古書店の思い出
陽月
古書店の思い出
お盆で実家に帰省すると、母からある人の訃報を聞かされた。
「あんた知ってる? 古書店のおばあちゃん亡くなってんで」
「嘘っ」
思わず聞き返したが、私が小学生の頃に既におばあちゃんだったのだから、それも仕方のないことだろう。
「小さい頃お世話になってたやろ。初盆やし、お参り行っといでや」
「あー、うん。明日にでも行ってくるわ」
小さい頃、その古書店は私の遊び場だった。
ほとんどがよく分からない本だったが、学校の図書室にはない本ばかりで、それが楽しかった。
勘定場に座って店内を見ていたおばあちゃんは、いくらでも立ち読みさせてくれただけでなく、おやつもくれた。それは、あめ玉だったり、アーモンドやマカダミアナッツが入ったチョコレートだったりした。どれも、子供が口に入れるには大きめの粒だった。
チョコレートが手に付くと、「さすがにその手で本はあかんね」と濡れ布巾で手を拭かれたものだった。
私が本好きに育ったのは、このおばあちゃんのおかげだと思う。
礼服に身を包み、内ポケットに数珠を入れて、古書店へと向かう。
まだ朝の9時だというのに暑い。さすがはお盆というべきか。
交差点に立つ赤い丸ポスト。その傍らに建っているのが古書店だ。
ガラスがはめ込まれた、格子状の引き戸。中を覗けば中身がまんぱんの本棚と、奥に主のいない勘定場が見える。
丸ポストと並ぶ古書店は、昭和という言葉が似合う。
古書店の戸に手を掛けるが、さすがに鍵がかかっていた。
店の裏の母屋へとまわる。
玄関先には、初盆を示す提灯が掛かっていた。
おばあちゃんの家族とは面識がなかったが、私のような者は多いのだろう、小さい頃にお世話になってと伝えれば、仏壇の前に通してくれた。
鈴を鳴らし、無言で手を合わせる。お世話になりました、ありがとうございましたと。
礼を言い、帰ろうとしたところで、尋ねられた。
「お店にいらしていた方ですよね」
「はい」
答えながらも、面識はなかったはずと記憶を辿る。
「いえ、母に会いに来てくれる方でしたら、そうだろうと」
視線を店へと向け、続ける。
「店をたたもうと思うんです。それで、よろしければお好きな本をお持ちください」
「そんな、悪いですから」
「母の遺言なんです。店をたたむのは仕方がない。けれど、私に会いに来てくれる子がいたら、本が好きな子だから、持って行ってもらって、と。その方が本も喜ぶだろうとも。ですから、形見分けだと思って」
母屋から店へ続く廊下を案内される。おばあちゃんがいつも座っていた勘定場の後ろから、店へと入る。
店の本をグルッと見て回る。
あの頃は難しそうとだけ思っていた本も、今ではそうも感じない。よく観察すれば、子供向けの本は低い位置に配置するという、店主の心遣いが見て取れる。
ふと目に入ったのは、あの頃よく見ていた図鑑。懐かしさにページをめくる。
視線を感じて、勘定場の方を見る。誰もいない。いるわけがない。
嫌な視線ではなかった。おばあちゃんに見守られているような、そんな感じだった。
この本にしよう。
ただし、ただでもらうのは悪いから、代金を勘定場に置いておく。
家の人に礼を言い、帰路につく。
古書店の前を通るとき、もう一度ガラス越しに中を見る。うん、誰もいない。
お盆は故人が帰ってくるのだという。
古書店の思い出 陽月 @luceri
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