罪と、魔法と、私の本音

第11話 拭えない記憶、綺麗な魔法

「・・・・・・ついにこの時が来た」

 翌日の朝。

 そわそわしている私は一人、部屋の中を歩き回っていた。

「レイラ、少しは落ち着きなさい」

「でもでも!私だけの武器が完成するんですよ!落ち着いてなんていられません!」

 私は嬉々ききとした表情でエーレさんに詰め寄る。

 すると、エーレさんは小さく溜め息をらして、口を開いた。

「まぁ私も《アイオロス》を初めて手にした時は、試し斬りでモンスターを二百匹ほどほふった覚えがあるわね」

「に、にひゃっぴき・・・・・・」

(その時のエーレさん、今の私より絶対テンション高かったよぉ)

 きっと「ふふっ」とか言って微笑みながらモンスターをバッサバッサ斬り捨てていたに違いない。そうに決まってる。

 それから紅茶を啜っていたエーレさんが、何かを思い出したように話を切り出した。

「そういえば、この包帯いつもより肌触りが良いのだけれど・・・・・・何故かしら?」

 そう言って服の裾を捲り、巻かれた包帯を見せてくる。同時に可愛いおへそも見えた。

「それはですねー、アリシアさんがこの包帯を使ってあげれば、エーレさんが絶対喜ぶってオススメされたものなんですよー・・・・・・」

「それでいくらしたの?」

「一万五千ゼルです!」

 ブーー!!っとエーレさんは口に含んでいた紅茶を勢いよく吹き出した。

 エーレさんは汚したテーブルをタオルで拭きながら私に尋ねてくる。

「・・・・・・前まで使っていた包帯の値段は知っているかしら?」

「いえ、知らないです。いくらなんですか?」

 私が訊ね返すと、

「三百ゼルよ」

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 私は頬を引き攣らせた。嫌な汗がぽたぽたと垂れる。

 それからゆっくりと顔を逸らし、必死に言い訳を探す。

「でもでも、お金はいっぱいあるんだし、ちょっとくらいは使っても・・・・・・」

「何を言っているの?今日で貯金はほぼ消えるわよ」

「ええーっ、なんで!?」

 突然のカミングアウトに、私はテーブルの上に手をつき、身体を乗り出した。

「そういえばまだ言ってなかったわね。メイダスさんは今でこそ、あんなチンケな鍛治工房で武器を打っているけれど、数ヶ月前までは鍛冶師界のトップに君臨していた方よ」

「ええっ!そうだったんですか!?てっきり私は優しいお爺ちゃん鍛冶師スミスだとばかり・・・・・・」

「そんなわけないでしょう。メイダスさんの武器は他の鍛冶師の武器と比べたら桁違いの値段よ。それにまだ私にはアイオロスを作った時の借金が残っているわ」

「そんな〜」

 そこまで言うと、エーレさんはまた紅茶をすする。

「それにしてもアリシアにしてやられたわね・・・・・・けれど、貴方が私のためを想ってしてくれたことだから、包帯の一つくらい今回は許してあげるわよ」

 エーレさんは頬を朱に染め、恥ずかしさを隠すようにカップをすする。

 だが、今の私は手放しに喜べなかった。なぜなら、

「えーと、実はですね、その包帯・・・・・・実は予備のために、もう五個ほど買っちゃって・・・」

 申し訳なさそうにチラッと上目遣いでエーレさんを見つめる。すると、エーレさんは表情を変えて、ニコッと微笑んでくれた。

(やった!許してもらえ・・・・・・)

