第12話 罅割れた氷

 先に動いたのはエーレさんだった。

 エーレさんは私を抱えたまま、右手で氷剣をひきずり、剣先の触れる所から地面を凍らせていくと、素早く剣を切り上げる。

 下から振り上げられた剣が巨大な氷山とも呼べる氷のかたまりを放出させると、その氷塊ひょうかいは波の様に押し寄せ、ヴァイオレットに襲い掛かった。

 覆いかぶさってくる氷塊ひょうかいに対し、ヴァイオレットは槍にまとわせた紫炎しえんの出力を上げ、槍の重心を両手で握ると、高速で旋回せんかいさせる。回転することで獄炎ごくえん障壁しょうへきとなった槍はせまり来る氷塊を凄まじい早さで削っていく。

 やがてヴァイオレットは覆いかぶさっていた氷塊の中から脱出すると、外の光景に目を見張みはった。

「・・・・・・そう、さっきの巨大な氷はデコイだったわけね」

 ヴァイオレットを待ち構えていたのは木の様に幾重いくえにも枝分えだわかれし、張りめぐらされた鋭利えいり氷柱つらら

 彼女を囲うこのエーレさんが造り出した氷柱には全て魔力感知をほどこしてあり、いざその中で魔法を使おうとすればまたたく間に氷柱が膨張し、はちの巣にされる。

 これでヴァイオレットは一歩も動くことはできない。

 彼女は首を巡らすと、私と目が合う。

 エーレさんは私を抱えて、通りに並ぶ屋根の上を疾駆する。

「チッ、逃げられた・・・・・・」

 私はエーレさんに抱えられたままその場を後にした。




 扉に取り付けられたベルが乱暴に鳴る。

「アリシア!・・・・・・いる!?」

『エルフの森』に足を踏み入れた私は、滅多めったに出さない大声で店主を呼んだ。すると、奥の間から「うっさいわね」と言って、なだらかな金髪をかきあげた店主――アリシアが姿を現す。目元をこする彼女はどこかねむたげだ。

昨夜さくやから新薬しんやくの開発で眠れてないんだから、大きな声出さ・・・・・・何があったの?」

 アリシアは私がかかえているレイラに目を向けると、その瞳を細めた。

「敵の魔法に襲われたの。だから、この子を治療して欲しい」

 私は深く頭を下げた。

「敵の魔法・・・・・・ね」

 アリシアはレイラの傷口に目を向ける。

 レイラの皮膚は重度の熱傷やけどで真っ赤に腫れあがり、貫かれた内部はぐちゃぐちゃ。その上、傷口には霜が降りていた。

 この霜のに関しては敵の魔法ではなく、絶対的に私の魔法だ。

 アリシアは私に意味深長いみしんちょうな目線を送ると。

「・・・・・・まぁいいや。お前が私に頭を下げるなんて珍しい光景も見れたし、今回は私が特別に治療してあげる」

「――ほんと!?」

 アリシアの言葉を聞いた私は勢いよく顔を上げ、尋ね返す。

「ああ、だからレイラちゃんを奥の診察台まで運んできて・・・・・・その間に私は準備を済ませてくるから」

「分かった」

 私は奥の部屋に入ると、診察台の上にレイラを乗せた。彼女は今も苦しそうな表情を浮かべている。

「レイラ、もう大丈夫だからね」

 私は彼女の手をぎゅっと握りしめた。

 すると、別室に医療器具を取りに行っていたアリシアが戻って来る。

「エーレ、そこ邪魔」

「・・・・・・ごめん」

 アリシアが診察台の側に医療器具をドカッと置くと、私はレイラから手を離した。

 アリシアは最初にレイラから生えている尻尾を撫で始める。

「この尻尾も敵の魔法?」

「それは・・・・・・」

 私は言葉を詰まらせた。アリシアにレイラのことを全て話せば、レイラに起きている事象じしょうの原因究明に協力してくれるかもしれない。だけど、もしこのことを彼女が知ってしまえば、レイラの秘密が世に知れ渡った時、彼女を巻き込んでしまう恐れがある。それだけは絶対に避けなければならない。

