第10話 birthday

 サウス通りから帰ってきた私達は、食事を済ませると、談笑に花を咲かせていた。

「モンスターが村にガオーッ!!って襲いに来た時はですねー、おじいちゃんがえいや!って、剣でやっつけてくれたんですよ!!」

「ふふ、クライストのおじいちゃんは凄く強かったのね」

「そうなんです!!あ、でもエーレさんの方が強いですよ」

「そうかしら?そうなら嬉しいわ」

「はい!」

 私は屈託ない笑みをエーレさんに向けた。

 そういえば、まだエーレさんから家族の話、聞いたことないな。

 ちょっと、聞いてみようかな。

「あの、エーレさんの家族って、今どうしているんですか?」

 私が訊ねると、エーレさんはピクッと固まった。

 やがてエーレさんはカップを手に取ると、中身の紅茶をすすり、ゆっくりとテーブルの上に置いた。

「家族は・・・・・・・・・・・・もういないの」

「・・・・・・へ?」

 思いもよらない発言に私は戸惑いの声を漏らす。

「私が幼い頃、両親も妹も、みんな私を置いて死んでしまったわ」

 俯きながらそう語ったエーレさんの表情はすごく寂しそうだった。

「そろそろお風呂沸いたんじゃないかしら・・・・・・先に入ってらっしゃい」

「あ、えと・・・・・・はい」

 私は席を立ち、そのまま脱衣所に繋がる廊下に出て、後ろ手でドアを閉めた。

 ――私、馬鹿だ。

 エーレさんが自ら家族のことを進んで話さなかった理由なんて、少し考えれば分かったはずなのに・・・・・・。

 脱衣所に入り、着ていた衣服を脱ぐ。

 私しかいない脱衣所で、衣擦きぬずれの音だけが耳に届いてくる。

 全てを脱ぎ終え、一糸纏わぬ姿となった私は浴室の扉を開いた。

 湯船に浸かる前に頭と身体を洗い、最後にお尻から伸びる尻尾も傷つけないように丁寧に洗った。

 普段の生活で邪魔になると思われた尻尾だが、そこまで太くはなく、長さも一メルト程しかないのでほとんど影響はなかった。

 実際、エーレさんと一緒に外に出た時もローブにはちゃんと隠れてくれている。

 一度、危なかったことはあったけど、それでもどうにかなった。

「あちっ・・・・・・」

 私は足先から順を追って、徐々に湯船へ体を浸からせていく。

 それに合わせて溜めていたお湯も湯船から溢れ出る。

 肩まで湯船に浸かると、身体から力が抜け、小さな溜息を吐いた。

「・・・・・・これからどうしよう」

 目元が水面につかないくらいまで潜ると、空気を吐きいてブクブクと泡を立てる。

 まぁ、これからのことは後で考えればいっか。

(まずはさっきのことエーレさんに謝らないと)

