを倒す手助けをしたい。


その日から、わたしは嫌だった牙も、よく観察してみることにした。ちゃんと磨くと暗闇のなかで白く浮かんで、すごく怖くなることがわかった。恥ずかしがり屋な性格は、相手と対峙しなくてはならないテニスで鍛えることにした。幸い、テレサの仲間でもテニスは流行っていて、毎年の「テレサ選抜戦」で勝ち抜くと、マリオたちとのテニス勝負に参加できることになっていたから、目標を見つけるのは容易かった。


わたしはテニスでも勝ち、マリオを追いかける速度と怖さを磨いた。馬鹿にしていたテレサに何を言われても、わたしは日々を変えなかった。イカ子は「八重歯みたいで可愛いよ」なんて慰めを、もう言わなくなっていた。イカ子は気づいたら、わたしと一緒に行動するようになって、活躍のフィールドを広げていた。わたしもイカ子も、たぶんずっと、こんな日を待っていたのだ。何かのために打ち込む今の日々は、過去を振り向くよりもずっと自分を変える。


ある日、わたしはキングテレサ様に呼ばれた。すごく、どきどきした。


キングテレサ様は、わたしのすがたをみて、いつも怖い顔のはずなのに、なぜだかふっと、笑みを浮かべたように見えた。わたしの頭に、そっと、これまで感じたことのない重みが加わった。すごく心地よく、そのクラウンはわたしの頭におさまった。


わたしは、テレサ、とはもう呼ばれなくなっていた。いまではわたしのうしろを、何体ものテレサたちがついてくる。キングテレサ様と同じように、「キングテレサ姫」なんて呼ばれるようになったのだけど、キングなのに姫ってなによ、とは、ちょっとだけ今でも思っている。でも、キングテレサ様とほとんど同じだから、黙っている。


だけど、やっぱり、いまでも顔を正面から見られると、照れてしまうのは治らないままだ。でも、それもわたしかなって、最近は開き直っている。

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