「レイラ、お尻を出しなさい」

「え・・・・・・でも・・・・・・」

 私が躊躇ためらっていると、エーレさんは目を細めて、口を開く。

「あなたに拒否権はないわ」

「・・・・・・はい」

 私はこの歳になってまでも、お尻をペンペンされるという恥ずかしい思いをしたのだった。




「・・・・・・まだお尻が痛いです」

 私はエーレさんに叩かれてヒリヒリするお尻を撫でながらウェスタン通りを進み、メイダスさんの工房へと向かう。

「ちゃんと加減はしたわよ」

 歩くリズム合わせ、エーレさんはマントを揺らす。

「嘘だ〜って、あれ?エーレさん、今日のマントいつもと色が違いますね・・・・・・もしかして、アリシアさんから貰ったものですか?」

 私は首を傾げた。

 いつもエーレさんが羽織っているのは純白マントだが、今日は海を連想されるような綺麗な青色。

 エーレさんはマントに手を置くと、それを優しく撫でた。

「ええ。アリシアが選んだ割には悪くないセンスだわ」

 可愛いと思ったなら可愛いって言えばいいのに。本当にエーレさんは素直じゃないなあ。

 でも、そんな素直じゃないところがエーレさんの可愛いところなんだけど・・・・・・。

「何笑っているのよ?」

「なんでもないです!」

 エーレさんが「そう」と答えた後、続けて訊ねてきた。

「そういえばあなた・・・武器の名前はもう決めたの?」

 エーレさんは腰に差した二本の剣を触る。

「もちろん決まってますよ!」

「どんな名前なの?」

 私は人差し指に唇を当てると、エーレさんにパチッとウインクで返す。

「着いてからのお楽しみです!」

 すると、エーレさんはおもしろくなかったのか、頬っぺたをぷくーっと膨らませるのだった。




「こんにちはメイダスさん!」

 私は扉から元気良く顔を出した。それに続き、エーレさんも一緒に顔を出す。

「・・・・・・こ、こんにちは」

 エーレさんは恥ずかしそうに顔を赤くさせた。

「おぉ!来るのが遅かったのう。注文の品はとっくにできておるぞ」

「ほんとですかぁ!」

 そう言って私はメイダスさんのもとへ小走りで駆け寄ると。

「ほれ」

 メイダスさんは白い布に覆われた弓を渡してくれた。

「大きいですね」

 抱えた弓は私の身長と同じくらいの長さがあるが、意外と重くはなかった。

「見ても良いですか?」

「もちろんじゃ・・・・・・それはもうお嬢ちゃんの武器じゃからな」

 私は一度、布に覆われた弓をテーブルの上に置き、被った布を丁寧にめくっていく。すると、翠色すいしょくの弓が姿をあらわにした。

 ツヤ感のある湾曲した弓にはメイダスさんのサインも掘ってある。

「わー!見て見てエーレさん!すっごく綺麗ですよ」

「見れば分かるわ」

 エーレさんは幼子を見守るような表情を私に向けると、続けて口を開いた。

「それで、その弓の名前・・・・・・そろそろ教えて貰えないかしら」

「そうじゃったそうじゃった、ワシも気になるのう」

 双方から期待の眼差しが向けられる。

 私はこほんと咳払いをすると、布から弓を手に取った。

「では、発表します。この弓の名前は・・・ジャカジャカジャカジャカ」

 雰囲気を作るために、自分の口でドラマロールを発する。エーレさんが呆れた目で見ていたがそれは気にしないことにした。

「ジャカジャン!!・・・・・・なんだっけ?」

 メイダスさんはガシャーンと勢いよくイスから転げ落ちていたが、エーレさんはこうなることが分かっていたのか「そうなると思ったわ」とか言って頭痛がするかのように頭を額に手をおさえていた。

「どうしましょうエーレさん・・・・・・」

「インスピレーションも大事よ」

「それもそうですね・・・・・・決めました、《オルキディア》にします」

「あら意外と早く決まったわね。私は良いと思うわ」

 腕を組んだままのエーレさんがそう言うと、派手に転んだメイダスさんも起き上がる。

「良き名じゃな、きっとその弓も喜んでおるじゃろ」

「えへへ・・・・・・あっ考えてきた名前思い出した!《エーレサンダー》だ!」

「却下」

「そんなっ!?」

 私は雷に撃たれたような衝撃を受けた。サンダーだけに。

「ワシは良いと思うのじゃが」

「少し黙ってて貰えますか?」

「すまんのう」

 そう言うとメイダスは黙り込んでしまった。

「とりあえず、その弓の名前は《オルキディア》に決まりね・・・・・・クライスト、その布の中まだ何か入っていないかしら?」

「え?」

 エーレさんは違和感を感じたのか布に目を向けた。私は再び布をめくって中を確認すると、確かに何か入っている。弓と同じ翠色をした槍のようなものだ。私はそれを手に取った。

「これは槍ですかね?」

「それは矢じゃよ」

 私が手にしている槍のようなものを見た、メイダスさんが口を挟む。

(これが・・・・・・矢・・・・・・?)