 私はそう決めると、勢い良く立ち上がり、浴室を後にした。




「エーレさんお風呂空きましたよー!」

「あら、意外と早かったのね」

 私は既に寝着に着替え終え、肩にかけたタオルで濡れた髪を丁寧にぬぐう。

 椅子に座っていたエーレさんは立ち上がると廊下に繋がる扉に向かいドアノブに手をかけた。

 そこで私は後ろから声をかける。

「エーレさん、お風呂上がったら私のところに来てくださいね!」

「・・・・・・善処するわ」

 そう言ってエーレさんは扉の向こう側へと姿を消した。


「よし、準備するか」

 私はたなの引き出しを開く。そこにはケガ等をした時の為に、救急用具や薬が収納されている。

「あれ?包帯あと一回分しか残ってない。明日にでも、買い足しに行かないと」

 とりあえず包帯・・・・・・それにハサミとテープ、塗り薬を取り出すとナイトテーブルの上に置いた。

 私が行っている準備とは夜の営みの準備ではなく、エーレさんの包帯を取り替えるための準備なのだ。

 もちろん、エーレさんがベッドの上で私とキャッキャウフフしたいと言うのなら、私は喜んでお受け致しますが・・・・・・。

 あれやこれやを妄想し、枕を抱いてキャーと快哉かいさいを叫んでいると、廊下とこの部屋を結ぶ扉がガチャリと開かれた。

「クライスト、替えの石鹸を・・・・・・・・・・・・何をしているのかしら?」

 エーレさんはバスタオルを一枚纏った格好で、白く流麗な長髪は水を滴らせている。

 その濡れた髪からは雫が伝い、フローリングを一滴、また一滴と濡らしていく。

 バスタオルの下から覗かせる色艶のある太ももに自然と目が吸い寄せられる。

「話を聞いているの?」

「・・・・・・ひぃっ!?」

 恐る恐る顔を上げると私は頬を硬直させた。

 エーレさんはまるでゴミを見るような冷えきった眼で私を見下ろしていた。

 その眼光だけでモンスターを二、三匹は殺せそうだ。

 私は恐怖に肩をガタガタ震わせていると、エーレさんは私が抱いている枕に目を移す。

「・・・・・・それ、私の枕なのだけれど」

 エーレさんの眼光が一際鋭くなるのを感じ、慌ててエーレさんの枕をポイッと手放す。

 すると、エーレさんはスタスタこちらに歩いてくる。

「ヒィィイッッ!?」

 私は急いで自分の枕をひっつかんで、頭をガードする。ブルブルと身を震わせ、いつやって来るか分からない恐怖に怯えて待った。

(アレ?・・・・・・鉄拳が降ってこない)

 不思議に思い、恐る恐る枕から顔を出すと目の前にエーレさんの顔があった。

「ぎゃああああぁああぁぁぁあああああああああッ!!!!!!」

「うるさい」

 エーレさんは私の両頬を片手でがしっと掴むと、私の顔をベッドに沈めた。

「ごへんなはい、もうひまへん」

「そう?分かればいいのよ」

 そう言ってエーレさんは微笑むと、私から手を離す。それからスタスタと棚の方へ向かい、棚の上部分に置いてある石鹸を手に取って、再び扉の奥へと消えて行った。

「・・・・・・死ぬかと思った」

 そう口にした私は、りずにまたエーレさんの枕に顔を埋めるのだった。




 それからしばらくして、エーレさんがお風呂から戻って来た。

 それから私が待つベッドに腰をかける。

 エーレさんは水色が彩られたパンツを一枚履き、他のものは何一つ身につけていない。

 少し膨らんだ胸は両腕で覆い隠し、見えない様にしているが、個人的にはその姿の方が好色こうしょくだということに本人はまだ気づいてなかった。

「それじゃあ、頼めるかしら」

「お任せ下さい!」

 私は塗り薬の蓋を開け、ジェル状の薬を指に取って手のひらに伸ばす。その手で薬が染み込んでいくように傷ついた身体に塗っていく。

 最初は痛がるかなぁと心配もしてみたが、それは杞憂に終わった。

 薬を塗り終え、その際に何の反応も見せなかったエーレさんに対し、少し不満に思う。

(・・・・・・なんか悔しい)

 目の前には滑らかなうなじと透き通った背中が広がっている。

 私はなんとなく、首筋から背中にかけて指をつつーと滑らせてみた。

「ひゃうっ!?」

 エーレさんはビクッと肩を跳ねた。

 それから慌てて口を塞ぐ。

 いまさら口を塞いでも、もう遅い。

 きっと自分でもあまりに可愛らしい声が漏れてしまったことに驚いているのだろう。

「なにするのよ!?」

「ごめんなさい、つい出来心で・・・・・・」

「まったく、貴方ったら・・・・・・次やったら吊るすからね」

「エーレさんに吊るされるなら本望です!」

「クライストのばか」

 普段の私なら自分の身を犠牲にしてでも、二回目を行うが、今のエーレさんは傷が治りきっていないので今回は辞めておこう。

 私は包帯をエーレさんの腕から巻きつけ始めた。

「さっきはごめんなさい」

「別に構わないわよ。私の枕の匂いを嗅ぐくらい」

「あ、そっちじゃなくて・・・・・・」

 というか、え?枕の匂い嗅いでたことバレてんの!?