「・・・・そう。言えないなら、無理して言う必要は無い。私も面倒事には巻き込まれたくないからな」

「・・・・・・ありがとう」

「それよりお前はここにいていいのか?追手・・・・・・来てんだろ?」

 アリシアは入口の方に目配せを送る。

「ええ・・・・・・レイラのこと頼んだわよ」

「誰に言ってんだバーカ」

 アリシアは私のお尻を蹴り飛ばし、部屋から追い出した。

「ちょっと!?」

 私が文句を言おうと振り返ると。

「さっさと倒してきな」

 アリシアは分かりずらい賛辞さんじを贈ってきた。

(こいつ、本当に不器用なんだから)

「ええ」

 私は短く返事を返して、駆け足で店を後にした。




 ウェスタン通りを疾走し、先程までヴァイオレットと戦闘を繰り広げていた地点に向かう途中、私はある光景を目撃にした。

「なによ・・・・・・これ」

 表通りに並び建つ家々やお店を猛々しい獄炎が飲み込み、彼方此方あちこちから火の手が上がる。黒煙はそらに昇り、店の看板は焼け落ちる。建物に取り付けられたガラスは音を立てて割れた。

 止まらぬ延焼により、建物の中にいた人達が次から次へと通りに出てきては逃げまどっている。

 私はそんな彼らとは逆方向・・・つまりヴァイオレットが居るであろう所へ駆けつけた。

 案の定、彼女はそこにいた。

「――ヴァイオレットッ!! 」

「あ、やっと見つけた!これでも私一生懸命探したんだからねっ!」

 建物から出てきた彼女は入口に設置されている小さな階段を「よっ、とっ」とリズムよく降りる。それから階段の最後――石畳の通りに足を踏み入れた瞬間、彼女の後ろにある建物が爆発した。

「なっ!?」

 炎は勢いよく燃え上がり、建物は一瞬で業火に包まれた。

 その炎は所々、紫色にきらめいている。間違いない、彼女の仕業しわざだ。

「どういうつもり?」

「どうって何が?」

 ヴァイオレットは何を聞かれているのか、わかんないとばかりにたずね返す。

何故なぜ、街を破壊する必要があるのかって聞いているの!」

 すると、彼女は顎に人差し指を当て、

「うーんだって、目印とかつけておかないとどこを探したか分からなくなるじゃん?」

(目印・・・・・・そんなことのために、街を破壊するなんて・・・・・・)

 私は強く奥歯を噛みしめる。

「やはり貴方を野放しにはできないわね【Eises―アイゼス―】」

 私は魔法を発動させると、絶対零度すらも凌駕するてつく刃。《 魔装:アイゼス》を鞘から引き抜いた。

 私は試しに虚空を斬り裂いてみる。その一閃いっせんに触れた空気は凍りつき、剣筋を追いかけるように氷の軌跡を描く。

「へぇ・・・・・・今度はやる気満々みたいだね【Inferno―インフェルノ―】!!」

 ヴァイオレットの槍に紫炎が駆け抜け、槍の穂先ほさきを獄炎で灯す。

 ヴァイオレットは槍を肩に担ぐと、口角を上げた。

「次こそ、その首・・・・・・ねてやる」

「来なさい。あなたの愚かさをその身をもって刻み込んであげる」

 私が剣を構えると、ヴァイオレットはすぐさま駆け出した。

 私も地面を蹴り、真っ向から迎え撃つ。

 ヴァイオレットは距離を縮めると、跳躍。それから腰を捻り、身体をコマの様に回転させると、こちらに斬りかかった。

 遠心力と体重が掛け合わされたその一撃。

 それを私は真正面から受け止めた。剣からしびれるような衝撃が全身を駆け巡る。

(――私は負けないッ!!)