 どこからどう見ても槍にしか見えない。

「その槍もケルミエールの素材から作ったものじゃ。その矢に刻印があるじゃろ、ソイツに自身の血を垂らせば、その矢が何処に在ろうとあるじの元へ飛んで戻ってくる作用をエンチャントしておいた」

「へーそういうこともできるんですねー」

 私は人差し指に槍形状の矢先をちょこんと刺すと、出てきた血を刻印に塗る。

 血で濡れた刻印は光りだし、一際眩しい輝きを放ったかと思うと、すぐに消えてしまった。

「これで良いんですか?」

「ああ。一応言っとくが、その刻印はもう上書きできんから、その矢が他の者に渡る心配はないぞ」

「はい!ありがとうございます!・・・・・・矢が一本で良いというのは便利ですね」

「ええ、私も初めて聞いたわ」

 エーレさんは物珍しそうに矢を凝視する。

「驚くのはまだ早いぞい」

「まだ何かあるのですか?」

 落ち着いた声音でエーレさんが訊ねた。

「ああ、『ケルミエール』は周囲から魔力を集めることができたじゃろ?・・・・・・それと同じことがこの弓ならできるんじゃ」

 そう言ってメイダスさんは《オルキディア》を叩いた。

 周囲から魔力を集めるって・・・・・・まさか、ケルミエールが最後に放とうとしていた【エルフェンス・キャリバー】のこと!?

「透明化もあったんじゃが・・・・・・素材の特性は一つしか受け継ぐことができなくてのう」

 メイダスさんはしょんぼりと俯いてしまった。それほど透明化も捨て難かった特性なのだろう。

「私は全然大丈夫ですから!」

 両手をぶんぶん振って、メイダスさんをどうにかなぐさめようと、躍起になると「そうか?」と言って少し機嫌を戻してくれた。

「・・・・・・それでお値段の方は?」

 タイミングを見計らったところでエーレさんがきりだす。メイダスさんは「そうじゃな・・・・・・」と髭をいじっていた。

「三億ゼルくらいでどうじゃ?」

 ――三億ゼルぅ!?

 私が目を丸くすると、エーレさんが値切り始める。

「一億五千万ゼルでお願いできないでしょうか?」

「駄目じゃな、仕方ない・・・・・・あいだを取って二億五千万ゼルだ。」

(全然ぜんぜんあいだじゃない!?)

「じゃが・・・もしお主がちちを揉ませてくれたら二億でも・・・あヒィ!?」

 エーレさんの鉄拳がメイダスさんに振り下ろされる。メイダスさんの頭が工房の床に埋まった。

「・・・・・・二億五千万ゼルで決定ね。レイラ行くわよ」

「で、でもメイダスさんをこのままにして、いいんですか?」

「いいのよそんなエロジジィ」

 すると、後ろから声がかけられた。

「金は後で使いの者を寄越すから、そいつに渡せ・・・・・・お主の借金も合わせてな」

 そう言ったメイダスさんは、床から頭を抜こうとしているがなかなか抜けない。

「分かりました」

 エーレさんが返事をすると、メイダスさんの頭がやっと床から抜けた。そして、こちらに顔を向ける。

「お嬢ちゃん、一つ忠告じゃ・・・・・・その弓は簡単に人を殺す・・・・・・扱いを間違えるではないぞ」

 そう言ったメイダスさんの表情はいつになく真剣なものだった。

「・・・・・・はい!」

 私が頷くと、メイダスさんは表情を崩す。

 その表情はいつものメイダスさんのものだった。




 メイダスさんの工房がある裏路地から表のウェスタン通りに戻ると、家があるイースタン通りと逆方向に向かっていた。

「試しち楽しみだなあ」

「その矢でスライムをるのはどうかと思うけど・・・・・・」

 エーレさんの言う通り確かにスライムだとちょっとばかし役者不足というか・・・物足りない感じはする。

 私はうーんと唸っていると上の方から何かが駆けてくる音が聞こえた。

 陽の光を浴びて、私の足元に人影が写った。

「――死ねッ」

「レイラ伏せて!!!」

 エーレさんは《アイオロス》を抜刀した。

「ひゃっ!?」

 私はエーレさんの声に素早く反応し、頭を抱えてしゃがむ。

 その瞬間、私の頭上で凄まじい衝撃が起こり、風圧で屋台のテントが揺れ、砂や枯れ葉が吹き荒れた。

 顔を上げるとエーレさんの《アイオロス》と紫紺の槍がぶつかり合い、ギリギリと音を立てている。

 エーレさんが剣を振り抜いて槍ごと来襲者を弾き飛ばすと、来襲者はそのまま空中で一回転し、華麗な着地を決めてみせた。

「やっぱり、この程度の攻撃は効かないかー」

 その姿は紫色の髪を揺らす女の子。髪の長さは私と同じくらいで、目つきは悪いが顔立ち自体はよく整っている。黒を基調にした露出の少ない戦闘服バトルクロスからは華奢な四肢が伸び、胸は服の上から見ても分かるほど豊満である。お尻も大きく、その若々しい見た目からして歳はエーレさんと同じくらいだと推測できた。