「エーレさんの家族について無遠慮な質問をしてしまって・・・・・・」

「ああ、そのことね。別に構わないわ。むしろ謝るのは私の方よ、あなたに変な気を使わせてしまったもの」

「いえ!?私は全然大丈夫です」

「そう?」

「はい!」

 それから全ての傷口に包帯を巻き終えた私は、エーレさんに声をかける。

「エーレさん、終わりました!」

「・・・・・・ありがとクライスト」

「どういたしまして!」

 私はエーレさんに向けてニイッと破顔すると、それを見たエーレさんが優しく微笑む。

 エーレさんが寝着に着替え終わると。

「もう歯磨きはしたの?」

「終わってます!」

「それじゃあ、寝ましょうか」

「はい!」

 エーレさんは部屋の電気を消し、布団の中に入ったので、その隣に私も一緒に入る。

 すると、布団の中で私の尻尾がエーレさんの足に当たった。

「クライスト、尻尾が邪魔よ。私の方を向いて寝なさい」

「分かりました!」

 私はすぐさま身体を反転させる。すると、すぐ目の前にエーレさんの顔があった。

「顔が近い」

「これくらい我慢してください」

「しょうがないわね」

「エーレさん、本当は喜んでない?」

「そ、そんなことないわよ!」

「またまた〜」

「クライストのばか」

 エーレさんは身体を回して反対側を向いてしまった。

「あー!エーレさんごめんなさい!そっちを向かないでぇー!!」

 欠けた月の月光が窓から差し込む中、私は後悔に泣き喚き、エーレさんが振り返ってくれるまで必死に懇願したのだった。




 鳥のさえずる声で私は目を覚ます。重たい身体を起こして、小さくあくびを漏らした。

 それから目を擦り、隣を見やる。

 隣ではクライストがお腹を出してスースーと寝息を立てている。

 彼女は本当に幸せそうな顔をして眠っているので、そのまま寝かせてやりたい気もするが、そうはいかない。

「クライスト起きて、朝よ」

「んー・・・・・・あと五分だけ・・・・・・すぅ」

 コイツ・・・・・・。

 私はクライストから布団を剥ぎ取った。

 すると、彼女の姿がベッドから消えた。

 あれ?何処にいったの?

 周囲を見渡すがクライストはどこにもいない。

 不思議に思い、剥ぎ取った布団の裏を覗いてみる。

 すると、クライストは「ギギギギ」と言いながら、布団から落ちないようにしがみついていた。

「そこまでするか・・・・・・」

 私は呆れを通り越して、尊敬の念を抱いた。

 やがて力尽きたクライストはベッドの上にボフッと落っこちた。

「あうっ!?・・・・・・・・・エーレさんおはようございます」

「おはようクライスト、朝から元気ね」

「はい・・・・・・元気モリモリですよ」

「じゃあ、すぐに起きなさい」

 私は右手で手刀を放ったが、それを澄んだ紅の左眼で先にていたクライストが白刃しらは取りで受け止める。

「ふっ・・・・・・」

 どうだと言わんばかりのドヤ顔を決めるクライスト。その顔に少々苛立ちを覚えた私はそのまま右手を振り下ろす。

「こんなことに左眼使ってんじゃないわよ」

「あいた!」

 私の手刀はクライストの両手の間をすり抜け、おでこに直撃した。

 クライストは痛みでフローリングの上を転げ回った。

(そんな大袈裟な・・・・・・)