 私は力技で相手の一撃を左方に弾き返すと、剣先に魔力を集中させて切り返した。剣先から生まれる超低温の氷塊が地面を巻き込みながらヴァイオレットに向けて放出される。

 彼女は氷塊を左方――私から見て右側に跳ぶことで回避するが、それを読んでいた私はすぐさま自らが放った氷の上を駆け上がり、ヴァイオレットに間髪かんぱつ入れずに斬りかかった。

 彼女は私の攻撃を咄嗟とっさの反応で防ぐ。

「ちょっと!?――追撃早いっ!」

「だって誘導したもの」

 私はヴァイオレットを左に回避させるために、あらかじめ彼女を通りの左側に追いやり、彼女の右半身を狙って氷を放っていた。

 それから私はヴァイオレットに反撃のスキを与えさせないように連撃を浴びせ続けた。そのつどに冷たい一閃が走っては空気を凍らせ、氷の軌跡として残る。

 私はヴァイオレットに突貫とっかんしながら、いた左手を広げて前に払う。

 すると、私の手に反応した氷の軌跡が氷の爪となって、一斉にヴァイオレットへ襲い掛かった。

「そんなのアリ!?」

 まだ魔力操作があやふやなため、彼女に襲い掛かる氷が私の肌をかすめ、切り裂いていくがそんなこと、今は気にしない。

 ヴァイオレットはひたいから汗をらすと、おそかってくる鋭利な氷針ひょうしんを槍でしのいだ。

 そこに一瞬の隙が生まれ、私はガラ空きとなった下腹部を氷の剣で穿うがつ。

「【デス・アイゼス】ッ!!!」

 氷剣は下腹部をつらぬくと同時に、刀身を通じていくつもの六角柱状ろっかくちゅうじょう氷晶ひょうしょうを体内に生じさせると、身体を内部から突きやぶる。

「がはっ!?・・・・・・オェェェェェ」

 私はヴァイオレットを穿った剣をひねると、一気に引き抜いた。

 見事に身体を貫かれた彼女は口から大量の血を吐き出し、膝をついた。

(チェックメイト・・・・・・)

 後は刺さったままである氷晶が彼女の身体を体内から徐々に凍らせていく。


 はずだった。


 一閃が走り、私の肩口から鮮血が噴き出した。

「なっ!?――ッ!」

 危険を察した私は後ろに飛び、ヴァイオレットと距離を取る。だが、危険を察知するのがあまりにも遅すぎた。

 ヴァイオレットを刺さっていたはずの氷晶が見る見るうちに溶け出し、小さくなっていく。

(――まさかっ!?)

