第13話 約束したあの場所で

 薄明はくめいの青色が空をおおうと共に、街灯と燃える建築物が情景を赤く染める。

 私はエーレさんの袖を握り締めたまま、目の前で欠伸あくびらすラジア・アルノーツという男に目を向けた。

(あれ、この人誰かに似ているような・・・・・・?)

 私が思考をグルグル回転させていると、誰かが屋根から飛び降り、そのままこちらに駆けつけて来る。

 駆け足で来たのは女性の隊員で、その人はラジアの隣まで来ると、彼の腕にひしっとしがみついた。

「おにいなんでひとり先行してんの!?」

(彼女は彼の妹だろうか・・・・・・?)

 ラジアをおにいと慕うその女性は兄と同じ青い髪をしており、左右の髪を結いて垂らしている。所謂いわゆるツインテール。

 その顔には既視感があった。それと聞きたことある声音。アルノーツとう姓・・・・・・。

(――まさか!?)

「・・・・・・プラシアさん?」

 私はおずおずと青い髪を流す女性隊員によく似た知人の名前を呼んでみた。

 すると、彼女は「およっ?」とこちらに振り向き、驚きの声をあげる。

「え?え?えーっ!?クライストさん、なんでいるの!?・・・・・・ここはすっごく危ないから今すぐに避難を・・・・・・」

(――やっぱりプラシアさんだ!?)

 いつもみたいに髪がみょんみょんしてなかったから、すぐに気づかなかった。

「馬鹿お前、コイツらが今回の元凶だ」

 そう言ったラジアは、何故かプラシアのお尻に手を伸ばした。

「ひゃあ!?・・・ってどこ触ってんだ!このスケベ!」

 プラシアはラジアの手を弾くと、プンスカとおこりだす。

「どこって・・・・・・尻だけど」

「そんなことは聞いてない!なんでいきなりお尻に触ってんだって聞いてんの!」

「そこに尻があったから」

「そこに、山があるからだみたいに言うなーっ!・・・・・・むー、お兄のばか。そういうことは・・・お家で・・・・・・やってよね」

 プラシアさんは頬を朱に染めると、照れ隠しのためか顔を逸らす。

((家ならいいんかい!))

 この時、私とエーレさんの心情は見事にハモった。そんな気がした。

「それはさておき、とりあえずここにいる二人とあそこでのびている女をギルドへ連行する」

 ラジアが指揮を取り始めると、屋根の上で待機していた残りの連中も動き出した。

「レイラ、逃げるわよ!」

 そう言うとエーレさんは私の手を取るなり、すぐさま走り出す。

「逃がすな!追え!」

 ラジアが手を振りかざすと、他の隊員達が一斉に駆け出す。

 私はエーレさんに連れられるまま、通りを駆け抜けていく。

(やった!エーレさんから手を握ってくれた!)

 と嬉しい気持ちが込み上げて来たが、私は頭をブンブンと左右に振ってその気持ちを押し殺した。

「どうして逃げるんですか!?ギルドの方々なら事情を話せば分かって・・・・・・」

「この件に関してはそういかないの!詳しいことは後で話すから、私を信じてついてきて!」

 エーレさんは握っている私の手にぎゅっと力を込める。

 私は強く握られた手に目を向けた。

 エーレさん、本気なんだ・・・・・・!!

「私、エーレさんを信じます!」

 私が顔を上げると、それを後目しりめで見ていたエーレさんふっと微笑み。

「・・・・・・ありがとう」

 小さく呟いた。

 そのまま私とエーレさんはウェスタン通りからセントラルエリア方面に向かっていると、不意に誰かが私の足をガシッと掴む。

「うわっぷ!?」

 足を掴まれ、バランスを崩した私は派手に転ろんだ。

「レイラどうしっ!?・・・・・・私達を逃がさないつもり?――ヴァイオレット」

 そう、私の足を掴んだのはヴァイオレットだった。

「・・・・・・エーちゃんが私以外のヤツに殺されるなんて私はゆるさない」

「だったらなぜ邪魔を!?」

「一つだけ聞かせて欲しいことがある」

「何?」

「エーちゃんの妹・・・エルナの遺体はどこ?」

 それを聞いたエーレさんは大きく目を見開いく。

 それからヴァイオレットは話を続けた。

「私が凍らされたアインバルトに着いた時、氷の中に閉じ込められた村人達の顔を一人づつ確認して回ったんだ。変な黒服の奴らが混じってたけど、エルナの姿は何処どこにも見当たらなかった」

