ひでぶな夫と イケてる夫

梨木みん之助

Side A : 英武の場合  Side B : 誠士の場合

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Side A:英武の場合

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金曜の夕方6時、

英武(ヒデブ)は、妻、妙子(タエコ)の帰りを待っていた。


ヒデブは市役所の職員。

市営住宅への入居審査をしている。

書類を受け付けて、住宅に送付。

後は入居の可否を本人に通知するだけだ。

もちろん残業は無い。月収は25万円程度である。


ヒデブはCS放送で 野球を見ながらビールを飲んでいる。

「発泡酒は 俺が呑むような酒じゃない。」のポリシーのもと、

とりあえず、ポテトチップスを食べながら、妻がを買って帰る「お刺身」を待っていた。


タエコが帰ってきた。

夕食の食材は手に入ったが、今日に限って刺身が無かったようだ。


「しょーがねーなー。チーズでも食うか‥。」と言いつつ、

冷蔵庫を開け、ヒデブは2本目のビールに手を伸ばした。


タエコは不動産会社の窓口事務員。女性であるからか?

5時迄しか勤務できないからか?

宅建の資格を持っているにも関わらず、月収は16万円である。


「あなた! ビールは1日1本っていう約束じゃないの?」

「うるせーなー。 いいだろう 俺は疲れているんだから。」

「2本飲むんなら発泡酒か、第3のビールにしてって

いつも言っているじゃないの!」


「今日は刺身が無いんだからいいだろぉ!」

とヒデブは怒鳴った。


「夕食できたわよ。」


ふてくされ気味に、ヒデブは食事を食べ始めた、

食べるのが半分、野球をみるのが半分。

既に、ポテトチップスと チーズで 胃の膨らんでいる、

ヒデブの箸は進まなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


食後のタバコで 若干気分を回復したヒデブは

ひいきのチームの攻撃が終わると同時に、

食器を洗っている妻に

職場の上司の無能さについて語り始めた。


それをさえぎるようにタエコは言った。


「あなた、もうじきボーナスでしょ?

このカタログの食器洗浄機 買ってもいい? 4万円なんだけど・・・。」

「それぐらい手で洗えよ、手で洗えばタダだろう!

うちの役所でも コストコストって毎日うるさいぜ。」


「あなたはやったことがないから分からないでしょうけど、

食器を毎日洗うのは大変なのよ。少しは家事を手伝ってよ!

たとえば明日はゴミの日だからまとめておいてくれるとか‥。」


「おいおい、俺にゴミを出せっていうのかよ? カッコ悪い‥!」

「違うの!出しやすいようにまとめてって言っただけよ!」

「お前が出すんなら、明日の朝まとめればいいじゃん。

まだ、ゴミは出るだろう!・・・おっ、5回ウラの攻撃だ。

テレビを見せてくれっ・・・。」


「フンッ!」 タエコは聞こえるように鼻を鳴らした。

「じゃあ、そこに架かっている洗濯物。あなたの分だけでも

たたんでおいてくれない?」

「ああ、やっときゃーいいんだろー‥。

野球が終わったらたたんどくよ!」


『全く、俺よりも稼ぎが少ないのにエラそうに・・。』

心の中でヒデブはボヤいた。


「私、ちょっと疲れたから、先にお風呂もらうわね。」

「はいはい・・・。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


野球が終わった。


面倒くさかったので、ヒデブは自分の下着を畳まずに部屋に持ち帰った。


そんなことより、明日はアユの解禁日だ。

飾ってある14万円のハイカーボンロッドを誇らしげに眺める。

ああ、至福の時間・・・これこそが 生きた金の使い方だ。


給料袋をそのまま妻に渡すほど 俺はバカじゃない。

庶務課の事務員に明細を2枚に分けさせ続けた成果だ。

それにしても、あの女子事務員、虫ケラのような目で俺を見やがる。

・・クソッ! 思い出しただけでもムカついてきた。

ちょっと顔がイイからって お高くとまってんじゃねぇよ!


