第10話 とある住所
息を切らしながらハンナは学校に到着した。今は秋休み。当然学校の玄関は開放されていない。玄関の外に設置してある訪問者用パッドに、キューブをかざす為ハンナはスボンのポケットに手を入れた。急いで着替えて外に出ようとしていたが、とりあえずキューブだけは手にしてきて良かったと思った。
待機画面が変わり、4年生の時の担任の姿がそこにはあった。
「あら、沖倉さん?珍しいわね。どうしたの?」
ショートカットがよく似合い、目がクリンと可愛い女教師だ。
「ロッタ先生、私、教室に用事があって入りたいんです」
本名:青島ロゼッタ先生は、ロッタ先生の愛称で児童達に親しまれている。活発で昼休みになると児童達を運動場に連れ出して遊ぶ姿は、全学年の児童の目に写っていると言っても過言ではない。そういう訳で担任を受け持つクラス以外の児童達からも絶大なる人気を誇っていた。ロッタ先生は右を指差して言った。
「そっちは開けられないから、職員室の方に来てくれる?」
「わかりました」
そう答えるとハンナは職員室の方へ走った。走れば1分もかからない所に職員室はある。
窓を開けてロッタ先生がうちわをあおいでいた。
「ロッタ先生、お久しぶりです」
ハンナは早く教室へ行きたかったが、理由を知られる訳にはいかなかった。出来るだけ落ち着いて行動しようと努力していた。
「お久しぶり沖倉さん。汗まみれじゃない。仕方ないかこんな暑さじゃ」
Tシャツに短パンって先生としてどうなんだろうと思いながらも、ロッタ先生をどう突破しようかと思案するハンナだった。
「先生は相変わらず、そのうちわ?でしたっけ、使ってるんですね」
白いうちわには[生涯現役]と黒色で書かれている。ロッタ先生のご先祖様の物で卓球選手だったそうだ。
「夏にはこれが一番よ。それより、どうしたの?沖倉さんが秋休みに学校だなんて、私びっくりしちゃうんだけど?」
ハンナの通学嫌いを知っているロッタ先生に何と言えばいいのやら。
「私、あの、教室の、植物の事が心配になって」
ハンナはキューブを起動させ、フリチアの写真を見せた。
「あー、この花ね。咲いたって聞いた時、私も見に行ったのよ」
ロッタ先生は機嫌がいいみたいだ。ここを切り抜けられるか、否か、ハンナの背中には先ほどまでとは違う種類の汗が一筋流れた。
「花は枯れちゃったんですけど、なんか気になって。最近動物のお世話もするようになったので、植物も気にかけてあげたいな、何て…」
「そっかそっか。沖倉さんも大人になったわねー」
ロッタ先生はウインクをしてハンナに向けてうちわをあおいだ。
「先生ってば、すぐからかうんだからー」
ハンナはなるべく笑顔でいようと振る舞った。
「それじゃあ、行ってきます」
ハンナはロッタ先生から教室のカードキーを借り職員室を後にして教室に急いだ。今日、学校にいたのがロッタ先生で良かったと思いつつも、教室に行くまで心の晴れないハンナだった。
教室に着くと後ろのドアをカードキーで開け、ハンナはロッカーの上にあるフリチアの鉢へ近づいた。株は枯れていないようで安心した。教室の空調設備のおかげか、はたまた担任のおかげなのか、知る由もなかった。それから机の方へ移動すると自分の机からスクールパッドを出した。開くと、メッセージが1通入っていた。それは学校からでもなく担任からでもない、今まで存在していなかったフォルダにあった。ハンナは緊張しながらも、メッセージを開いた。
画面には文字と1枚の画像が映し出された。
[ハンナへ
ここまで来てくれてありがとう。僕はやっぱりハンナを信じてよかった。
ハンナは今、僕のことを心配してくれてるんじゃないかと思う。
僕は病院に運ばれたはずだよね。その時のためにこのメッセージを準備してた。
僕の家族は近くにいない。だから下に書いてある住所の場所へ行ってほしい。そこへ行って僕の家族に僕がたおれたと伝えてほしい。いきなりこんなお願いをされたって困るかもしれないけど、ハンナにたのみたいんだ。
住所:S市T町棚立村8703–5
田舎の方になっちゃうけど、ZOOの圏内だからこの住所があればたどりつくはず。
ハンナなら大丈夫って僕は心配してないよ(笑)]
ハンナはキューブに住所を入力すると、住所の場所が県境にある山の方だということはわかった。
そして、画像を見る。男の子の隣に、その男の子の膝の高さくらいの犬。その後ろには竹やぶがあった。画像からも田舎感が伝わってくる。男の子をよくよく見るとセントのようだ。
(こんな所にひとりで行けるのかな……)
さらなる不安がハンナに降り注いできた。
(心配してないって、笑ってる場合じゃないし心配しなさいよっ!)
ハンナは何回もメッセージを読んだ。どうやってそこへ行こうか、両親に何と言えば納得してもらえるのか、答えが出ない。ハンナはキューブに画像を取り込んだ。すると、メッセージが虫食いのように消えていった。最後に消えた言葉は[ハンナを信じてよかった]だった。ハンナは教室の鍵をかけ、職員室へ戻った。ロッタ先生から話しかけられたが、その声はハンナには届いていない。
職員室を出ると、まだ衰える事のない日差しが容赦なくハンナに降り注ぐ。ハンナは飼育ハウスに向かった。ハウスドアにキューブをかざす。ドアが開いて少しだけ冷んやりとした空気がハンナを包んだ。ハンナはハウスの中に入りうさぎの横に座り込んだ。何も知らないうさぎ達はもぞもぞといつものように過ごしている。
セントは自分が倒れて病院に運ばれる事を予測していたのだ。その事にハンナはショックを受けていた。あんな風にメッセージを残さず、先に言ってくれたら良かったのにと。クラスメイト達が心配すると思ったのかな。その割に自分にばかり頼み事をするし。と、様々な感情と思いが湧いてくる。ハンナはキューブを手にし、先ほどの画像を見る。元気そうに笑うセントとそれをうれしそうにしているかのような白い犬。
(ここに行くしかない。けどどうしたら……)
すると母親から電話が入った。なぜこの時間に学校にいるのか?用事が終わったなら早く帰って来なさい、と言われハンナはようやく立ち上がった。あんなに急いで来た学校を、ゆっくりと後にするのだった。
つづく
The world of the Seconds~手のひらの空~ @hasegawatomo
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