「エルナは私の目の前で氷になった。後は・・・・・・知らない」

 そう言ったエーレさんの声色はとても冷たくて、寂しそうだった。

 ヴァイオレットは「そう」とだけ答えると、私の足を離す。

「引き止めて悪かった。上手く逃げてね」

「行くわよレイラ」

「はい」

 再びエーレさん私達が走り出そうとした――その時。

 私の左眼が軌跡をた。

 それは稲妻の様なスピードで襲い掛かるラジアの蹴りがエーレさんのうなじを直撃するというものだった。

「エーレさん危ないっ!!」

 私はエーレさんに飛びついて、エーレさんの頭を伏せさせた。

 私の髪の毛を雷光が掠める。

「――行かせると思ったか?」

 ラジアは空振りした蹴りの遠心力を利用して身体を反転させると、摩擦を起こし、火花を散らしながら止まった。

 私達と正面から対峙しているラジアはその身体に電気に纏わせていた。

「俺の奇襲をかわすとは、やるなそこの小娘」

 ラジアの目には私の姿が映っていた。

「そんなことないです」

 私がそう答えると、ラジアの左眉がピクっと何かに反応したように動いた。

「おい、小娘。その左眼はなんだ?」

 一番つかれたくないことをつかれた私は思わず、顔を強ばらせた。

「か、カラーコンタクト・・・・・・です」

 それから私は左手の親指、人差し指、中指を立て、三本の指で顔を隠す様に添えると、右手を大仰に外へ払った。

「クックック、我の封印されし、この左眼の強大なる力を魅せる時が・・・・・・」

「なんだそのふざけた喋り方は・・・殺されたいのか?」

 ラジアの冷酷れいこくな仕打ちに涙をこぼした私は、泣きながらエーレさんの腕に抱きついた。

「うっ、うわあああん。エーレさんあの人、恐いよおおおぉぉ」

 エーレさんは私の頭をよしよしと撫でてくれる。

「あなたはよく頑張ったわ」

 すると、その光景を前で見ていたラジアは眼光がより一層鋭くなった。

「茶番はそこまでにしろ。それが裸眼だということは、一目見ればすぐに分かる。・・・・・・そうか、お前が・・・・・・チッ、やっと来たか」

 後ろに振り向くと、残りの隊員達が一斉に駆けつけ、私達を逃さまいと包囲の陣形を作っていた。

「お兄ぃ、ごめぇぇぇん!ちょっと遅れた!」

 プラシアさんが申し訳なさそうに両手を合わせる。

「遅い」

「お兄が速過ぎるのっ!」

 めたラジアの態度にプラシアさんは頬を膨らませる。

 だが、ラジアはそんなプラシアさんを無視スルーすると、隊員達向けて一斉に号令をかけた。

「予定変更だ、捕縛対象をレイラ・クライストに限定する。残りの二人は無視して構わない」

 その指示を聞いた隊員達は皆一様みないちように反応を示した。

「どういうことお兄ぃ!?」

「団長、理由ワケが分からねぇ!説明しろ!!」

何故なぜNo.4ではなく、隣の新米冒険者なんですか?」

 各員から次々に疑問の声が挙がる中、ラジアは私に視線を向けると。

「そいつが『龍の紅眼せきがん』の所有者だからだ」

 私が隊員達の方に顔を向けると、私の左眼はくれない色にあやしく光った。

「『龍の紅眼』の所有・・・者・・・・・・!?」

 私の眼を見た隊員達は瞠目どうもくし、狼狽ろうばいの色を隠せないでいる。

 そんな中、隊長であるラジアは私に声をかけた。

「おい、小娘。無駄な抵抗はせず、我々に大人しく着いてくるのであれば、そこにいるNo.4の罪を帳消しにしてやる」

 ラジアの視線が一度、エーレさんに移る。

(・・・・・・?)

 ラジアはすぐ視線を元に戻すと、再び口を開いた。

「だが、もしも抵抗の意思を示すというのであれば・・・・・・」

 ラジアの身体に雷光が走り、彼の背中に装備された双剣が引き抜かれる。

「どうなっても知らんぞ?」

 そう言うとラジアは双剣の刃を私に向けた。

 私は震える手を抑えて、口を開いた。

「その前に一つだけ・・・・・・聞かせて貰えますか?」

 目の前のラジアが放つ絶大な圧力プレッシャーの中、私は冷静さを装いながら問う。

「エーレさんの罪ってなんですか?」

「そいつの罪は・・・・・・」

「器物損壊でしょ?」

 ラジアの話をさえぎってエーレさんが答える。

 彼はエーレさんの回答を肯定こうていすると、話を続けた。

「そうだ。此度こたびのウェスタン通りで起こした戦闘による器物破損。それに十一年前にアインバルトで起きた大量殺人――犯人の素性は謎のままだったが、今回の件でNo.4が発動させた特異なまほうとアインバルトで見た氷は酷似こくじしている。犯人とみて間違いないだろう。・・・・・・そいつは死刑確定だ」