 そんな彼女は器用に槍を手元でクルクル回すと槍先をこちらに向けてきた。

 槍の柄は黒く、槍頭は左右さゆう朱と蒼で違う光沢を放つ。

(まさか、この人は私の正体を知って・・・・・・)

「あなた誰?」

 エーレさんが謎の少女に剣を構えた。

 すると、少女は急に笑いだした。

「あははは!私のこと忘れちゃったの?・・・・・・エーちゃん」

 瞬間、明るかった雰囲気が殺気の孕んだ冷たいものに激変する。

 すると、エーレさんは納得したのか、少女の名前を呼んだ。

「すぐに思い出せなくてごめんなさい・・・・・・ヴァイオレット」

 エーレさんの纏っていた空気も鋭いものに変わる。

「エーレさん、この人誰?」

 私が袖を引っ張って、尋ねると、

「友だち・・・・・・だった人よ」

(――だった、って・・・今は友だちじゃないってこと?)

 一体、この二人に何があったの?

「さぁ決着をつけましょ!・・・・・・私の復讐劇に終止符ピリオドを打つわ」

 両手を広げるヴァイオレットに対し、エーレさんは剣を構えた。

「その前に一つ聞かせてもらえるかしら。最初にレイラ・・・・・・私の友達を狙った理由は?」

 ヴァイオレットは口角をニイィとつり上げると口を開く。

「お友達を殺せばエーちゃんがとっても哀しむと思って・・・あは、言っちゃった!」

 ヴァイオレットはわざとらしく口元を手で隠した。

「――殺すッ!」

 エーレさんは石畳がれる程の膂力を持って地面を蹴り、疾駆する。

 振り抜かれた漆黒の剣をヴァイオレットは槍で受け止める。

 その瞬間、足場が崩れ、周囲の建物に取り付けられた窓ガラスが一斉に割れた。

 お店の中に居た人々は逃げ惑い、近くにいた冒険者は面白がって少し離れた所から勝負の行方を見守っている。

「そういえば数日前街の外に現れた『ガンロック』、あれも私の仕業よ」

「――下衆げすが!!」

 エーレさんは一度相手の槍から剣を離すと、再び斬りかかった。

「いいね〜、そうこなくちゃ!」

「は――ッ!」

 更にエーレさんは縦横無尽の剣撃をヴァイオレットに浴びせていく。攻撃が槍を掠める度に剣はどんどん速さを増す。

 やがて残像になるまでに加速すると、エーレさんの剣撃が後手に回ったヴァイオレットの頬や太もも、体の至る所を掠めるようになり、彼女の白い肌に純血の直線がほとばしる。だが、そんなヴァイオレットの顔には笑みが浮かんでいた。

「そうでなくちゃ殺しがいがない!――次は私の番!!」

 そう言うとヴァイオレットはエーレさんの剣を槍で受け流し、攻撃を仕掛けてくる。

 エーレさんに連続で襲いかかる槍の突き。あまりの速さに私の目には槍が一斉に繰り出されているように見えた。

 その連撃をエーレさんは全て剣で防ぎ、間髪入れずのカウンター。

 しかし、そのカウンター読んでいたヴァイオレットは剣を弾き、再び攻勢に転じた。

 ヴァイオレットが地面を蹴り、威力を一点に集中させた槍を突出つきだした。

 エーレさんは身につけているマントを掴み、その場で放り投げる。

 その瞬間、エーレさんの姿がマントの中に消えた。

 ヴァイオレットはそのまま蒼色のマントを穿つ。

 が、槍がエーレさんの身体を貫くことはなかった。この時、初めてヴァイオレットに焦りの表情がうかがえる。

「――上かッ!!」

 ヴァイオレットが空を見上げるが、エーレさんの姿はない。

「――此処ここよ」

 突如現れたエーレさんが、剣を振り抜く。ふり抜かれた漆黒の刃は肉を裂き、その刀身を血で染める。

「――!?・・・・・・・・・いたた、今のはかなりひやっとしたね」

 よろめきながら後ろへ下がったヴァイオレットは斬られた胸を抑えた。抑えられた傷口からは彼女の髪と同じような色をした血が溢れている。

咄嗟とっさの反応で致命傷を避けるとは、流石さすがね」

 エーレさんは剣を構えたまま、ヴァイオレットを賞賛する。だが、そんなエーレさんの服には血が滲み出ていた。滲み出ている箇所はどこも見覚えがある。だって、そこは全て私が包帯を巻いた所だったから・・・・・・。