「あなたぁーっ!!」


妻が風呂から出たらしい。


「なんで、ワイシャツだけ、残っているの?」

「どうせ、今から アイロンかけるんだろ? 」

「いつもならそうだけど… 私、さっき『疲れてる』って言ったわよねっ!

明日まとめてアイロンするつもりだったの。」


「・・・・・。」


「もおーうっ! 信じられない! 実家に帰る!」

「なんだよぉーっ、そんな小さな事で・・・。」

「その小さい事が、積み重なった上に、また積み重なって、我慢ができないの!もう限界っ!! 一生あなたの面倒を見るなんて絶対に無理っ!・・・。」


妻は、出て行った

いつもの事だ・・・。どうせ帰ってくるだろう。

ヒデブは風呂に入ることにした。


「グゴゴゴッ…」風呂場の排水溝が詰まっている。

渋々 フタを開けると、長い抜け毛がたくさん絡んでいた。

「あれっ?めずらしいなぁ?」・・いや、そんな事を考えている場合ではない。明日は釣りだっ!早く寝よう。


・・・・・・・・・


数日後、弁護士が家に訪れた。

「離婚届」を持っている。

証人欄にはタエコの母親の名前。

財産折半の交渉だと言う。


「俺の方が稼いでいた」というヒデブの主張と、

「私の方が時間的にも、精神的にも家に尽くしてきた」という

タエコの主張は全く噛み合っていなかった。


「まあいいや。これであの口うるさい女から解放される。」

と、折半に応じたヒデブは、続けて弁護士に話した。

「でも、子供の親権が…という話にならなくてよかったです。」


「それはありませんね。」 弁護士は、やや冷やかに答えた。

「奥さんはストレスで排卵障害だったそうです。

それに、あなたの子供を産む事は考えてなかったみたいですよ。

『どうせ育児もしないだろうし…』と言ってましたから…。」



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Side B:誠士の場合

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金曜の夕方8時

仕事から帰り、夕食を作り終えた礼子(レイコ)は、

夫、誠士(セイジ)の帰りを待っていた。


夫は中堅の建設会社の社員。

現場の仕事が主だが、営業も兼ねている。


「ただいまーっ!」夫が帰ってきた。手にはレイコの大好きな

津路裏屋のシュークリームをぶら下がっている。


「えっ!ありがとうっ!!  何かのお祝い?・・」

「おうっ。税金の差額?が出たんで 嬉しくってな!

それに、明日は現場も休みだし。」


セイジは、カバンから封筒を取り出し

「また、二人で美味いもの食べようぜっ。」

と言って手渡してくれた。


「うわぁーっ!楽しみーっ!!」私が抱きつくと

夫はちょっと照れた顔をした。


夕食。セイジのお気に入りはお手製の梅酒。

「俺が作った梅酒もウマいが、おまえの料理は更に美味いっ!

サイコーにしあわせだっ!」と、力強く言う。


「えへへっ…ありがとっ…」

実直なセイジからそう言われる私の方が、

最高に幸せなのに・・・。


「夕食を作ってもらった上に、片付けまでさせては申し訳ない。

共働きなんだから家事も分担しないとね。」


優しいセイジは毎日、夕食の後片付けをしてくれるが、

私としては、少しでも楽をしてほしいという気持ちがある。


「ねえ、今度ボーナスが出たら食器洗浄機 買わない?」

と、私が提案すると、


「いいねぇ、洗い物って結構時間かかるんだよねー。

そうすれば、レンタルBDも ちょっと早く見れるし!

