第4話 約束
何も見えない、何も聞こえない、己の足元さえも見えない完全なる"無"の中に薫は一人佇んでいた…というのも、先が見えない恐怖心から一歩たりとも動けずにいるのだ。
震える脚を叱咤しようにも手さえも動かない、弱い自分に苛立ちを覚え奥歯を噛み締める。
『…ようやく、見つけた。……でも、ダメ。…ここに来てはまだ、ダメよ。帰れなくなる。』
夢の中の筈、夢の中なのだからいつか目が醒める筈。そう、自分自身に言い聞かせていると公園で聞こえた女性の声が聞こえた。
自分の吐息さえ聞こえなかったのに、何故だろうか、そんな疑問よりも独りでは無かった安堵感から薫の瞳には薄く水の膜が貼られた。
「ねえ!ここは何処なの!夢なの?!どうして、あなたは…どうしたら、いいの。それにダメって、夢じゃ……ないの?」
最初こそは声を張り上げ問いかけていたものの、"来てはダメ"その、一言の意味を理解してしまった薫は縋るような、懇願するような震える声へと変わっていった。
それもそのはず。夢なら目は醒めるし来るとか来ないではない、何より帰れないなんてことはないのだから。
『夢じゃないわ。時間が無いから今は詳しく話せない。今からあなたを今までいた場所へと返すわ。だからお願い、公園にある手紙を探して。そうし、たら……全、はな、………は、る、から。』
「手紙?待って、公園の何処に……あ…っ!
見つけるから…待ってて、」
ハッキリと聞こえていた言葉に高く、悲しくなるような機械音が混じる。そして、瞼が重くなる感覚ー…意識が遠ざかって行く感覚に争うように腕を伸ばしもがくが、抵抗虚しく薫の意識は海の底に沈むように遠くなっていった。一つ、公園にある手紙を必ず見つけることだけを忘れてはいけないと強く思いながら。
誰も居なくなった筈の暗闇から赤い瞳が、薫のいた場所を睨みつけていた事に気付いたものは誰もいない。
春風薫の旅立ち 星川 鈴音 @hoshikawa_2018
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