「そんなっ・・・・・・」

 驚いた私は悲痛な声を漏らした。

「だが、さっきも言った通りお前が我々に着いてくるのであれば・・・そいつは刑に問われることなく、これからも冒険者としての道を歩むことができるぞ」

(私さえ、この人達について行けばエーレさんは助かる・・・・・・)

 この先、エーレさんとまた二人で会うことはできなくなるかもしれない。


 それでもエーレさんが助かるなら――









 ――私はどうなっても構わない。





「オルト、そいつを連れて行け」

「――了解。さぁ、ついてこい!」

 隊の衣装を纏った男が一人こちらに歩いてくると、男は右手を私の肩に伸ばす。

 私の肩に男の指が触れた、その瞬間。

「――その汚い手でレイラに触らないで」

 女性の短く小さな嘆声たんせいが耳に届いく。

「――?」

 私に触れたいたはずの男の右腕が血飛沫ちしぶきをあげてちゅうを舞う。

 舞い上がった右腕が静かに地面へと落ちると、右腕のなくなった自身の身体を見た男は耳を刺す様な声で号哭ごうこくした。

「――っぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 壮絶な痛みに男は膝を着き、地に伏せるようにして悶絶する。その腕の切断面は凍りついていた。

「――エーレさんっ!?」

「貴様、どういうつもりだ!?」

 部下をやられたラジアが激昂げっこうし、エーレさんに剣先を向けた。

 エーレさんは氷剣に滴る血を払い、ラジアの方に向き直る。

 払われた血は通りに並ぶ石を赤く濡らすと、一瞬で凍りついた。

「どうもこうもないわよ。レイラを連れて行くなんて、他の誰が許しても私が絶対に許さない」

 この街を縫う風がエーレさんの白く美しい髪をなびかせる。

「それは罪を重ねるほどのことなのか!!」

「ええ、もちろんよ」

 ラジアが怒声をあげて尋ねるが、エーレさんの瞳はるがない。

「それにあなたもあなたよ」

「え・・・・・・?」

 エーレさんは風で乱れた前髪を耳にかけるとこちらに顔を向ける。

「私にばかり気を使って、自らの意見を言わない」

 私は涙が出そうになるの必死にこらえて、エーレさんに言い返した。

「だってそうしないとエーレさんが・・・・・・」

「私のことなんてどうでもいいのよ!あなたがどうしたいかを聞いているの!」

 私の両肩を掴んだエーレさんは私の目を真っ直ぐに見つめる。

「私はちゃんと自分の意見を言ったわよ――もっと、あなたといたいって・・・・・・あなたはどうなの?」

 エーレさんは穏やかな表情で私に尋ねる。

 この時、泣かない様に我慢していたはずの涙が止めどなくあふれ出した。

 私は嗚咽おえつ混じりに自分の気持ちをエーレさ

んに吐きだした。

「うっ、わたしももっと、エーレさんと一緒にいたいよぉぉぉ・・・・・・うわああああああああああああああああん」

 私はエーレさんの胸に飛び込むと、大粒の涙でその胸を濡らす。

「ちゃんと言えるじゃない」

 エーレさんは私をぎゅっと抱きしめると、私の頭を優しく撫でてくれた。

 すると、砂利を踏む音が耳に届く。

 音が鳴った方へ顔を向けると、その先にいたのは双剣を構えたラジア。

「それが貴様らの答えだと言うのなら、今ここで斬り伏せる【tordon―トルデォン―】」

 ラジアは魔法を唱えると、全身にかみなりを通し、疾走しっそうする。

(――早いっ!?)