「エーレさん傷が開いて・・・・・・」

「これくらい平気よレイラ、それよりも・・・・・・」

 エーレさんはヴァイオレットを一瞥する。彼女は確かに浅いとはいえない傷を負っているが、その表情はまだ涼しげだ。

「単純な技量じゃ、まだエーちゃんには勝てないかー・・・・・・でもこれだったらどうかな?」

 ヴァイオレットが槍を構え直す。その途端、場の空気がピリついたものへと一転した。彼女の魔力が急激に上昇し、視認可能になる到達点を超える。

 それからヴァイオレットは口ずさむように魔法を唱えた。

「【Inferno―インフェルノ―】」

 槍に紫色の獄炎が駆け抜けた。直後、苛烈な迄に燃え上がる紫炎は槍先に集結し、空気さえも焦がす。

 その熱によって周囲の温度が急激に上昇した。

(あつい・・・・・・熱がここまで伝わってくる)

 ヴァイオレットはそのバケモノじみた槍をまるで玩具を扱うが如く、クルクル回す。

 紫色の火の粉が彼女をいろどる様に舞い、その光景は幻想的なまでに美しかった。

「さぁ、エーちゃんも魔法使いなさいよ」

 そう言ってヴァイオレットは再び紫の獄炎を宿す槍を構えた。

 エーレさんは黙り込んでたたずみ、動こうとしない。

(この人は何を言ってるの?エーレさんに魔法なんて使えっこない)

「エーレさんは魔法なんて使えません!」

 私はヴァイオレットに向かってそう叫ぶと、彼女はクスッと笑った。

「あなたのくせに何も知らないのね」

 ヴァイオレットはお腹を抱えて笑い始めた。

「・・・・・・・・・どういうこと?」

 私は彼女の言葉に眉尻を下げる。

「あっははは!・・・・・・あー、お腹痛い。ありゃ笑い過ぎて傷口開いちゃった!」

 ヴァイオレットは目端に浮かぶ涙を指先で拭うと、

「仕方ないなー、特別に私が教えてあげよう!エーちゃんはねー・・・・・・」

「やめて!・・・・・・それ以上言わないで」

 黙り込んでいたエーレさんがここでようやく口を開く。その声は震えていた。

 だが、ヴァイオレットはそんなエーレさんの言葉を一蹴いっしゅうし、話を続ける。

「エーちゃんは十一年前、自らの魔法ちからでエーちゃんの妹ちゃんや両親、それに私の家族・・・・・・同じ村に住んでいた人々全員を殺した・・・・・・・・・人殺しなんだよ」

「・・・・・・そんなつもりじゃ、なかったの・・・・・・私はただ皆を救いたくて・・・・・・それで・・・・・・」

 エーレさんの声音は次第に震え、だんだんか細くなっていく。それを見たヴァイオレットが流れるような紫色の綺麗な髪を乱暴に掻いた。

「私の家族を殺しておいて、どの口が言ってんだよ!」

 エーレさんは言われるがまま、何も反論せずに黙り込んでしまった。

(・・・・・・なんで何も言い返さないの?)

 エーレさんが人殺しだなんて絶対嘘だ!

「エーレさんが人殺しなんて・・・・・・嘘ですよね?」

 エーレさんが人殺しなんてするはずがない!