 ヴァイオレットは乾いた笑みを浮かべる。「・・・・・・この程度の攻撃で私を倒せると思っていたなんて・・・私の復讐心をなめ過ぎだよ」

「あなた、氷を溶かすため、自らの体内に放射したのね・・・・・・その炎を・・・・・・」

 全ての氷を炎で溶かし終えたヴァイオレットは傷口に突っ込んでいた左手を思いきり引っこ抜いた。

「――ッ!!」

 彼女は一瞬だけ苦悶の表情を浮かべると、すぐに表情を元へと戻す。

 引き抜かれたその左手は鮮血をポタポタとしたたらせ、石畳はあかく染めた。

「はぁはぁ、あなたもその炎消さなくていいの?」

 そう言われた私は肩に目を向けた。

 肩にできた傷からは紫色の炎が今もなお燃え続け、私の身体をじわじわとむしばんでいる。

 私はズキズキと痛む肩口を剣を持った右手で抑えると、自身の氷魔法をてがうことで炎を相殺し、鎮火ちんかさせる。

 私の魔法は永久凍結の氷。ヴァイオレットの持つ特殊な炎のようなものでなければ、溶かしたり、破壊することはできない。

 だが、私には自身の魔法への耐性たいせいがあるから体が少し凍りついた程度のことでは何も問題にはならない。

 でも、レイラは違う。きっとそんな耐性を持っていない。

「大丈夫かしら・・・・・・」

 私は不安と疑念の想いを抱えたまま、再びヴァイオレットと刃をまじえた。




 私は夢を見た。

 それは一人の女の子が泣いてる夢。

 ずっと「助けて」と言っている。

 だから私はその子に声を掛けた。

「どうしたの?」って。

 すると、女の子は顔を上げて言った。

「エーレさんを助けて!」

 泣いていた女の子は私だった。


「うわああああああっ!?」

 目を覚ました私は声を上げ、勢いよく身体を起こした。

「――って、あれ?ここどこ?」

 私はきょろきょろと辺りを見回す。

 ここはどこかのお部屋のようだ。どうやら私はいつの間にか眠っていたらしい。

「そうだ!早くエーレさんの所に行かないと!」

 私は急いでベッドのそばにある窓を開け、外に飛び出そうとしたその時。

「――怪我けが人は寝てな」

 誰かに後ろ襟を掴まれ、ベッドに叩きつけられる。

 ベッドに叩きつけられた私の前に居るのは、肩にかかる麗しい金髪に、みどり色の瞳をしたエルフだ。

「アリシアさん!?」

「驚き過ぎ」

「エーレさんは?」

「ここにはいない」

 アリシアさんは手に持っていたお皿に盛られた林檎をベッドの側にある机の上に置くと、ベッドの上に腰を下ろした。

「レイラちゃんは運が良かった。たまたま開発したばかり新薬が驚く程に効果覿面こうかてきてんでな、傷痕きずあとは多少残るだろうが命に別状はないよ」

「治してくれて、ありがとうございます」

「どういたしまして・・・・・・それで、お前は何をそんなに慌ててんだ?」

 アリシアさんは優しい口調で尋ねてくる。

「エーレさんが!エーレさんが危なくて・・・・・・その・・・とにかくエーレさんのところに・・・・・・」

「落ち着け」

「はむっ!?」

 アリシアさんはあたふたしている私の口に林檎を突っ込んだ。

 私は林檎をゆっくりと噛んでから、ゴクンと飲み込む。

「おいしいです」

「誰がいたと思ってんのよ・・・・・・今度はちゃんと話せる?」

 私はこくりと頷くと、口を開いた。

「私、夢を見たんです」

「ゆめ?」

「はい。夢の中で小さな女の子が泣いていて、助けて、って言ってたんです。だから私はどうしたの?って尋ねると、女の子は顔を上げて言ったんです。エーレさんを助けて、って・・・その泣いてた女の子は私でした」

「・・・・・・そう」

 アリシアさんは小さくつぶやいた。

「だから私!エーレさんを助けに行きたい!もしかしたら、この夢は気の所為せいかもしれない。だけど、もし本当に助けが必要で、その時に何もできなかったら、悔やんでも悔やみきれません!」

 私の想いの丈を全て伝えると、アリシアさんは言った。

「そんな身体のあなたに何ができるの?」

 それは冷たく突き放す様な声音こわね

 でも、私はひるまずに言い返す。

「私にしか・・・できないことがあります」

 それを聞いたアリシアさんは目を丸くすると、口角を上げて笑った。

「よし、なら行ってこい!」

「え?」

 アリシアさんは私の背中を押す。

「もしエーレに怒られたら私のせいにしていい・・・・・・いだけは残さないようにね」

「はい!」

 私は元気よく返事をして、窓から飛び出した。

「良い友達を持ったな・・・エーレ」

 飛び出した瞬間、私の後ろでアリシアさんがそう言った気がした。




 氷剣と炎槍が交錯こうさくし、火花を散らす。

 ヴァイオレットの刺突しとつを左にかわし、剣を振り抜く。ヴァイオレットはそれを槍で弾くと、縦横無尽じゅうおうむじんに八連撃の刺突を繰り出した。獄炎を帯びた槍をさばくたびに氷が高温で熱せられ、水蒸気を巻き起こす。