「エーレさん!!」

「分かってる、【アイゼス・ベルグ】!」

 エーレさんが手で地面に触れると、巨大な氷壁が顕現けんげんした。その壁は氷山のごとそびえ立ち、ラジアのまえに立ちふさがる。

 だか、ラジアは脅威的な脚力を持ってその氷壁を駆け上がると、左右に持つ剣をエーレさんに向かって振り下ろした。

 振り下ろされた双剣の一撃をエーレさんが氷剣で受け止める。

 ラジアの破壊的な威力にエーレさんの足が石畳の中に埋もれた。

 エーレさんの表情には余裕が一切見えない。

 そんな中、エーレさんは傍に立つ氷壁に左手をつき、無数むすうの氷槍を造形すると、ラジアに向けて一斉に射出しゃしゅつした。

 放たれた氷の槍をラジアは超速で後ろに回避する。

 それからラジアはエーレさんを警戒してか、一度いちど間隔をあけた。

 現在も尚、電気を放電し続けているラジアの身体には、強電が駆け巡り、バチバチとスパークを起こしている。

「エーレさん、あの人の魔法って・・・・・・」

「雷による肉体強化。平凡な魔法ではあるけれど、この領域にまで到達していれば、それはもう切り札となんら遜色そんしょくないわ」

「それにヴァイオレットさんを吹き飛ばしたあの攻撃だって・・・・・・」

「ええ、近接格闘術に遠距離魔法・・・・・・面倒極まりないわね」

(――何か手はないか・・・・・・)

「どうしましょうエーレさん!?」

「私に頼るのが早すぎよ。もう少し自分で考えなさい」

 エーレさんは小さく溜め息を吐いた。

「むー」

「むくれてもだめよ」

(・・・・・・仕方ない)

 私はもう一度、思考の海に身を投げ出した。

 まず、私達の勝利条件は『玄武げんぶ』の人達を撒くこと。

 そこで一番の問題となるのが隊長のラジア。

 この状況を切り抜けるには、この人をどうにか無力化しなければいけない。

 私の目を使えば攻撃を躱すことはできるが、ラジアを無力化するまでにはいたらない。

 私は目の前に広がる街並に目を向けた。

 裏路地に逃げてエーレさんの魔法で障害物を作る?それは駄目だ。

 いくらエーレさんの氷が強固でも肉体強化で機動力が上がったラジアを罠にハメるには難易度が高過ぎるし、罠にかかったとしてもすぐに追いつかれてしまう。

 いっその事、真っ向から白兵はくへい戦で挑むか?いや、それも駄目。エーレさんはヴァイオレットさんとの戦闘で疲弊ひへいしているし、私だって満足に動ける身体ではない。それに向こうは六人だ。

(――何かないのか、この状況を打開する策は・・・)

 私はもう一度辺りを見回した。

 すると、あるものが視界に飛び込んできた。

 それは瓦礫がれきとなった石畳。

 これはエーレさんがラジアの攻撃を受け止めた時、下の石畳がその威力に耐えきれなくてできたものだ。

 私はこれを見てあることを思いついた。

「エーレさん、この街の地下ってどうなってます?」

「地下?確か入り組んだ水路になって・・・・・・なるほど。あなたにしては良い考えね」

 エーレさんはうんとうなずくと、剣を構える。

「その策戦、乗ったわ!私はラジアの相手しかできないけれど、構わないかしら?」

「はい、残りの人達は私が相手します!」

「時間は?」

「二分あれば足りると思います」

「分かったわ」

 エーレさんはラジアの元へ疾駆した。

 私は背中に装備していた《オルキディア》手に取ると、槍の形状をした矢をつるにつがえた。

 まばゆ光粒こうりゅうが次々に姿を現し、ゆっくりと私の矢に収束していく。

 その間にも私の視線の先ではエーレさんとラジアが剣を交え、激しい戦闘を繰り広げていた。

 肉体強化の上、双剣を扱うラジアは手数てかずが多く、剣術ではエーレさんは押され気味ではあるが、そこは大雑把おおざっぱだけれど、なんとか魔法でカバーできている。

 その時、戦闘中であるラジアと私の目が合った。

「〖雷神よ 神速の稲妻となりて その力を示せ〗」

 突如、ラジアがエーレさんとの戦闘中に本来エルフ達が使うはずの魔法詠唱えいしょうを唱えた。

(――ありえない!)

 あの人の魔法【トルデォン】はエーレさんやヴァイオレットさんと同じ、まれに出現する生まれつき備わっている才能まほう云わば――先天性せんてんせい魔法・・・・・・だったはず。

 だが、いまラジアが唱えているのはエルフ族の人達が過去から研鑽けんさんを重ね続け、編み出してきた技術まほう――後天性こうてんせい魔法だ。

 まぁヒューマンでも勉強すれば、エルフ達の魔法を扱うことは不可能ではない。

 確かにラジアがエルフの魔法を使うことには少し意外だったが、驚いたところはそこではない。

 エーレさんと戦闘中にも関わらず、並行して詠唱を完成させたことだ。

 本来、エルフの魔法詠唱には神経をまし、極限までの集中を高めなければならない。エルフがパーティーで後衛を務めるのはそのためだ。だが、ラジアは前衛でも詠唱それをやってのけた。

 まるで、鋼のような精神力だ。

 でも、ラジアの詠唱はたったの三節。エルフの魔法は詠唱の節の数に比例して威力が上昇じょうしょうすると聞く。三節ならエーレさんでも余裕で防げるはずだ。

「喰らえ、〖サンダーボルト〗」

 ラジアが魔法を放つ瞬間に空から降ってる落雷の軌跡を見た。落雷きせきは真っ先にエーレさんの元・・・・・・ではなく方向を変えて私の所に落下した。

(――やばい!)