 私はクライストの横を通り抜けてキッチンへと向かう。

「朝食作るから手伝って」

「あいさー!」

 クライストは元気に立ち上がった。

 やっぱり、芝居だった・・・・・・。

 クライストはとっとこ私の背を追いかけて来るのだった。


 私とクライストは朝食にホットサンドを作り、テーブルを囲んで食べ始めた。

 このホットサンドは最初の方こそ私が作っていたのだが、途中でなぜかクライストに止められてしまい、彼女が一人で調理を再開してからは私は蚊帳かやの外となってしまった。

 まぁこのホットサンドはとても美味しいので、今回のことはあまり気にしないでおくことにしよう。

 私はクライストに話しかけた。

「ねぇクライスト、私は今日、武器の整備をするのだけれど・・・・・・貴方はどうする?」

「そうですね、昨日包帯がきれてしまったので、その補充がしたいですね」

「それなら、私が行っておくけど・・・・・・」

「いえ、エーレさんは武器の整備に集中してください。包帯とかその他のアイテムは私が補充しに行きますんで」

 まぁ確かにそちらの方が効率は良いが、彼女を一人にして街に行かせるのは少し心配だ。

「クライスト、一人で大丈夫?やはり私が行った方が・・・・・・」

「私は一人で大丈夫です!ちゃんと正体がバレないように気をつけますし、なるべく早く帰りますから、エーレさんは武器の整備をして、待っていてください」

 まぁそこまで言うのなら、大丈夫か。

「そう?それじゃあ、お願いするわ」

「ハイ!任せてください!」

 クライストは敬礼してみせると首を傾け、ニコッと破顔した。


 朝食を食べ終え、食器等を片したクライストは財布を手に取り、バタバタと急ぎ足で玄関へと向う。

 私はクライストのあとを追うようにゆっくりと玄関に足を進めた。

「すぐに帰って来ますから」

「ええ」

「それじゃあ、行ってきます!」

 クライストは軽く手を振ると、陽光のす外の世界に飛び出して行った。

 私はそれを玄関で手を振って、見送った。

「・・・・・・行ってらっしゃい」

 私だけが取り残された玄関。そんな中で呟いた言の葉は誰にも届くことなく霧散した。


 リビングに戻って来た私は《アイオロス》を手に取り、整備に取り掛かる。

 本来なら、武器の整備等は専門家であるメイダスさんに任せるのだが、今回はクライストの武器製作に集中してもらう為、自分で整備を行うことにした。

 手間と時間は掛かるが、その分の整備代は浮く。

 私は鞘からゆっくりと剣を引き抜き、刀身の確認を始めた。

 ケルミエールとの激闘によって、多大な負荷を受けた刀身は刃こぼれこそしていないものの、こびり付いたモンスターの血液や細かな肉片によってかなり切れ味が落ちている。

 その汚れを忌々いまいましそうにめつけた。

「・・・・・・・・・・・・」

 いつまでもにらめっこしていても剣の汚れは落ちないので、とりあえず作業を開始する。

 まず、汚れ防止の為、作業板をテーブルの上に設置し、その上に刀身が剥き出しとなった《アイオロス》を乗せた。

 それからあらかじめ沸かしておいたお湯にタオルを浸して、ひたすらこすって汚れを落としていく。

 お湯でこすることによって確かに汚れは落ちているのだが、本当に少しづつだ。

「・・・・・・今日中に終わるかしら」

 ふいに時計を眺めた。

 ――十時二十分。

 クライストが家を出発してから十分が経過した。

 玄関へと繋がる廊下扉ろうかとびらに視線だけを送る。

(・・・・・・さすがにまだ帰ってはこないわよね)

 それからも扉を何度も視線を送り、クライストの帰って来るのを待ちながら汚れを落とす作業を進めていった。

 そして、三十分後。

 廊下扉に本日245回目の視線を送ると、つぶやきがれた。

「・・・・・・遅い」

 クライストがアリシアの店に向かい、寄り道せずに真っ直ぐ家路に就いていれば、もう帰って来てもいい頃合いである。

 でも、彼女は帰って来ていない。

 一体、どこで道草を食っているのかしら・・・・・・。

 「って、これじゃあ私が寂しがっているみたいじゃない」

 私はブンブンと首を横に振った。それからパンっと両手で頬をを叩いて自分にかつを入れる。

 少し強く叩きすぎて頬っぺたが痛い。

(集中するのよ、エーレ・アーベンロート)

 タオルで拭っていた漆黒のつるぎに目を落とす。

 その表面は自分の顔が反射するほど光沢感のあるものに仕上がっていた。

 だが、それは片側だけだ。その剣を裏っ返すとまたベタベタに汚れたが表面が姿を現す。

 私は強引ごういんに再び剣を拭い始めた。

 別に私は、全然、全く、これっぽっちも寂しくなんてないんだからっ!!