 刺突を全てさばききった私は、攻撃をさばいた時にできた氷の軌跡を剣で叩き割り、ヴァイオレットの目を潰すと、彼女のみぞおちに回し蹴りを入れた。

「――がはっ!?」

 ヴァイオレットはつばを吐きながら、後方へ蹴り飛ばされ、大量の水蒸気によってできたきりの中へと消えてゆく。

 私は彼女を追撃する為に、急いで後を追った。

 やがて霧を抜けると、私は見張った。

 私の前に立つヴァイオレットの纏う魔力が先程よりも明らかに上昇していたのだ。

 それから彼女は私の姿を瞳に映すと、槍を地面に突き刺し、不敵に笑う。

「その獄炎で全てを喰らい尽くせ【インフェルノ・サーペント】!!!」

 次の瞬間、地面に亀裂きれつが走り、三頭の竜が地面から姿を現した。いや、正確にえば竜をかたどった紫色の炎だろうか。

 ヴァイオレットが指を鳴らし、号令をかけると、空をうねり翔ける紫炎の竜たちが次々と私をめがけて、襲い掛かる。

 私はすぐさま後ろに飛び、大きく口を開いて突進して来る一頭の攻撃をかわした。

 灼熱しゃくねつの体をした竜はいとも簡単に石畳いしだたみを溶かすと、再び攻撃を仕掛けてきた。

 私は氷剣を斜めに振り上げると、紫炎の竜に氷の一閃がほとばしる。

 炎で造られた竜はたちまち凍りつき、動かなくなった。

(――残り二頭)

 そう思い、次の敵に向かおうとした次の瞬間。こおりつかせたはずの竜が音を立てて、水蒸気を上げ始める。

「そう簡単に、終わらせてはもらえないようね」

 やがて氷のいたるところから紫の炎が噴き出すと、氷はすぐに溶けて紫炎の竜が活動を再開した。

 再び動き出した紫炎の竜は、またも私に突進してくる。

 私が咄嗟とっさに竜の攻撃を回避すると、後ろにいた二頭の竜が口から大きな火球かきゅうを次々と放った。

 私は初撃の火球を斬り伏せると跳躍し、右に並ぶ建物の側面を駆ける。

(――最大出力でここら一帯ごとコイツらを全て凍らせる?いや、それは駄目。そんなことをすれば彼女ヴァイオレットの次の手に対処できなくなる。それなら――!!)

 二頭の竜は間髪入れず、壁を走る私に向かって突進した。

 私は突進してきた竜を避けきると、壁を蹴り、ヴァイオレットに斬り掛かった。

(他は全て度外視で竜の魔力源でもある彼女ヴァイオレットからの魔力リソースを断ち切る!)

「はああああああああああああ」

 氷の剣閃と槍の柄のぶつかり、衝撃波が走った。

「――ぐッ!?」

 凄まじい推進力で振り下ろされる神速の一撃を受け止めたヴァイオレットの足は石畳を割り、地面に沈む。しかし、すぐに上方から私を追って来た紫炎の竜達が襲い掛かってくる。

 危険をいち早く察した私は仕方なく、その場から飛び退いた。

 猛スピードで突っ込んで来た三頭の竜は勢いをそのままにヴァイオレットへ向かって突っ込んでいった。

 紫炎の竜はそのままヴァイオレットにぶつかるかに思えた。しかし。

「――なっ!?」

 竜を象った炎は彼女に衝突するすんでのところで火の粉となって霧散むさんする。

 煌びやかに輝く紫の光粒こうりゅうがヴァイオレットを美しく飾った。

 私は荒くなる息を整えると、剣を構え直す。

 私の狙いは彼女に致命傷を与え、竜に送っていた魔力をつことだった。けれど、さいわいなことに、彼女自らがその厄介な竜達を消してくれたから及第点はクリアということで良いだろう。

 それにヴァイオレットは今までの戦闘や先の魔法で気力、体力それに魔力――どれも著しく低下して、息もかなり上がっている。

 どこかに必ず付け入る隙はあるはずだ。

 残る問題はだけ。

 ヴァイオレットは大きく息を吐き出すと、残念そうな表情を浮かべた。

「・・・・・・終わらせちゃおっか」

 彼女はそう言うと、残りの魔力を全て解放した。

 ヴァイオレットは火の粉となった自らのほのおを槍の穂先ほさきから吸収し、滾るように全身から紫の豪炎が溢れさせる。

 その圧倒的な熱量で周囲のものを次々と焼き尽くすと、彼女は槍を低く構え、紫炎を灯した矛先ほこさきをこちらへと向けた。

「これが私の必殺奥義とっておきっ!【インフェルノ・ドルヒボーレン】ッ!!!!!!」

 ヴァイオレットは音を置き去りして、一直線に特攻する。

 それは膨大な量の魔力を圧縮して後方に噴射することを推進力とした超音速の突貫攻撃。

(――防げるか!?)