 左眼で結果を先に見た私は弓を構えたまま、後ろに飛んで落雷を事前に回避する。

 すると、ラジアは魔法が完成し、その場に落雷が事象として現れる前に回避を終えた私の異常過ぎる反応に目を見張る。

「先読みされたのか・・・・・・!?だが、」

 空に緑色の魔法陣が描かれ、落雷が落ちる。

 落雷は当初の軌跡通り地面に直撃するかに思えたが、直前で進路変え、こちらに向かってきた。

「――な!?」

(ホーミング!?――いや、違う)

「残念だったな、お前が持つその矢先が避雷針ひらいしん代わりとなった」

 ちょっぴり驚いたけど、私の左眼は変えた未来の先も映す。だから、この落雷が私に当たらないことも知ってる。

 ――だって、私は一人じゃないから。

「ならば、新しい避雷針を造ればいいだけでしょう」

 私のすぐ左横から氷で造られたランスが現れると、落雷は方向を変えて、そのランスに直撃する。

 そこで私とエーレさんは目を見開く結果になった。

 落雷を吸収するはずだった氷のランス。それがラジアの放った下級魔法を一度受けただけで大きな罅が入ったのだ。

(・・・・・・たった三節の詠唱であの強固なエーレさんの氷にひびを入れるなんて)

 私が驚きを隠せないでいるその時――

「俺との戦闘中に余所見よそみとは、随分ずいぶんめられたものだな」

 ラジアの下級魔法の威力に目を奪われ、エーレさんの左腹部にスキが生じる。そこへラジアの右足が襲い掛かった。

「――【ギア・ウーノ】」

 ラジアの体内に流れる電力が上がり、筋肉が増幅する。

(ラジアの動きがもう一段階上がった!?)

 蹴り飛ばされたエーレさんはそのまま民家に激突すると、そのまま建物の壁をぶち破る。

「エーレさんっ!?」

 大きな穴の空いた建物の前を砂煙が立ち込める。

 ゆっくりと砂煙が霧散むさんすると、片膝をつき、息を切らしながら左の逆手で《アイオロス》に握るエーレさんの姿があった。

「ほう、あの一瞬でもう一振を引き抜き、ガードするとは・・・・・・流石さすがだな」

 エーレさんは立ち上がると、ラジアを見据える。

「貴方の魔法・・・・・・やっと、種が分かったわ」

「・・・・・・なんだと?」

 ラジアは眉をひそめた。

「貴方の固有魔法【トルデォン】が強化できる肉体だけでなく、魔法も例外じゃないということよ」

 エーレさんは肩にかかった髪を後ろに払う。

「・・・・・・だから、後天性魔法と掛け合わせることでその威力を何倍にも増幅させたのよね・・・・・・違う?」

 太陽は完全に落ちて、街をえた風が駆け抜ける。

 ラジアは小さく舌打ちをすると、剣を降ろした。

「正解だ。トルデォンの基礎能力メインアビリティは強化だ。電気を飛ばして攻撃することも可能だが、それだけだとちと威力が乏しくてな・・・・・・それで俺なりに試行錯誤しこうさくごした結果、後天性魔法と掛け合わせることに到った」