 意地でも扉を見ないようにつとめて《アイオロス》をゴシゴシ拭った。




 刀身に加え、つかの部分も全て拭い終え、それから砥石といしで刀身を磨いた。

 仕上げに刀身をきぬで丁寧に拭う。

 拭い終えた黒剣をかかげ、天井のライトに照らしてみる。片目をつむって刀身を観察することでどこかに不備がないかを探した。

「・・・・・・完璧ね」

 ひととおりその鮮やかな刀身を眺めてから、刀身をさやに戻した。

 う〜んと伸びをして、窓に目を向ける。

 窓からは綺麗なオレンジ色をした斜陽しゃようが流れ注いでいた。

 私は慌てて時計を見る。

 時刻は午後四時を回っていた。

 なのに、クライストはまだ帰って来ていない。まさか何か事件に巻き込まれた!?

「すぐに帰って来るって行ったくせに!」

 ギリッと歯ぎしりをした私は整備を終えたばかりの《アイオロス》だけを手に取って、駆け足で家を飛び出した。


 街路を行き交う人々を全く意に介さずに、疾駆しっくして、自宅のあるイースタン通りからセントラルエリアを経由してウェスタン通りをそのまま突き進む。

 そして、とあるお店の前でザザっと急ブレーキをかけた。

 近くにいた公爵じみた格好をしたおじさんは私が急に止まったことで驚き、尻もちをついていたが今はそんなのに構っている場合じゃない。

 私が辿り着いたのは、今朝にクライストが向かった先、『エルフの森』と看板がぶら下げられたアリシアが経営する医療回復系アイテムを扱っている店だ。

 私が店のドアノブに手をかけ、扉を開くといつものようにチリーンと心地よいベルの音色がなる。

 扉を開いた先には、気だるそうに店番をしているアリシアの姿があった。

「来たなエーレ・ハーゲンテッカー」

「誰がハーゲンテッカーよ。死にたいの?」

 私は鞘から剣を少しだけ抜き、刀身をチラつかせる。

 アリシアがひたいに手を置いて、やれやれと首を横に振った。

「お前は冗談も通じないのか、ったく・・・・・・・・・で、ご用件は?」

「朝方、クライストが此処に来たでしょ?」

「ああ、アンタの為に包帯を買いにきたよ」

「その後、何処に行ったかは?」

「知らない」

「そう」

 私は軽く舌打ちすると、きびすを返した。

「邪魔したわ」

 店を出ようとすると、後ろから声がかかる。

「・・・・・・エーレ」

 立ち止まり、顔だけ振り返った。

「何?」

「・・・・・・・・・やっぱなんでもない」

 アリシアは最初何かを言いかけたが、途中で辞めた。

「そう」

 私は店を出た。横から吹きつける風で髪がなびき、顔にかかる。

 顔にかかった髪を鬱陶しそうに払った。

「本当に、何処に行っちゃったのかしら・・・・・・」




 路地裏に建つ家屋の上を疾風のように駆け回る。

「お願いだから無事でいて!」

 先程メイダスさんの所にも訪れたが全く手掛かりが掴めず、今は広大な路地裏の家々を飛び渡り上からクライストの姿を探すことにした。

 だが、下方周囲を見渡す限り、クライストらしい姿は一人も見当たらない。

「仕方ない、ギルドに行ってみるしかないわね」

 屋根を蹴り、右へ方向転換して薄暗い空の中に高くそびえる城・・・・・・ギルドを目指す。

 高速で建物を渡っていると、目の前の足場がなくなり、ジャンプして石畳に着地する。

 セントラルエリアに到着したのだ。

 足早にギルドへ向けて駆け出すと、セントラルエリア中央に既視感ある人物が立っていた。確かケルミエール討伐の時に一人逃げ出したイラルガとかいう冒険者だ。首にはパーティー募集と書かれたボードをぶら下げている。

