第33話 彼らの未来



「シャリィ……!!」

 走り出すアルシェ。

「あ」

 止めるのが間に合わなかったゲイルのつぶやき。

「ちょ、ま……!」

 嫌な予感に顔色を変えるシャリィ。

「……あぁ」

 諦めるリッター。

 そして、アルシェに思い切り抱きつかれたシャリィの絶叫が部屋に響いた。



「……ごめん、怪我のことを忘れてた。や、忘れてないけど。ないんだけど」

「大丈夫です。大丈夫ですから、姫様。そんな落ち込まないでください」

 あの襲撃後、アルシェは会議の連続であり、シャリィも勝手に抜け出したことを怒った医者に絶対安静を言い渡され医務室に閉じ込められていた。

 ようやく時間がとれたアルシェとリッターがシャリィの病室を訪れたのは、襲撃後五日も経ってからのことだった。

「怪我、まだ痛むのね」

 寝台で体を起こしたシャリィの傍らに座り、アルシェが尋ねた。

「肩の傷はもうしばらくかかりそうです。でも、大分動くようになりました。お側仕えにも、なるべく早く戻りますから」

「無理しないで。いいから今はゆっくり休んで」

「はい」

 髪に指を絡めながら真摯に話すアルシェに、シャリィはくすぐったそうに笑いながら答えた。

「……ありがとう、シャリィ」

「え?」

「私を守ってくれて。貴女がいなかったら、私どうなっていたか」

「姫様……」

「でも……!!」

「いっ」

 シャリィの両頬をアルシェがおもいきり引っ張った。

「もう、二度とあんなことしないで」

「……それはお約束できません」

 アルシェの顔は真剣で、だからこそシャリィも嘘はつかなかった。

「私、きっと同じ事が起きたら、同じように姫様を守ります」

「駄目。次は、一緒に逃げるの。逃げて、そばで私を守るの」

「必要があれば、私、同じことをします」

「この分からず屋」

「それは、姫様の方です。守られるべき御身と私を比べては駄目です」

「なんでそんなに頑固なの!」

「姫様こそ!」

 なぜかにらみ合いに発展してシャムったふたりの間に入ったのはリッターだった。

「そこまでしておけ、アルシェ。相手はけが人だぞ」

「だって……!」

「同じ事が起きないようにするのがこっちの役目だ。死ぬほど頑張るさ。ゲイルが」

「俺かよ」

 途中でゲイルに責任を放り投げて、うなる部下を無視して、シャリィの寝台の傍らに片膝で座り込む。

「リッター様?」

「改めて礼を。アルシェを守ってくれてありがとう。君が命がけでアルシェを逃がしたから、この国は大国の蹂躙から逃れ、まだ戦うことが出来る」

 シャリィの手を取り、敬意をもって額を押し当てる。

「……身に余る光栄です。リッター様」

「今後も、アルシェを守って欲しい」

「もちろんです」

「だが、自分の身をおろそかにはしないでくれ。君もこの国の大事な民の一人だ」

「はい」

 リッターの言葉にシャリィはほころぶように微笑む。

 その二人の姿を、冷たい目でアルシェとゲイルは見ている。

「……何あれ。なんでリッターの言うことは素直に聞くわけ?」

「一人で美味しいところ持って行きやがって。面倒くさいところは人に丸投げするくせに」

「うるさいぞ、外野。人徳だろ」

 立ち上がりながらにやっと笑ってリッターが言う。

「人によって態度を変えるのは良くないと思います」

「素直に言わないからじゃないのか?」

「は?」

 ゲイルを無視して、リッターがシャリィに向かって言う。

「シャリィ。心配かけて悪かったな。先日正式に、陛下にアルシェとの婚約を申し出て許しを得たよ」

「え! 本当ですか!? お、おめでとうございます。え、本当ですよね。やだ、嬉しい。おめでとうございます、姫様」

「え、あ、うん。ありがと」

 照れくさそうに、でも嬉しそうにアルシェははにかむ。

「何時言われたんですか? なんて言われたんですか?」

 ラーゼルの存在にやきもきしていたシャリィは、矢継ぎ早に尋ね、頬を赤らめたアルシェが、ちょっと怒ったように答える。

 その光景を見ながら、リッターが小声でゲイルに呟いた。

「俺は素直に婚約を申し込んだぞ。お前もストレートに言えば良かったんじゃないか」

 ゲイルの部下としてアルシェの護衛任務に就くことは了承されても、それ以上の感情はとんと伝わらなかった敏腕の遊撃隊長をリッターはからかう。

「この国に留めるために必死だった男心は、どうやら伝わってないようだぞ」

「……あいつ、どういう生き方してきたんだろうなぁ」

 すくなくても、恋愛沙汰の駆け引きとは無縁の生き方をしてきたのだろう。

「早くしないと、別の男に取られるぞ」

「うるせぇ。自分が鬱々としてたからって、勝ち誇るのやめてくれませんかねぇ」



 きゃっきゃとはしゃぐ少女達を遠巻きに眺めながら、くだらないことを言い合う。

 連日の会議や事件の後始末に追われていた男どもは、憎まれ口をたたき合いながらも、確かに平穏があった。


「リッター様、何時婚儀を上げるんですか?」

「ゲイルはいつまでたらたらやってるつもりなの?」



 楽しそうに笑う少女達。

 本当の平穏を得るには、まだ時間がかかるけれど、この光景を守るために持てる力すべてを尽くす。

 口には出さず、彼らは誓った。

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