 私はそう信じている。

 だが、返ってきた言葉は私の求めた答えとは逆だった。

「・・・・・・・・・・・・本当よ」

「え?」

 頭の整理がつかない私は、開いた口が塞がらなかった。

「ヴァイオレット・・・・・・少しこの子と話す時間を頂戴」

「早く終わらせて」

 そう言うとヴァイオレットは槍を下ろした。

 エーレさんは「ありがとう」と伝えてから話を始めた。

「十一年前、当時七歳だった私は母との約束を破って魔法を使った。・・・・・・その結果、その制御に失敗した。そのせいで妹や家族・・・・・・同じ村に住んでいた人達全員を殺めてしまった。それ以来、私は魔法を使わないと決めたの。もう好きな人が自分の手で死ぬところなんて見たくないから」

「そんな・・・・・・」

「隠していてごめんなさい。私の前から・・・・・・あなたがいなくなってしまうと思うと、・・・・・・怖くて・・・・・・ずっと話せなかった・・・・・・」

 そこまで言うと、エーレさんは顔を俯かせた。

 私はゆっくりとエーレさんの前まで歩み寄り、目の前で足を止める。

「・・・・・・エーレさん顔を上げて下さい」

 そう言われたエーレさんが顔を上げたその瞬間、私はエーレさんの頬を思いきりひっぱたいた。乾いた音が響き、周囲に木霊する。ひっぱたいた手のひらがヒリヒリする。

「・・・・・・・・・え?」

 目を丸くしたエーレさんは赤くなった頬を抑え、こちらに顔を向ける。

 私はエーレさんの両肩をガシッと掴んだ。

「エーレさんは私の何を見てきたんですか?私がそんなことでエーレさんを嫌いになるような人に見えたんですか?一緒に笑ったり、一緒に戦ってきたことは私たちの仲は・・・・・・そんな昔の過去一つでバラバラになるようなものだったんですか?」

 エーレさんは今にも泣きだしそうな顔をしてブンブンと首を横に振った。

 私はなおも続ける。

「私がなにより嫌だったのはエーレさんが人を殺した事実よりも、そのことを話してくれなかったことです!エーレさん、前に言ってくれましたよね?友達を助けることは当然だって、なら私にだって助けさせてよ!!」

 私は泣きじゃくってエーレさんの胸に顔を埋める。


 悲しかった。

 エーレさんがずっと何かを隠していたことは知っていたから。

 でも、それ以上に私は悔しかったんだ。

 力になってあげられなかった自分の不甲斐なさに・・・・・・私は悔しかった。


「レイラごめんね、ごめんね」

 エーレさんは私をぎゅっと抱きしめた。

「エーレさんは大バカ者です!・・・もうバカ!バカバカバーカ!」

「そんなにバカバカ言わなくてもいいじゃない・・・・・・」

 私が顔を上げると、エーレさんはむくれていた。こんな状況でもエーレさんは可愛い。

 すると、他所から声がかかる。

「あのーそろそろバトル再開してもいい?」

 声をかけてきたのは待ち時間にしびれを切らしたヴァイオレットだった。

「・・・・・・まぁ駄目と言っても勝手に始めちゃうけどね!」

 そう言って、ヴァイオレットはエーレさんと抱き合っている良いところに槍を持って突撃してくる。

 だから私は、エーレさんに反撃しても良いか、有無を確認した。

「エーレさん?」

「ええ、やっちゃってレイラ」

「かしこまりです!」

 私は背中に装備していた《オルキディア》を手に取り、エーレさんに背に腕を回すようにして弓を構える。

 すると、周囲に黄色い光粒が発生し、その淡い輝きによって、辺りが暗くなるような錯覚を起こし、やがて光粒は次々に槍のような大きな矢に収束していった。

 瞬く間に矢は既に光粒に包まれ、魔力を増幅させながら――煌めいた。

(メイダスさん、約束破っちゃってごめんなさい)

「いけ――」

 正面から突撃してくるヴァイオレットに向かって、矢を放つ。

 その瞬間、激しい突風が巻き起こった。

 放たれた大きな矢はヴァイオレットを目指し、通りに並ぶ石畳を物凄いスピードで抉りながら、突き進み、紫炎を纏った槍と真っ向から激突した。

「馬鹿が、そんな矢ごとき、私の炎に触れれば簡単に燃え尽き・・・・・・――なっ!?」

 ヴァイオレットが力で矢を弾き飛ばそうとするが、矢の威力に押され、足が地面にめり込む。

(・・・このまま押し込めば、いけるっ!!)

 私が勝利への可能性に笑みを零すと、

「あああああああああああああっ!!」

 ヴァイオレットは雄叫びを上げ、槍で強引に矢のコースをずらしたのだ。

 進路が斜め上に変わった矢は勢いを保ったまま、その先に在る建物の一部を破壊すると、落下して地面に真っ直ぐ突き刺さった。

「はぁ、はぁはぁ・・・・・・はー、危なかった・・・・・・」

 ヴァイオレットは背後に目を向け、硬い石畳に突き刺さる矢を忌々しそうに一瞥し、再びこちらへと向き直る。

(――かかった!)