 ラジアは両手の双剣を器用に手中で回転させながら、そう話した。

「自身の肉体強化に、周囲を巻き込む中遠距離魔法・・・・・・単騎での戦闘を得意とする貴方に、よくもまあリーダーなんか務まったものね」

 エーレさんはそう皮肉げに言うと、顎に当てていた手を外へ払う。

 それを聞いたラジアは怪訝けげんな表情を浮かべると。

「俺が単騎での戦闘を得意としているだと・・・・・・お前は一つ勘違いをしている」

 ここでラジアの纏う空気感がガラリと変わった。すると、その気配を察したのように先程まで蚊帳かやの外であった『玄武』の隊員達がラジアの元へ一堂に集結した。

 そして彼等の囲む様に光り輝く大きな魔法陣が地面にきざまれる。

「俺が強化できるのは何も自身に対してだけではない」

「――まさかっ!?」

 エーレさんの表情に焦りがうかがえる。

 ラジアは魔法陣から発せられる魔力で髪を乱暴になびかせたまま、魔法を唱えた。

「【トルデォン・エクスプロワ】」

 魔法陣から雷樹らいじゅが発生し、隊員達の身体を電気が下から上へと昇っていく。

 隊員の中で唯一スカートを履いているプラシアさんは、駆け上がる電気の勢いで盛大にめくれあがるスカートのすそを必死に押さえつけていた。

「お兄ぃ!?これなんとかしてっ!?」

「ごめん、それは無理」

「お兄ィのバカァァァー!!」

 私はスカートを押さえ、「キャァー!」と一人叫んでいるプラシアさんを見て、

「やっぱり、いつもとキャラが違う」

 と心からそう思った。

「お前等は五人掛かりで彼処あそこにいる小娘をどうにかしろ。あのバカでかい矢を撃たせるな。アレは危険だ・・・・・・多少、手荒てあらな真似はしても構わない」

 そう言ってラジアは私に目線だけを送ると。

 話を聞いていた五人は一斉に膝を折って、頭を下げた。

「「「了解!!!」」」

 隊員である緑髪の男が先陣を切って、こちらに向かってくる。

(弓のチャージタイムである二分までもうちょっとだったのに!)




「残念だったな」

 ラジアはエーレさんに目を向ける。

「一体、何のことかしら?」

 エーレさんは首をかしげ、たずね返す。

「とぼけても無駄だ。まぁ、お前達が何をしようとしていたかは知らんが、肉体強化をほどした五人を相手に、あの小娘一人ではどう足掻いても太刀打ちできまい」

 すると、エーレさんはクスッと笑う。

「あなたの方こそ、大きな勘違いをしているんじゃなくて?」

「――何?」

 ラジアがこちらに振り返ると、エーレさんもこっちを見た。

 だから私は精一杯声を張り上げて、エーレさんを呼んだ。

「エーレさーん!助けて下さーい!」

 次の瞬間、後ろから回し蹴りが来る軌跡きせきが見えた。私は矢をチャージしたまま咄嗟とっさにしゃがむと、繰り出された蹴りが空を切った。

 すぐに今度は別の隊員が前から足払いを掛ける軌跡を見る。私は頭上で足が空を切った直後に小さくジャンプし、前から事前に繰り出されると分かっていた足払いを回避。それから私は後ろから回し蹴りをしてきた人のじく足を左足の裏で蹴りつけると、それを反動にして今度は右足の裏で前から足払いを掛けてきた人の顔面をんずけた。上から更に別の隊員の人が剣で斬りかかってくるのは軌跡を見て既に把握はあくしていたので踏んずけた顔面を蹴ってななうしろに跳躍ちょうやくして回避する。

 跳躍したところを、後ろから誰かが狙ってくるのは軌跡を見て丸わかりだったので、私は振り向いた。

「覚悟ーっ!――ぐふっ!?」

 狙ってきていたのは細めの槍を手にしたプラシアさんだった。

 私は振り向きぎわに、チャージ中の弓でプラシアさんの顔面を殴ってしまい、彼女は横に真っ直ぐ吹っ飛んで建物に激突した。

「ご、ごめんなさい!?」

 私が謝っていると、プラシアさんはすぐに立ち上がる。その体にはあまり外傷が見られなかった。

「まだまだぁー!」

 プラシアさんは私に再び斬りかかってくる。

「はああああああああああああああああッ!!」

 彼女は槍を自在に操り、いで、いで、ぎまくる。

(ヴァイオレットさん程じゃ、ないかな?)

 私は迫りくる槍のちょう連撃を全て見切って、回避してみせた。

 プラシアさんはラジアの魔法による肉体強化で速さや力等は確かに上昇している。が、未来さきえてしまう私に攻撃はあたらない。

怪物バケモノか・・・・・・アイツは」

 ラジアが奥歯をみしめ、歯軋はぎしりを鳴らす。

 次に後ろから五人目の隊員がおのを振り抜かれる軌跡を見た。

 私は斧が向かってくる直前に高めにバク転すると、、攻撃を回避すると同時に振り抜かれた斧の上に乗る。

 その瞬間、チャージタイムの二分を向かえた。

《オルキディア》の矢がみどり色のまばゆい輝きを放つ。

「エーレさんっ!チャージ終わりました!」

 そこでラジアはこちらの方へ疾駆し、向かってくると、私に斬りかかる。が、そこは流石さすがエーレさん。素早く反応し、ラジアの前に回り込むと、振り抜かれた双剣を《アイオロス》と《魔装まそう:アイゼス》の二本の剣で防ぐ。

