SPACE BATTLE SHIPPO

かみたか さち

SPACE BATTLE SHIPPO

 今年もついに、この時がきた。飾られたゲート。リンクを取り囲む観衆。空に翻る旗。


 俺は背後に列をなす仲間を振り返った。

 今日が初陣となる者はともかく、共に戦ったことのある者の双眸には、ぎらぎらとした闘志がみなぎっていた。


「いいか。これは個人戦にして団体戦。俺のことはいいから、皆互いに協力し、最後まで生き残れるように」


「尾張さんは」

 すぐ後ろについていた奴が僅かに首を傾げた。彼は初参戦だ。周囲に溢れる殺意に押され気味で肩をすぼめている。

 俺は口の端を引き上げた。


「俺は、奴を狙う」


 立ち上げた親指で示した先は、歴戦のライバル神尾睦彦かみおむつひこだ。

 初陣から七年間、奴と俺は敵として戦ってきた。戦歴は二勝二敗三引き分け。奴も俺の声に気がついてニヤリと笑う。


「おう、尾張一貫おわりいっかん。まだくたばってなかったか」

「笑止。貴様など敵ではないわ」

「言うじゃないか。がっかりさせるんじゃねぇぞ」


 互いの視線が交わり、火花が散る。高まる闘志を鼓舞するように、アナウンスがかかった。


『プログラム十五番。保護者のみなさんによる、スペースバトルしっぽです』


 説明しよう。


 スペースバトルしっぽとは、各部隊十から十五名の戦士によって行われるバトルである。各々、後で与えられるしっぽの先をズボンの腰に挟み、ダラリと下げる。挟み込む先に結び目をつけてストッパーにしたり、ベルトに結ぶ、安全ピンで固定するなど卑怯なまねは許されない。

 戦闘時間は三分。その間、限られたスペース内で敵のしっぽを奪う。奪われたものは即座に退場。最後まで生き残っていた人数の多い部隊が勝者となる。

 一般的には「しっぽ取り」「しっぽ鬼」と言われている。

 俺たちの子供が通う幼稚園で行われる運動会恒例の保護者競技だ。


 三年おきに三人の子をもうけた神尾と俺は共に、上の子が年少のとき初陣を飾り、戦い続けて八年目を迎えた。おそらく、今スペースへ向かうどの戦士より長くバトルに参加し続けている。


 アイ・オブ・ザ・タイガーの曲に合わせ、ゲートをくぐる。ザッザッと砂利を踏みしめる音がそろう。観衆から声援が湧き起こった。


 四角いスペースの本部席側を残した三辺に、各部隊の戦士が並んだ。

 俺たち北町住民からなる部隊、神尾の南町部隊、そして東町を中心としたもう一部隊だ。

 三部隊での戦いだが、東町は例年全滅している弱小者だ。眼中にない。

 俺の敵はただ一人。正面に立つ、神尾だけだ。


 係の先生方によってしっぽが配られた。雑兵のしっぽはハチマキだ。しかし、隊長には毎年、特別なものがあてがわれる。


「尾張さん、しっぽです」


 む。もふ。


 腰の後ろで渡された毛の感触が気になり、密かに身体を捻った。そして、その形状にニンマリする。

 勝利の女神は、俺に微笑んでいた。


 戦闘開始のピストルが鳴った。


「善戦せよ!」


 うおおお。雄たけびを上げ、北町の精鋭部隊十五名が一斉に土を蹴った。

 いけぇえ。南町の奴らが突進してくる。遅ればせながら右手から東町の連中も駆け出し、たちまち敵味方入り乱れての混戦となった。


「うりゃあ!」


 俺は立て続けに六本のハチマキを抜き取った。奪ったしっぽをその場に投げ捨て、神尾と相まみえる。


 刹那、ふたり動きを止めて睨みあった。俺は軽く上げた腕を翼のように広げ、奴は握った拳を腰に構え。


「覚悟ぉ!」

「こい!」


 ジャッと靴底で砂が鳴った。

 奴の左脇を狙うと見せかけ、大きく右足で踏み込む。奴が体重を右にかけた瞬間、足の裏へ力をこめて左足へ重心を移した。勢いを利用して身を翻し、奴の背後へ回り込んだ。

 しかし奴も七戦練磨の猛者である。俺の策に気がつくと両膝を深く曲げ、手の届かない低さに腰を落とすとそのままS字を描くような体重移動を使ってかわした。


 指先が、微かに毛を掠めた。


「む」


 神尾の腰に揺れるのは、やはりモフモフだった。俺のものより太い。


「犬か」

「気をつけな。猛犬だ」


 ニヤリとした神尾が瞬時に姿を消した。

 しまった。

 背後に迫る気配に、俺は思い切り身体をよじる。二年前戦いで捻挫した足首に今日はテーピングを施してあった。軸足が滑り宙に浮く。ひやりとしたが、後ろに残した足に身体を載せ、踏みとどまった。

 しっぽが神尾の手首に残り、捕まれこそしなかったが滑り落ちた反動で大きく揺れた。


「こ、これは」


 驚愕に目をむき、俺のしっぽの残像をみるように己の手を見つめる神尾。俺は胸を張った。


「どうだ。貴様にこれが握れるか!」

「にゃ、にゃにを」


 神尾がかんだ。


 そう、俺のしっぽは猫ちゃん。

 神尾の家はこの春、猫を飼い始めた。きちんと面倒をみるからと拾ってきた長女に泣きつかれ仕方なく飼い始めたものの、今では神尾が最も溺愛している。にゃん語で語りかけては同衾して寝る有様と聞く。

 その神尾に、猫が握られて嫌がるしっぽを掴むことは出来まい。


「俺の勝ちだ」


 立ち直る隙を与えず、俺は大きく踏み込んだ。奴の脇を掠め通ると同時に、腰を回りこむように奴のしっぽ目掛けて腕を伸ばす。


「くっ」


 神尾の初動は完全に遅れた。腰を捻るが充分ではない。


「もらったぁ!!」


 手を握る。


 しかし、その拳は何も掴まなかった。


「何だと」


 我が目が信じられず、空になった神尾の腰を凝視する間に、腰がフッと軽くなった。


「俺の!」


 振り返った先で、若い女がニタリと笑った。片手に持つ犬猫ふたつのしっぽを掲げる彼女のすらりとした脚の間から見えるのは、ネズミの?


「おふたりとも、背後ががら空きよ」


 やったね、と東町の連中が狂喜した。

 終了のホイッスルが高々と吹き鳴らされた。


 さんぽの曲に合わせて退場した後、俺と神尾は女の姿を追った。


「俺は尾張、こいつは神尾。あんたも戦友として名乗ってもらえないか」


 女は、汗に濡れた額へタオルを当てながら微笑んだ。


「東町の根津峰子ねづみねこ。子供はタンポポ組」

「年少か。初陣の戦士にやられるとは」


 女の後ろ姿を見送り、神尾が満足そうに腕を組んだ。


「来年が楽しみだ」

「ああ。俺たちの最後の戦いにふさわしい」


 俺が肘を曲げた腕を掲げると、神尾も同様に腕を挙げぶつけてきた。


「弁当、一緒に食おう」

「玉子焼き、あるか。尾張が作るのは、絶品だ」

「貴様の細工ウインナーもなかなかだ。去年のダイオウグソクムシは良かった」

「今年もあるぜ」

「いいね」


 戦場を後にする俺たちを、涼しい木陰で手を振る家族が待っていた。



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