「あの矢は一体・・・・・・」

 ヴァイオレットは何かを言いかけた、その時。私はヴァイオレットに向かって、手をかざした。

「――【戻ってこい】」

 私がそう呟くと、矢がカタカタと揺れだして浮かび上がる。

 ヴァイオレットは訝しげに私を見つめるだけで、矢には気づいていない。

 矢はくるりと廻転かいてんすると、地面と平行に物凄い速さで一直線に向かって来る。

 私と矢の間に位置するヴァイオレットを鋭利な刀身が穿った。

「――ぎいィ!?」

 ヴァイオレットの太ももを貫通した《オルキディアの矢》はかざした手のひらにパシッと収まる。翠色の綺麗な矢には真っ赤な鮮血が滴っている。

 ヴァイオレットは足を貫かれても尚、崩れることなく、踏ん張った。ぽっかり穴の空いた太ももからは血が噴き出している。

「・・・・・・やってくれるじゃない」

 ヴァイオレットは装備していたホルダーからハイポーションを二つ取り出し、一気に飲み干すと、纏っていた紫炎の熱量がさらに上がり、荒々しく燃える。

 それからヴァイオレットはその炎を槍に吸わせ始める。僅か数秒でチャージし終えると、その槍を私たちに向かって投擲とうてきしてきた。

 私とエーレさんはそれぞれ飛び退いて、回避する。

 先程まで私たちがいた場所は紫炎を帯びた槍が穿ち、消し飛んだ。

(少し炎をチャージさせただけでこの威力なの!?)

 通りにはぽっかりと小さなクレーターができ、その中で妖しく光る紫の獄炎が音を立てて燃えている。

 緊張と熱風で頬を大粒の汗が伝う。

 クレーターの向こう側・・・・・・ヴァイオレットがいる所に目を向けると彼女は小さく笑っていた。例えるなら獲物を罠にハメたような、そんな顔。

 すると、彼女はしゃがんで地面に手をつけると、周囲は紫色の光に包まれた。

「レイラけてっ!!」

「え?」

 エーレさんが大声で叫ぶ。

 足元から放たれる紫色の光源へと視線を落とす・・・・・・・・・私は魔法陣の中にいた。

 光に包まれていたのは周囲ではなく、私だった。

「【インフェルノ・ゲフェングニス】」

 紫炎で生成された無数の槍が魔法陣の円周をなぞり、一気に伸びた。

 それは中の獲物を決して逃さない獄炎の檻。

 今にも私の身体を焼き尽くさんと燃える獄炎を前に怖気づいて後ろに下がると肘が炎の槍に触れる。

「――熱っ!!」

 着ていたローブに火が移り、慌てて消火しようとはたくが消えるそぶりは全くない。

「え?え?なんで消えないのっ!?」

「あ、言い忘れてたけど、その火は消えないよ!だって私の魔法はだから・・・・・・」

「レイラ、ローブを脱ぎなさい!」

 漆黒の剣を構えたエーレさんが口を開く。

「でも、尻尾が・・・・・・」

「あなたが燃えてしまうよりはマシよ」

 私はエーレさんに言われたとおり、ローブを脱ぎ捨てた。短パンからはみ出ている龍の尻尾が露わになる。

「へぇ、珍しいものを連れ歩いていたのね」

「あなたには関係ないでしょ」

 遠くから勝負の行方を見守っていた冒険者達も私の尻尾を見るなり、ザワザワと騒ぎ始める。

(赤眼はまだ眼帯で隠しているけど、この騒がれ方は良くない気がする)

