第3話 一つ先は闇





「ただいまー。」




帰宅した薫はリビングにいるであろう、家族に声をかけたのち、2階にある自室へと向かった。

ナチュラルブラウンをベースにしたベッド、テーブル、勉強机、多少の雑貨と女子高生にしてはシンプルな部屋だ。ただし、書棚にある大量の本を除いては。

カバンを定位置に戻し部屋着へと着替えた。

夢の国のキャラクターTシャツにパーカー、そしてショートパンツ。

一番楽で動きやすい。

脱いだ服をカゴの中に放り込みベッドへと腰掛けた。




あの声は一体誰だったのだろうか。

もし、犯罪に巻き込まれて助けを求める人のものだったら?ー…それは、声を聞いた薫自身も危険ということだ。



「はぁ…こういう時、普通は親に相談するのかな。」




薫は、両親を含め親族共に不明である。

厳しい冬を乗り越え、春の訪れを感じさせるそんな季節、産まれて間もない薫は一枚のおくるみに包まれとある教会の前に捨てられていたという。協会の神父が保護をするも月齢的にもだが何より施設ではない為、公務員の手により施設への移動。その後一年ほど児童養護施設で暮らしていたが赤ちゃんということもあり早い段階で里親が見つかった。

それが春風家である。どうやら、奥さん(薫の母親と呼ぶべき人)は子どもが授かれない身体だったらしい。それでもやはり子どもが欲しいという気持ちが拭えず当時薫が入所していた施設を訪れたのだ。

春風家の人は薫を本当の娘の様に接してくれる。悪いことをすれば叱るし、善い行いをすれば褒めてくれる。誕生日を迎えれば心から祝いプレゼントだって与えてくれる。決して、悪い人ではないと頭では理解しているが心が追いつかないのだ。

それもそのはず、薫はまだ未成年で本来ならば養育者に守られるべき存在、心も身体もまだ未熟なのだ。




「考えても疲れるだけ、かな。少し寝よう。」




双眸を閉ざしやってくる睡魔に抗うこはせず、全てを委ねる様にそのまま身体も横たえた。













此処は一体何処だろうか。

夢の、中?








「あ、歩けるんだ。少し進んでみよう。」


気がつくと此処に佇んでいた。

静寂、音のない世界。

自身の足音さえも聞こえない。

不思議と足元だけが見えるのは流石"夢の中"と言うべきか。

それならば不安に思うことも、怖がることもない。そのうち、目が醒めるのだから。

それまで何が出来るのか歩きながら考えてみよう。




「空とか、飛べたりするのかなぁ。そしたら楽なのに。」



静寂の中、呟いた言葉だけが空間に響き渡る。

暫く歩いてみてわかったのはやはり空は飛べないということ。

我が夢の中なのにケチである。

諦めて自分の脚を使い歩みを進める。

歩いても見えるのは自分の足元のみで相変わらず足音も聞こえない。そんな、不思議な空間。




一体どれくらい歩いただろうか。随分な時間歩いたからか足が重くなってきた。

座りたい。そういえば座れるのだろうか?

そう思いその場にしゃがもうとした瞬間。














背後から急に強風が吹いた。

強風なんて甘いものじゃあ、ない。

小柄で尚且つ細身ではあるが、人間としての重みがある薫の身体が一瞬にして、簡単に浮くのだ。普通ではない。"夢の中"だからあり得ない事ではないのだが。

先程まで飛んでみたいと考えてはいたがこういう飛び方は希望していなかった。しているわけがないのだ。

声を上げる暇もなく薫の身体は足元さえも見えない完全なる暗闇が支配する空間へと飲み込まれていった。









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