よしっ!さっそく明日見に行こう!」と夫は快諾してくれた。


「今日は困ったお客さんが来て疲れたわー。」

レイコは不動産会社の窓口事務員である。

食洗機の話をしていたはずなのに、

気が付いたら、仕事のグチを漏らしていた。


「なるほど…。おまえの仕事は精神的にまいるよなー。」

洗い物を終えたセイジが、手を拭きながら言う

「ちょっとそこに横になってみろ。」

マッサージをしてくれるようだ。

「あなたの方が体力を使う仕事なのに、申し訳ないわ…。」

「いいんだよ。俺は体力自慢だ。まだまだ 有り余ってる。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「なんだか右の肩と首が張ってるなぁ。

パソコンとか、ずっと右に置いてあるんじゃねえのか?」

「そうっ! よくわかったわねー!」

「さっきの明細をもらうときに事務の娘から聞いたんだ。

たまには、左に置いたりするといいらしいぜ…。」


きっと、この人はその娘の肩を揉んだに違いない

優しい夫は、職場でも さりげなくモテるのだ。

ムッとした時に肩がピクッと動いたかもしれないが、

多分この人は、気付いてくれないだろう。


「だいぶほぐれてきたな。

お風呂わいてるから先に入れよ。よく温めるんだぞ。

そうだ、明日の朝ごはんは俺が作ろうか?」


「大丈夫!久しぶりの土曜休みなんだから、

ゆっくりして・・・」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


私は、お風呂から出た。


洗濯物は片付いている。

タオルやふきんも、ちゃんとストッカーに入る大きさに

たたんでくれてあるのが嬉しい。


ゴミもまとめて玄関ホールに置いてある。

そのとなりには、彼のサンダルもスタンバイしていた。


この町内は若い旦那様たちが多く、

自分達を「ゴミ捨てトリオ」と呼ぶほど 近所付き合いも良い。

彼らは口をそろえて

「重たいものを運ぶのは男の仕事だ」という。

ちょっとカッコいい。


シュークリームを食べながら夫婦でBDを見た

今週は夫の好きな物を観る番なのでSFファンタジーだった。

ベッドに入ってもまだ興奮冷めやらぬ夫の様子を見て、

私は気になっている事をそっと聞いてみた。


「マッサージしてもらった時の話なんだけど・・・

事務の娘って、肩が凝りやすい体質なの?」

「ああ、乳が大きいから肩が凝るんだって。」

「えっ!自分からそう言ったの?」

「ああ・・・?」


『やばっ!狙われてる!』

当人が、気付いてないから良いが、

この天然な夫には あり得るパターンだ。


「その娘ってカワイイの?」

「ああ、職場の花っていうか、まあ 1番人気だな・・・。

でも、おまえほどカワイイとは思わないけど・・・。」


レイコはセイジをギュッと抱きしめた。

いわゆる「ほそマッチョ」。日に焼けたセイジの体からは

お日様のようなにおいがする。


・・・・・・・・・・・・・・。


朝はいっしょに起きる。

もっとゆっくり寝ていれば・・とも思うのだが、

シャッターを開けて、朝の新鮮な空気を迎え、

神仏の水を替えるのは「家長の仕事」らしい。


でも、本当の理由を私は知っている。

「お前が起きているのに俺が寝てるなんてもったいない。」

でも、当人は そんな事を言ったのは すっかり忘れているハズ。

なにしろ天然だから・・・。


私が朝食を作っている間、彼はお風呂を洗い、

フローリングに「コロコロ」をかけている。

朝食を作っている際にホコリを立てない配慮だそうだ。


洗面所の床を掃除をしている彼の手が止まった。

「おまえ、メチャメチャ髪の毛抜けていないか? ストレス?」

「ううん、そうじゃないの・・・。

ちょっと下半身の方に血流が集中し過ぎてるみたい・・・。」

「ああ・・・すまんすまん・・・月に1度のな・・・。」


「違うの、今月は来ないの・・・。」

「ええっつ!?」


「・・・あのー、1週間後の結婚記念日に

言おうと思っていたんだけど・・・・・・・。」


「もしかして・・・(喜)。」

「おめでとう。 パパ!」


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ひでぶな夫と イケてる夫 梨木みん之助 @minnosuke

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