 そんな周囲の様子を感じとってか、エーレさんは剣を地面に叩きつけた。

 通りに響く金属音に観衆の目が惹き付けられる。

「レイラ待ってて・・・すぐにこの女を片づけてあなたをそこから出してあげるから」

「エーレさん・・・・・・」

 すると、ヴァイオレットは声をあげて笑いだす。

「そんな暇あると思ってんの?」

「それはどういう意味かしら?」

 ヴァイオレットは笑いながらお腹を抑えて項垂れる。それから彼女がゆっくりと顔を上げると、歪んだ笑みを浮かべていた。

「・・・・・・こういうことよ」

 ヴァイオレットは手のひらを空に向け、人差し指と中指を同時に立てる。

 その瞬間、私の左手に電流が流れたような痛みが走った。

「――がああアッ!?」

「レイラどうし――・・・・・・そ・・・・・・んな」

 私の声を聞いたエーレさんがこちらに振り返る。すると、エーレさんは手を口で覆った。

 私の左手は突如下から現れた新たな炎の槍によって貫通されていた。

 貫通された所から血液が蒸発していき、皮膚もどんどん焼けていく。

「――あああああぁぁぁああああああああぁぁぁっ!!」

 傷口の中から焼かれる壮絶な痛みに私は視界が明滅し、叫ぶことしかできなかった。

「ほらエーちゃん早く魔法使いなよ。じゃないと彼女もっと酷いことになるよ、ほら、ほら!」

 そう言うとヴァイオレットは手のひらを反転させ、またもや二本の指を上げる。すると、また新たに魔法陣から現れた紫炎の槍が今度は右足を貫き、更に槍は増え、右腕、腹、左肩を貫いた。

「――ぐっ、あああっ!!ぅおぇええっ!!ひぎぃ!!」

 私は溢れる涙と苦痛で顔をぐちゃぐちゃにして喘ぎながら、口から血が零す。

 血の味が不味い。だけど、不味いと感じることができて少し安心する。私の意識はまだ飛んでいないってことがわかるから。

「えー・・・・・・れ、さん・・・・・・ま・・・・・・ほう、つかっちゃ・・・・・・だめ」

 エーレさんはいつもの漆黒の剣ではなく、今まで一度も使用することのなかった蒼い光沢を放つ剣。

「レイラ、ごめんね。私は自分の手で大切な人を・・・あなたを殺めてしまわないか凄く怖い・・・・・・だけど、何もしないであなたを失うのはもっと嫌なの」

 エーレさんの頬には涙が伝っていた。

 ――そうか、エーレさんはここで一歩を踏み出すんだね――なら、私は彼女を信じよう。

「がん・・・ばっ・・・・・・て」

 エーレさんはこくりと頷くと、魔法を唱えた。

「【Eises―アイゼス―】」

 すると、さっきまで暑かったはずの気温が一瞬にして下がった。それからエーレさんは鞘を握り、剣を引き抜く。以前、私が抜いた時は刀身のなかった使い物にならない剣。

 だが、今は違う。

 鞘から姿を現したのは、離れた場所からでも肌を刺すような冷気を帯びる氷の刀身。

 それは相貌はとても冷酷で、とても美しかった。

 刀身を抜き終えたエーレさんは剣を下ろすと、その氷の剣先が地面に触れる。その瞬間、地面を物凄いスピードで氷が覆い、広がっていく。それが私を囲う獄炎の檻にぶつかると、その炎の全てを凍らせた。

 紫炎の槍で貫かれた箇所は少し凍ってしまったが、それ以外の所は凍らされていない。

 エーレさんは私の元までやってくると、氷と化した炎の檻を剣で斬りさいて、私を助け出してくれた。それからエーレさんは私を抱えて、歩き出す。

「エーレさんまほう使えるじゃないですか・・・・・・」

 私は揺れる度に襲ってくる痛みを我慢しつつも、努めて明るく振る舞った。

を見ても、まだそう思える?」

「え?」

 エーレさんは破壊した檻に向けて、目配せを送る。私はエーレさんの視線を追って、檻のあった所に目を向けると、驚愕に口を大きく開いた。

 エーレさんは檻だけでなく、その後ろにあった建物一棟丸ごと凍らせていたのだ。

 もしエーレさんの魔法が少しでもズレていたら、私は一瞬で凍りつき、死んでいただろう。そう考えてみると、寒気がしてきた。

「でも、あなたを死なせずに済んで本当に良かったわ」

 そう言ったエーレさんは安心したように微笑み、私の髪を撫でる。だが、その朗らかな表情はすぐ元に戻ってしまった。

「とりあえず、あなたをアリシアの元まで運ばないと・・・・・・でも、それには――」

 エーレさんが前方に目を向ける。その先には歓喜に心を踊らすヴァイオレットの姿があった。

「やっと、魔法を使ってくれたんだね!それでこそエーちゃん・・・・・・いや、【鏖殺おうさつの白雪姫】エーレ・アーベンロート・・・・・・」

 ヴァイオレットは言い直すと、表情を一変させ、殺意を宿した瞳にエーレさんの姿を映したのだった。


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