第9話 メッセージ
セントが倒れて3日目。久しぶりにハンナは飼育ハウスで掃除をしていた。テル、チョコ、トーマもいたが、4人とも言葉数は少なかった。4人ともがお互いに話しかける事を
「コケェェェェェッコッコッコ」
いきなりの鳴き声に4人ともビックっと体を震わせた。トーマは心臓が飛び出たようで腰を抜かして尻もちをついた。それを見た女子達は顔を見合わせて大笑いをした。そんなに笑うことないだろと言いながらズボンを払うトーマも笑っていた。ようやく少しの活気が戻った瞬間だった。たまにはやるじゃないと、チョコはにわとりを見て微笑むのだった。
4人が触れずにおいた話を切り出したのはテルだ。
「セント、大丈夫なのかな?」
うさぎにエサをあげていたチョコは目を閉じながら答える。
「私達にはどうしようもないんだから、元気になって帰ってくるのを待つしかないわよ」
トーマは水の入った容器を持ち上げて言った。
「でもさ、入院してる病院がわからねーって何かおかしくないか?」
チョコはトーマの方を向いた。
「おかしくっても何もできないんだから。トーマ、水かえて来てよ」
トーマは納得いかないっといった面持ちで、ハウスを出た。
ハンナは3人の会話を聞きながら先ほど嘶いたにわとりを見ていた。
(ねえ、お前はどう思う?)
当たり前のように毎日学校でセントと過ごしていたのに、こんな事が起こってはじめてセントの事をあまり知らなかったと思わされた。家がどこなのか、家族構成はどうなのか、好きなものは何だったのか、嫌いなものがあったのか、取り留めもなく問いが溢れる。おそらくあの笑顔の裏には私達の知らない何かがたくさんあったのだ。それを知ろうとしなかった自分が嫌になる。他人に興味の薄い自分がこんなにも恨めしいと思うようになるとは。
飼育ハウスが片付くと、4人はそれぞれの帰路に着いた。ハンナは家に帰るとシャワー浴びて汗と汚れを落とした。薄手の家着に着替えると、冷蔵庫からオレンジジュースのパウチを取り出して自室に持って行った。椅子に腰掛け、足を机の上に投げ出してジュースを飲みはじめた。こんな姿を母親が見たら怒るだろうと思いながら、いつもこのスタイルで飲食をしている。秋休みに入る前は絶対外に出ず、家の中で快適に過ごそうと決めていたハンナだったが、暑い中徒歩で通学し動物の世話をして家に帰りシャワーを浴びてジュースを飲む生活を案外気に入っていた。
(なんかジュースが美味しいんだよね)
何の変哲もないジュースがこんなに美味しく感じられるとは思ってもみなかった。それに母親も必ずジュースを準備してくれていた。ハンナの母親はフレッシュベジジュース派で、どんな野菜もジュースメーカーに入れ作って飲んでいた。そしてそれはもちろん家族にも振舞われる。食が細いからと、ハンナの飲み物はフレッシュベジジュース優先と決められており、それ以外のジュースの類は滅多に冷蔵庫に入っていなかった。
当たり外れの多いベジジュースをハンナは仕方なく毎回息を止めて飲んでいた。そんな日々であったのに、秋休みが始まって飼育の事を母親に話すと次の日からフルーツジュースが冷蔵庫に置かれるようになった。学校から帰ったら飲みなさいと、ZOOで写真を送ってきた。ハンナが飼育活動を続けていたのは、こんな理由もあったからなのだ。
ジュースも終わりかけパウチが薄っぺらくなっていたその時
「φバースデーメッセージが届いています。開封しますか?」
ハンナはフィの言葉にビックリして椅子ごとひっくり返りそうになったが、バランスをとってなんとか事なきを得た。
「私の誕生日もう終わってるのに、今頃誰が送ってくるのよ。トーマかなぁ。まぁいいや。誰から?開けて」
「φかしこまりました。配信者は不明です」
ますますわからなくなるハンナだったが、部屋の中央に映し出されたホログラムに唖然とした。
そこには誕生日に同級生達が自分のために計画してくれたサプライズで見たあのケーキがあった。ハンナ誕生日おめでとうと書いてあるプレートもある。なぜ今ここにあるのだろうか?足を机から下ろしてケーキに近づく。12本のローソクが消して消してと言わんばかりにゆらめいている。ハンナは過ぎ去った7月5日とは違った気持ちでローソクを吹き消した。
するとケーキが渦を巻いて形を変え、そこに彼が立っていた。
「セント?」
ハンナは自分の目を疑ったが、紛れもなくそこにはホログラムのセントが現れたのだった。
「セントくん?今どこなの?元気になったの?」
ハンナは必死に話しかけた。しかしセントからの反応が無い。何がなんだかよく分からずハンナはホログラムの周りを回ってみたり、何の感触もないセントに手を伸ばしたりしてみた。一瞬セントの姿にノイズが入り、消えかかった。このまま消えていくのではないかと、倒れていたセントを思い出しハンナは泣きそうになっていたが、またセントの姿が部屋の中央に戻った。
「こんにちは?で今の時間あってるかな?こんばんはかもしれないけど、そこは許してハンナ」
セントが話しはじめた。久しぶりにのセントの声にハンナは安堵する。
「これは僕に何かあった時の為の緊急メッセージなんだ。だから、ハンナの声に応える事は出来ない。ごめんね。これから僕の言う通りにしてほしい。ひとりで教室に行ってハンナのスクールパッドを開いて。今はこれしか言えない。僕はハンナを信じてる」
そう言うとセントの姿は消えてしまった。
(緊急って何?何かあった時の為ってどう言う事?)
さっきまでセントが立っていた部屋の中央を見つめながらハンナは考えていた。
「φバースデーメッセージ自動消去はじまります」
その言葉にハッとさせられるハンナ。
「フィ、消さないでっ!」
「φ送信者からの強制消去ですので、保存は不可能です。消去完了しました」
消去完了と言う言葉にしばらく茫然と立っていたハンナだったが、床に落ちたパウチも拾わず、着替えをして急いで部屋を後にした。
(今度こそセントの為に何かできるかもしれない)
日はまだ高く、外は高温を保っていた。出歩いている人は少ない。そんな中、ハンナは走って学校に向かった。汗をかいたって構わなかった。今までで一番学校に行く事に迷いはなかった。決して楽しいわけではない。ただひたすら残された言葉を辿るしか、答えを見つけられそうにないのだ。ハンナはセントから託された何かを必死に追う。自分の中にいるセントまでも消えてしまいそうで不安だった3日間を取り戻す為に、今はただ不確かな何かを捕まえに行くしかないのだった。
つづく
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