「誰かァ!?俺とパーティーを組んでくれー」

 さっきは存在すら気づかなかったけど、もし一日中この場所にいたのならクライストの姿を見ている可能性は十分にある。

 私は彼に声を掛けることにした。

「ねぇ、そこのケルミエールに仲間を皆殺しにされた冒険者・・・・・・」

 すると、突然声をかけられた男は驚きに目を見開く。

「おめぇは、あん時現れた二人組の冒険者か?」

「そうよ、それにしてもちょうど良かったわ。・・・・・・はい」

 そう言って私は手を出した。

「なんだこの手は?」

「貴方、私達に助けられたわよね?だから謝礼金を寄越しなさい」

 まずはちゃんとお礼を戴いておかなければ。

 すると、男は露骨に肩を落とした。

「あんたの連れの方が優しかったな」

 え?私の連れ?そんなの一人しか思い浮かばない。

 ――・・・・・・ってまさか!?

「クライストのことを知っているの!?」

 私は鬼気迫る顔で男の両肩をガシッと掴んだ。

「あ!?ああ、少し前にここで会ったぜ。ご無事で良かったとか言って・・・・・・」

「彼女が何処へ向かったのか教えて!そしたら謝礼金はチャラにしてあげるから」

「本当か!?」

「嘘ついてどうするのよ。いいから早く答えなさい」

「南の、サウス通りへ向かって行ったぞ!」

「そう。それじゃあ、私は失礼するわ」

「あの、良かったら俺もパーティーに・・・」

「それは嫌」

「・・・・・・そうですか」

 イラルガは残念そうに首をポキッと折った。

 これで少なくともクライストがさらわれていないことが分かった。あとは見つけ出すだけ!

