アイドルデビューその前に
阿房饅頭
舞台袖で起こったこと
舞台袖。
ある場所の最終オーディション。
「ねえ、
さらっとした茶に近い腰まで長い髪に青いコサージュを付けながら、相方のきゃぴーとした声に心からため息をつく。
ただし、心の中で深く深ーく。顔には出さない。
衣装の青と白のチェック柄のフレアワンピースを触る。しわになっていないかのチェックである。
「
相方は北欧ハーフで金色の髪をゆらし、ちっちゃなリスみたいな体をくるくるさせて、両手を広げる。
むふーと口を猫口にして、まさにあざとい仕草はアイドルらしいのだが、何というか、同姓には明らかに受けの悪そうな仕草にしか、璃子には見えない。
とはいえ、それを口に出すのも何だか野暮な気がして、相変わらずの心の中でのため息だけをつく。
確かにこの詩絵奈の行動力はすごいものだ。アイドルオーディションに応募し、勝手に璃子のスマホの写真を書こうとして、応募、
アイドルユニットとして応募して、写真審査をあっという間に通過させる。
ここまでは別に良かったのだが、あとはさっさとダンスオーディションにつれてきては踊らされる。
高校でのダンスの授業での成績とノリの良い璃子を詩絵奈はわりと簡単に乗せて、あれよあれよと歌唱オーディションまで通過。
「らーらー」
と、詩絵奈のすごいところはこの歌唱オーディションの中にあったとは思う。
気持ちの良い声。キンキンとしたアイドル声が地声のくせに、歌うと一気に通る声。この声は逸材だと璃子は思ったから、高校では合唱部に無理矢理誘って入れた。
自分も歌はそこそこ自信があったが、完全に潰されてしまったのだと思ってしまうほどの逸材。
だからこそ、ここまで璃子もついてきてしまったわけなのだが、所詮自分の声は少し高い目の声でルックスはまあ、背が少し高くて茶髪。
お姉ちゃん系と言われるポジションにいられるかなあなんてことも思うことはある。
とはいえ、ばっきりとメイクはすれば目立つとはいえるけれども、まあ並より少し上といったところにしか思えない。
そんな自分がアイドルのオーディションの最終審査に呼ばれてよいのだろうか。
しかも、このオーディションは全国放送されるというのだ。
まさかのオーディションの全国放送とか、いつの時代だということも思ってしまったわけだが、詩絵奈はノリノリでテンションMAX。
自分までそんなのを顔に出すというのもよくないとは思っている。
「正直なところ、ホント緊張とか場違いとかそんな事しか思えないんだけどね」
小声で詩絵奈には聞こえないように弱音を吐く。
「ん? 何か言った?」
「なんでもないよ」
「ならいいけど。ほらほら頑張ろうよ。今日は私たちの晴れの舞台だよ!」
「痛いッ、痛いッたら! 叩かないでよ」
バンバンと背の低い詩絵奈に手でたたかれると腰のあたりに来て、すごく痛い。
げほげほと璃子がせき込むと詩絵奈はやれやれと首を振る。
「ぶぶーっノリが悪いな。璃子は」
「どんだけ肝っ玉が据わっているのかなぁ。んもぉ~」
「こんなのは出たとこ勝負。歌うのとダンスだってあれだけ練習したんだし、あとは本番でやれるだけやっちゃえばいいの! 考えるのはあと!」
「ほんと、ポシティブだなあ」
まあ、だからこそこんな舞台袖できゃっきゃっきゃと騒いでいられるのだ。
自分たちが呼ばれるまであと、数組いる。
その瞬間を一般人の心臓である璃子はドキドキするしかないわけである。
「人という文字を3回書いて呑み込むんだっけ、ええっと、ううっ」
「はいはい。そんなことよりもね」
いきなり、ぎゅっと背の低い金髪の彼女が璃子のお腹あたりから両手を広げて、抱いてきた。
璃子はあわわっと言いながら動揺するのだが、何となくお腹に得々んと響く心臓の感触が聞こえた。
「ほら、私だって緊張しているんだから。ね」
「そうね。能天気なあなただって緊張はする」
「むぅーっ、このでかぱい」
「こらっ、いきなり胸を触るな。ワンピースがしわになるから」
「何でこんなに大きいの。私は何でこんなにちっちゃいの!」
まあ、いつも通りのことだ。ゆっくりと詩絵奈を引き剥がし、次の組のオーディションの声がかかるのを聞く。
「落ち着いた?」
「胸触ったから、落ち着いた」
「馬鹿」
璃子は顔を真っ赤にしながら、金髪リスの頭をポンポンと撫でる。
そして、自分たちの番になる。
「さあ、行くよ!」
詩絵奈が飛び出す。
璃子もゆっくりとそろりと出ながら、舞台袖から出て。
「あ」
顔からべちゃりと倒れた詩絵奈。
こんなところから、この二人のアイドル、「シエリナ」のスターダムは始まるのであった。
アイドルデビューその前に 阿房饅頭 @ahomax
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