本日も異常なし
凍った鍋敷き
本日も異常なし
俺はコックだ。料理を、そして調理器具をこよなく愛する、ただのコックだ。
数分前までの話だが。
「チッ、なんで侵入を許したァッ!」
「セキュリティシステムがハックされました!」
「だからってなぁ!」
響く炸裂音。飛び交う怒号。軋む調理台。
「俺の
調理台を盾にする俺の頭上を、何かが飛んでいった。
今秋、俺はそこの駐屯地にコックとして採用された。
ま、前に
四十を過ぎ、体力程な衰えを感じて辞めたものの、今の
もともと料理が趣味だった俺がなんとか就職できたのが、この
鬱陶しい砂と親友になりながら懸命に小麦こねてりゃ聞きなれた爆音が耳に入った。
けたたましく鳴り響く警報に発砲音が混ざる。7.62mmだな、こりゃ。
AK47。
よくある銃だ。扱いやすくて俺もよく使ったな。
なんて思い出に浸ってる隙にドヤドヤと兵隊どもが厨房に土足で入ってきやがった。回れ右をさせる暇もない。
「出てけコラァ!」
水色のヘルメットにジャガイモを投げつけてやった。
「迫撃弾の攻撃を受けています」
ここの隊長のおっさんの言葉だ。だからなんだってんだ。厨房にそのキタネエ足で入ってくるな!
「建物の中でも奥まって遮蔽物の多いここを防衛拠点とします」
調理台、冷蔵庫たちがひしめく厨房には砂漠迷彩の戦闘服にくるまれた兵士が十人。ここの駐屯地を賄う厨房は、デカイ。十人いたところで邪魔にはならない。
出入り口は二か所。一か所は裏口につながってる。広いカウンターの向こうは食堂だ。百人は入れるだろう。
こいつらの武器は、PKFだからとブッシュマスターACRくらいだ。他にもあるが手に取る暇もなかったんだろうさ。
指示を待つだけで能動的に動かない。戦場慣れてないのが分かっちまう。PKFだからって舐めてたな?
「……おい、敵さんはどれくらいで何が目的だ?」
隊長のおっさんに詰め寄る。顎髭が伸び放題で不潔だ。コックには向いてない。
俺が凄んだからかおっさんはビクリと肩を揺らした。
「来週から国軍によるテロ組織〝紅の月〟の勢力下へ侵攻が始まります。それの邪魔が目的でしょう」
「ってことは、ここの占領が目当てってわけじゃねえんだな?」
「今ある情報を精査すれば、そう結論付けられます」
直後にミシリと揺れる厨房。
「その情報すらも、操作されてねえか?」
俺の言葉におっさんは渋い顔をした。
壁にめり込む7.62mm弾の音。この建物はあきらかに銃撃を受けている。
俺が敵さんなら、任務ですっからかんのこの建物を燃やす。こっちの拠点を使用不可にすればおのずと作戦も延期になる。襲撃を受けてるのはここだけじゃねえだろうことは想像に難くない。
「ここ、燃やされるぞ」
「そんなことはありえ――」
ガラスが砕け散るやかましい音が耳に入ってきた。いわんこっちゃちゃねえ。
こちとら死ぬなら女を抱いてからって決めてんだ。砂に埋もれるつもりはサラサラねえ。
「中に引きこんで倒す」
調理棚から細身の包丁を三本抜き出す。S.A.Sから使ってる愛用のベルトはホルスター付だ。包丁をズサッと突っ込む。
「あんたらはここで籠ってるといい」
壁にかけてあるでかいフライパンをひとつとる。小麦がついて白くなってる麦押しを持ち、ケツポケットに捩じりこむ。ごつごつ気持ち悪いが、貴重な
閃光。
轟音。
そして爆風。
足元を揺るがす振動。ちらついて消えた照明。
「
何かの破片が厨房のドアを手荒くノックする。
ステンレス製の分厚ドアはそんなんじゃ壊れないが、じきにやってくる
「その辺の調理台をひっくり返せ! 盾にしろ!」
「その冷蔵庫も動かして盾に――」
再度の閃光と轟音が耳を奪った。
タタンッ!
