All I wanna Do
フカイ
掌編(読み切り)
市が払い下げたバス。
国道沿いの駐車場の隅にそのくたびれた市営バスを置いて、なかをカフェに改造した店。
カフェといったってほら、近所の主婦が昼下がりに集まって、コーヒー一杯で何時間もおしゃべりに興じるような、そんな小奇麗な店じゃない。カフェという名前の、ようするに一杯飲み屋。
よせばいいのに昼から店を開けるから、あたしも仕方なくそのバァカウンターに座ってサッポロビールを飲んでる。
この店のいいところは、モルツとか一番絞りみたいな腰抜けの飲むビールじゃなくて、キリンラガーと黒ラベルを、ちゃんとした瓶で置いてるとこ。そこは評価できる。
というわけで、火曜日の昼から枝豆を食べつつ、ビアグラスに注いだ黒ラベルを飲んでる。
「ビールってのは泡が消えちまったら、なんだ、」と、隣の男が話しかける。「ただの黄色のサイダーだな」
彼は自分がそうとう気の効いたことを言ったのだと思ったらしく、ククク、と自分の言葉に笑った。
どうしようもない馬鹿だな、とあたしは思う。そう思っても顔には出さず、彼に薄く笑いかける。良く見る顔だ。どうしようもない馬鹿だけど、変にモーションをかけてこないところは評価できる。
この世にはそこそこ評価できることが多い。悪くない。
バスの窓のむこうには日本海が見えてる。
時々潮風が、開け放った窓から吹き込んでくる。寒すぎず、暑すぎず。昼から酔っ払うにはまことに素敵な季節だ。これも悪くないことのひとつ。
往復二車線の質素な国道の向うは、コイン洗車場になってる。
窓からの甘い潮風を受けながら、見るとはなしにそちらに目をやる。
白いトヨタ・カローラバンやホンダの軽トラが並んでいて、営業途中のサラリーマンだの運送屋の兄ちゃんだのが、自分のクルマを洗車している。
ご苦労なことです。
ランチタイムにコンビニで海苔シャケ弁当390円とおーいお茶を買って、コイン洗車場に営業車を停めてランチを済ませる。それから、日々の仕事でよごれたクルマを洗ってあげる。バンの荷台にしまってあった長靴に履き替え、ネクタイをワイシャツのなかにしまいこんで、二の腕まで袖をめくり上げてね。
きっと1時になったら彼らは洗車を切り上げて、長靴を革靴に履き替え、午後の仕事にかかるのだろう。部長も課長も見てないのに、キチンとそういうのを切り替えてる。
ご苦労なことです。いやほんとに。
枝豆が油揚げの焼いたのに変わり、黒ラベルがサワーに変わった。こおばしい油揚げに、すりおろしたショウガと刻みネギ。いい香りだ。
地方はいいよね。物価も安いし。通勤電車のなかで、iPhoneで英会話ビデオを見てる勤勉な会社員もいないし。
晴れた日には田んぼのあぜ道を散歩して、鳥海山を見ながら煙草を吸ったり。雨の日には家で
それで時にはこうして、海風をかぎながら元市営バスの飲み屋のカウンターで梅酒サワーをくいくい飲んで。
チョイチョイ楽しみたいだけ。
誰にでもお楽しみは必要でしょう?
ドコモショップの店員さんにも、にしおか工務店の営業さんにも。チョイチョイとしたお楽しみが。
しらさぎ街道に日が暮れるまで、こうしてのんびりとサトイモのにっころがしをつつきながら、お酒を飲んでたいの。もう洗車場にはトヨタ・カローラもホンダの軽トラもいなくなっちゃったけど。
それがあたしの欲しいもののすべて。
All I wanna Do フカイ @fukai
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