 私は急いでサウス通りへ駆けて行った。




 サウス通りを少し進むと、前から見覚えのある少女がこちらに向かって歩いてきた。

「クライストッッ!!」

 ローブを身に纏い、買い物袋を腕にぶら下げたクライストは私に気づくと、パタパタ駆け寄ってきた。

「エーレさんどうしてここにいるの?」

「どうして?じゃないわよ!!」

「ひぃッ・・・・・・・・」

 日も沈み、辺りが街の灯りに照らされたサウス通りに怒声が響き渡る。

「どうして早く帰って来なかったのよ!あなた、早く帰るって言ったじゃない!」

「そ、それは・・・・・・ごめんなさい」

 クライストは持っていた袋を後ろ手に隠した。

「街中探し回っても見つからなかったし、私がどれだけ・・・・・・どれだけ心配したと思っているのよぉ・・・・・・」

 怒り、同時に安堵した私の気持ちはわけがわからないくらいにぐちゃぐちゃに入り乱れていた。

「・・・・・・エーレさん泣いてるの?」

 クライストが心配そうに私の顔を見つめる。

 私は疑問の声を漏らし、頬に手をあてる。

 すると、確かに涙が伝っていた。

「貴方のせいよ・・・・・・全部貴方のせい・・・」

 私はぺたんと女の子座りになり、クライストの服を強く握りしめて、顔を埋めた。

 止まらない涙を隠す為に・・・・・・。

「もう一人でどっかに行かないで、ずっと一緒にいて・・・・・・私を・・・・・・・・・一人にしないで」

 幼少期に家族を失い、誰にも頼れず、胸の奥に押し込めざる負えなかった想いが今、溢れた。

 クライストは何か言葉をかけることなく、ただ私を包み込むように抱きしめた。




「みっともないところを見せたわね」

「そんなことないですよ〜」

 私はエーレさんの腕に抱きついたまま言うと、

「それで貴方はいつまでくっついているつもりかしら?」

 エーレさんは戸惑いながら訊ねてきた。

「だって、エーレさんが私と離れたくないって」

 それを聞いたエーレさんは顔を真っ赤にしてあわあわ言っている。

「辞めて、それを思い出させないで!」

「私を・・・・・・・・・一人にしないで」

 エーレさんは羞恥で顔を更に真っ赤にして、剣を抜き取った。

「・・・・・・貴方を殺して私も死ぬわ」

「ごめんなさいごめんなさいエーレさんストップストップ!!」

 それから数分をかけて、エーレさんをなんとかなだめると。

「それでクライストはしていたのよ」

 エーレさんは私に顔を近づけると懐疑かいぎの視線で問うてきた。

 アリシアさんから本当に何も聞かされてないんだなあ。

「それはですね・・・・・・・・・・・・はいどうぞ!」

 手にしていた袋から、青いリボンが結ばれている水色の箱を手渡した。

 それを素直に受け取ったエーレさんは「これは?」と訊ねてくる。

「お誕生日おめでとうエーレさん!」

 私がそう言うとエーレさんが目を丸くした。

 驚きが隠せないといった感じだ。

「どうして私の誕生日を?」

「エルフの森に包帯を買いに言った時にアリシアさんに教えて貰いました。・・・プレゼントを買ってエーレさんを驚かせてやれって」

「アリシアのやつ、嘘をついたわね・・・・・・」

 エーレさんから凄い殺意が湧き出ている。

「まぁまぁ落ち着いて下さいエーレさん、アリシアさんからもプレゼントを預かっていますから。

 そう言って袋からカラフルな箱を取り出し、エーレさんに渡す。

 受け取ったエーレさんはそれを一切躊躇せずに開ける。

 すると、中からびょびょびょ〜ん!とピエロの頭が飛び出して来た!

 バネの反動で左右にピエロの頭を一瞥すると、エーレさんはすぐさまそのビックリ箱を地面に叩きつけた。

「あーー!」

 私は慌てて止めようとしたが既に遅く、ピエロのビックリ箱は見るも無惨な姿になった。

「クライスト、アリシアからのプレゼントもう一つあるでしょ?」

「なんで分かるんですか!?」

「毎年のことだもの。まぁそれは家で開けることにするわ。それよりも・・・・・・貴方のプレゼント開けていいかしら?」

「もちろんです!」

 エーレさんは小さく笑うと、リボンをほどいていく。リボンを解き終え、ゆっくり開けた。中には羽を広げた蝶をかたどったシルバーアクセサリーが入っていた。

「・・・・・・可愛い」

 エーレさんはアクセサリーを眺め、自然と笑みを零す。

 私があげたのはシルバーで作られた蝶の髪飾りだ。

 一頻ひとしきり嬉しそうに微笑むエーレさんを見つめてから私は手を出した。

「それちょっと貸して下さい」

「?・・・・・・ええ、良いけど」

 私は蝶の髪飾りを貸してもらうと、

「エーレさんちょっとしゃがんでください」

「こ、こう?」

「はい、バッチリです・・・・・・これで良し!」

 エーレさんの左髪に付けてあげた。

 エーレさんは頭に付けてもらった髪飾りに手で触れるとふふっと笑って、私を抱きしめた。

「ありがと、レイラ!」

「ふぇぇ!?エーレさんが抱きついて・・・・・・それよりも名前で呼んでくれた!?でも、名前で呼び合うの恥ずかしいからいやって言ってたのに・・・・・・」

「もう恥ずかしくなくなったのよ」

 嘘だ。さっきからエーレさんの鼓動がどんどん早く大きくなっている。それに耳まで真っ赤だ。

「でも、エーレさん・・・・・・耳、真っ赤ですよ?」

 私が挑発するように言うと。

「うるさい!呼びたくなったんだからそれで良いでしょ!」

「はい!嬉しいです!」

 私はエーレさんをギュッと抱きしめ返した。

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