土嚢代わりの調理台の上に横倒しにしたブッシュマスターからばら撒かれるのはNATO弾。殺傷能力は小さいが、当たればそこでリングアウトだ。
「ここを死守してろ!」
「どうするつもりですか!」
「守ってばかりじゃ勝てねえんだよ!」
匍匐で厨房を移動し、壁までたどり着く。呻いて転がってる若い兵士がこっちを見てきた。不安が零れそうな瞳だ。ったく。
「いいからそこで寝てろ」
余計な事されると邪魔にしかならねえ。
ちょうど敵さんから見えない位置の天井には点検口。その真下に冷蔵庫。足場にはうってつけだ。
「******!」
「***!」
遠くからよくわかんねえ言語が聞こえてくる。神にでも祈ってろ。
そろりと冷蔵庫の上に足をかけ、点検口を開ける。真っ暗だが先の方で下から明かりが漏れてる。あそこから廊下だろう。
「行ってくるぜ」
俺が天井に足を引っ込めたと同時にズシンと揺れた。
タタンと軽快な銃声を聞きながら天井裏をピクニックだ。厨房は断熱材をステンレス鋼板でサンドイッチしたパネルでできてる。くそ暑い以外はご機嫌だ。
手持ちは包丁と麦押しとフライパン。アフガンを思い起こす、ピリッとした緊張感がいい味を出してる。最高の料理に仕上がりそうだ。
額から流れる汗をベロリと舐める。脳内でドーパミンがもりもりと湧く。
ニタリと口許が緩むのは見逃してくれ。
「******!」
下からの声が居場所を教えてくれる。ハンドサインとか知らねえらしい。
ありがたいことだ。
「声からすると、ここには四人か」
留守を狙ったから侮ってるのか。ま、俺の知ったことじゃねえな。背中をとらせてもらうぜ。
天井を支える金属製の骨に足を乗せ、ホルスターから包丁を抜き、右手に持つ。左手にはフライパンだ。隙間から照らされる明かりで手元がよく見える。
タタンという軽い発砲音が調理のBGMだ。
「******!」
「**!」
その前に叩く。
「ハッ!」
軽くジャンプして天井材に乗り移れば、バキンと割れて身体が吸い込まれる。
一気に視界が明るくなる。
白い粉と一緒に床に着地。
俺の前には目指し帽の人間。
武器はAK47。銃床がねえ。
ありゃAKS-47だ。
「シッ!」
身体を捻り右の包丁を突き出す。ガキンと銃で防がれた。その隙に右足がそいつの腹にクリーンヒット。喧嘩キック最強。
「**!」
左のフライパンをその奥に見える三人にぶん投げ、ソイツが崩れおちる前、反転させ盾に。背後から包丁で手首に切り傷をいれ、銃を奪う。同時にバギンとフライパンが爆ぜる音。
「Damn it!」
お気に入りのフライパンだったのに!
冥途の連れに右手の包丁を投げつけた。
タタンと軽い音と肉に食い込む嫌な衝撃。飛び散る赤い血に暴れる両手。同士討ち上等とは恐れ入る。
物言わぬソイツの亡骸を盾にAKS-47で応戦しつつ後ずさる。背後に数メートル行けば角がある。
盾となってくれた身体を放り投げ、角に飛び込んだ。壁を背に大きく息を吐き、呼吸を整える。銃撃は続いている。
「**!」
こっちに気を取られてた奴らが厨房からの射撃で天に召されたらしき悲鳴が聞こえる。と同時にドンという強烈な炸裂音。とっさに両腕で頭をガードする。
目の前の通路を衝撃と焔が通過した。盾になってくれたアイツも吹き飛んでべチャリと壁に張り付いた。
「チッ、自爆かよ!」
さすが
絶え間ない発砲音が俺の
生きてるって素晴らしい。
一番被害が少なかった厨房で、俺は隊長のおっさんから相談を受けた。
「異常なしぃ?」
「日誌には、そう書かざる得ません」
「我々が駐屯を許されるのは、非戦闘地域。この戦闘が本国に知れたら、ここの住民の安全が確保できません」
揺るぎない正義感に満たされた黒い瞳が、一切の妥協を許そうとしない。真実を捻じ曲げてでも、平和とやらに貢献するつもりらしい。
お人よしの国民性とは聞いていたが、ここまで度し難いとは俺も思わなかった。
上等なスコッチでも呑んで頭を冷やせと言いたい。
「……俺はコックだ。ただのコックだ。それでいいな?」
「ご協力、感謝します」
俺は盛大はため息を披露し、胸ポケットから硝煙くさい葉巻を取り出した。
「おっと、厨房は火気厳禁では?」
隊長のおっさんは
本日も異常なし 凍った鍋敷き @Dead_cat_bounce
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