「――させないわっ!」

「――くっ!?」

 ぶつかり合う剣と剣がしのぎを削り、火花を散らす。

「レイラ!!今のうちに!!」

 エーレさんが此方に振り返り、声を張り上げる。

 私はおのおのを蹴り、通りに並ぶ建物の外壁をけ上がると、一気に跳躍ちょうやく。そして、下に見える街道がいどうに矢を向けた。

穿うがて!星の一撃【アストラル・アロー】ッッッ!!!」

 みどり一閃いっせんが空から大地に伸びたその瞬間しゅんかん



 爆散ばくさん



 おびただしい量の砂煙が巻き上がり、視界が覆われる。

 急降下すると、一気に視界がひらけた。

 私の下には通りの真ん中にぽっかりと巨大な穴が空いている。

 そこで私はあることに気づいた。

(――まずいっ!?)

《オルキディア》の威力は私が想定していたよりも断然だんぜん強く、穴の中にあるはずの水路まで崩落ほうらくさせてしまったのだ。

 破損はそんし、途切とぎれた水路から水が流れ落ち、その先は見えない奈落ならくと化していた。

 私は急いで空を泳ぐと、何とか穴のふちに手を掛けることができた。

 それから縁をどうにかしてよじ登り、辺りを見回した。

「・・・・・・あれ、誰もいない」

 すると、上の方から「キャアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」と悲鳴が聞こえた。

 見上げると、矢の衝撃で吹き飛ばされたエーレさんが降ってきたのだ。

 私はオーライオーライと落下地点に入ると、見事にエーレさんをキャッチする。

 エーレさんは高い所から落ちるのがよっぽど恐かったのか、まだキャッチされたことに気づいておらず、今もまだ手を上に挙げて、「キャーっ!?」と悲鳴を上げている。

「きゃーー・・・・・・っ・・・・・・?」

 いつまでの地面に激突しないことに違和感いわかんを感じたのだろう。エーレさんはゆっくりと瞼を開く。

 私にお姫様抱っこされ、少し顔を上げれば、目の前に私の顔がある状況。

 今の今まで私の腕の中で「きゃー!?」と可愛らしく悲鳴を上げていたことに気がついたのだろう。

 エーレさんは耳の根元まで真っ赤に顔を染上げると、内股うちまたこすり合わせるようにもじもじしながらうつむいた。

「あ・・・・・・その・・・・・・ありがとう・・・」

 綺麗な蒼色あおいろの瞳が上目遣いで私を覗き込んでくる。

 そんな愛らしい姿に私は興奮を抑えられず、エーレさんを抱いたまま、舞踏会ぶとうかいで華麗に舞う踊り子のようにクルクルと回った。

「ちょっとレイラ!?目が回るからやめて〜っ!」

 そうエーレさんが叫んだその瞬間ときだった。

 足元にビキビキとひびが入る。

「「え?」」

 地面が割れ、私たちは下へ勢いよく落下して行った。

「イヤーーーーーーーッ!?」

 お尻に衝撃が走る。

「痛ーい!!」

「大丈夫?」

 お姫様抱っこされていたエーレさんは、私が下敷きになったおかげで無事だった。

「ここは・・・・・・地下水路みたいね」

 水が流れる音が聞こえる。辺りは薄暗うすぐらい。

 エーレさんの言う通り、私達は当初の予定通り地下水路に着いたようだ。

 上を見上げると、満天の星空が見える。

「わーっ!あー・・・」

 感嘆を上げるも、その景色はすぐに凍りついてしまった。

「・・・ごめんなさい。追っ手が来る前に穴をふさぐ必要があったの」

 穴を塞ぎ終えたエーレさんは地面に突き刺した剣を抜き取る。

「プラシ・・・・・・、『玄武』の人達はどうなったんでしょうか?」

 私が尋ねると、エーレさんは首を横に振った。

「分からないわ。・・・でも、私と同じ様に吹き飛ばされたのは確かよ」

 エーレさんが私の上に落ちてきたのは偶然ではない。あらかじめ左眼を使い、矢を放った後、エーレさんが吹き飛ばされる角度を軌跡を見て計算した結果なのだ。

「とりあえず、ここから離れましょう。いつ追っ手が来るとも限らないわ」

 そう言ってエーレさんは無言むごんで手を差し伸べてくる。

「はい!」

 私はその手を取ると、エーレさんと一緒に暗い水路の中を延々えんえんと歩んでいった。




 暗い水路をしばらく進んだ私達はエーレさんを先頭に、先ほど見つけた梯子はしごを登っていた。

 梯子を登りきると、エーレさんは天井てんじょうふたに押し開けて外に出た。私もそれに続いて地下水路から脱出する。