 私は両手で氷剣を思いっきり地面に突き刺すと、魔法を防御魔法を唱えた。

「【アイゼス・ベルグ】ッ!!!!!!」

 地面から連なるように極厚の氷山が現れ、ヴァイオレットの行方を阻む。

 ヴァイオレットは目の前にそびえ立つ氷山をお構いなしにそのまま突っ込んだ。

「はああああああああああああああああああ」

 ヴァイオレットは次から次へと氷山を穿ち、速度を落とすことなく、突き進む。

「はああああああああああああああああああ」

(――破らせないっ!!!)

 私は更に魔力を注ぎ込み、氷山の壁を重ね続けた。が、それは長くはもたなかった。

 氷壁の最後の一枚にひびが入る。

 それからすぐに目の前で氷が砕け散り、槍の穂先が眼前まで迫りくる。

(――死んだ)

 そう思い、私はゆっくりと目を瞑ると、ここにはいない彼女のことを想った。


――レイラ、ごめんね。


目の端から一雫の涙が零れた次の瞬間。

 何かが私の体に触れ、浮遊感に包まれた。

 私はこの感じを知っている。

 たまに鬱陶しいと感じることもあるけど、嫌いではなかったこの感覚。

 そう――彼女はいつもこんな感じで私に飛びついてきた。

「――エーレさんッ!」

 私は飛び込んで来たレイラと一緒に通りの石畳の上を勢いよく転がる。

「いたた、間一髪でしたね、エーレさん!」

 レイラはゆっくりと起き上がると、そう言った。

 その左眼には眼帯をしておらず、『蓋世がいせいの龍眼』がさらけ出されている。

 きっと私を助ける為に、眼の力を使ったのだろう。

「・・・・・・どうしてあなたがここにいるの?」

 私は未だ困惑を隠せずに訊ねると、レイラはおどけたように答えた。

「アリシアさんのお店から抜け出してきちゃいました」

「抜け出して来たって、そんな・・・・・・はぁもういいわ。考えるのが馬鹿らしくなってきた」

 私は大きく息を吐く。それとは対照にレイラはニコニコ笑っている。

 すると、遠くでヴァイオレットが怒鳴り声をあげた。

「なんてことするかなぁ?もう少しで・・・もう少しで家族の仇をとれたっていうのに・・・・・・」

 ヴァイオレットは再び魔力を解放する。

「――次は外さないっ!!」

 ヴァイオレットは魔力切れを証明でもある血の涙を流しながら、また必殺奥義の構えをした。

(――防ぐ手立てがない。それにもう一度彼女がその魔法をうてば、彼女自身もただではすまないだろう。それでも彼女はうつのか!?)

 私はレイラをかばうように前に立った。

「【インフェ・・・・・・】」

 ヴァイオレットが再び必殺奥義を放とうとした、その瞬間とき

「そこまでだ!」

「なっ!?」

 突如、上から降ってきた雷撃にヴァイオレットが吹き飛ばされる。

(あの魔法は!?)

 声がする方を見上げると、そこには黄昏たそがれ時の空の元に並ぶ七つの人影があった。

 レイラが私の袖をくいっと引っ張る。

「あの人達・・・・・・誰ですか?」

 レイラは不安げな顔で私を見つめた。

 すると、先頭にいた人物がひとり屋根の上から飛び降りて、こちらへ歩いてくる。

「この街を統括とうかつしているギルド直属の精鋭部隊、『玄武げんぶ』。それで、今私達の目の前にいるのが冒険者ランキングNo.6であり、げん玄武の隊長ラジア・アルノーツ」

 青い髪ガシガシと掻きながら、ラジアは私達の前まで来ると、その足を止める。

「お前ら全員、連行するから」

 ラジアは眠たそうに大きく欠伸あくびをすると、開いた口を手で抑えた。

























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