 辺りを見廻みまわす。四方に覆われた壁に上にまで続く螺旋らせん階段。

 ここはどうやら建物の中らしい。

「エーレさん・・・・・・ここは?」

「時計塔の中かしら・・・・・・」

 腕を組み、顎に手を当てているエーレさんはそう答えた。

「時計塔・・・・・・」

 ノースエリアの時計塔・・・ここには一度だけ来たことがある。私が初めてこの街に訪れた日の夜。エーレさんが連れてきてくれた場所だ。その時に見た噴水が色鮮いろあざやかに輝く光景を私は、今でも、覚えてる。

 そう物思いにふけっていると、エーレさんが螺旋階段の方へ歩き出した。

「エーレさんどこ行くんですか?外に繋がる扉はあっちですよ?」

「最後だし、ちょっと登ってみない?」

 エーレさんはほがらかな表情を浮かべ、そう言った。

「私は構わないですけど・・・・・・」

 私がそう答えると、エーレさん「そう。それじゃあ、いきましょ」と言って階段を登っていった。私は駆け足でエーレさんを追いかける。

 鉄骨造てっこうぞうの階段を踏む度にカンカンと小気味よい音が反響する。

 私は一定のリズム聴こえてくるその音に耳を傾けていると、あっという間に目的地に着いた。

 時計塔の上はデッキになっていて、アルタイナの街の全貌ぜんぼうを見渡すことができた。

 通りは淡いオレンジ色の光が輝き、視線の先にそびえ立つギルドの窓を照らす照明が鮮やかに色づいている。

「わー!綺麗ですねー!」

 私は駆け足で石造りの手すりに手を掛け、真下を覗くと、ライトアップされた大きな時計を見ることができた。

 すると、エーレさんが私の隣に並ぶ。

「この景色が見れるのも最後かもしれないわね」

 そう言ったエーレさんはどこまでもどこまでも遠くを見ているようだった。

「これから、どうします?」

 私がエーレさんに尋ねると、エーレさんは。

「私・・・確かめたいことがあるの・・・・・・」

 前を見据みすえたまま、そう言った。

「妹さんのことですか?」

「ええ」

 ヴァイオレットさんが言っていたエーレさんの妹・・・・・・エルナさんの消えた遺体の行方ゆくえ

「ついてきてくれる?」

「はい!もちろんです!」

 私が即答すると、エーレさんはこっちを向いて「ありがとう」とつぶやいた。

 すると、私達の頭上で鐘の音色ねいろが重く、低く、ひびく。

 これはこの街で夜の九時をむかえた時にだけ、聴くことができる時計塔の鐘の音だ。

 私は急いでデッキの右側に回ると、下を覗く。

 そこには水柱みずばしらが赤や青、黄色に紫・・・カラフルにライトアップされ、彩られていた。

「エーレさん覚えてます?あの噴水ふんすいの前で約束したこと・・・・・・」

 私はそう言って、噴水に人差し指を向けた。

 私の後を歩いてついてきたエーレさんは。

「忘れるわけないわよ。あの時、あなたが私のために強くなるって、私を守るって、言ってくれて・・・・・・凄く嬉しかったんだから」

 そう言ったエーレさんは、微笑びしょうを浮かべると、私の頭をそっと撫でる。

「でも、あの景色はもう・・・見れなくなっちゃいますね・・・・・・」

「そうね・・・・・・もうこの街にはいられない」

 エーレさんは少しだけ寂しそうな表情を見せた。

「わたし、少しでもエーレさんを守ることができましたか?」

 あの日、エーレさんを守ると誓った私は成長できているのか。できていないのか、それが今・・・・・・ちょっと気になった。

 エーレさんは一度驚いた顔をすると、また小さく笑った。

 エーレさんは私に顔を近づけると、

「・・・・・・百点満点よ」

 そう言ったエーレさんは私のひたいにキスをする。

 瑞々みずみずしいくちびるがゆっくりと私の額から離れる。

 私は唇の触れた額に手で触れた。

 見えないけれど、一生消えることのないキスマーク。

 エーレさんはとても満足そうな表情を浮かべると、私の額に触れた唇が動く。

「これからも私を守ってね」

 私は彼女の笑顔を見て、また強くなろうと決めた。


 ――私達の冒険はまだまだ終わらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドラゴン系少女と最強系ヒロインのユリユリ冒険譚 水瀬 綾人 @shibariku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