番外編・白い車の続き

 男は腕時計をちらっと見た。そして足をトントンと鳴らした。


——おかしい、いつもならこの時間に出てくるはずなのに——


 時間が経てば経つほど人に見つかるリスクが高まる。そのために何度も入念にリハーサルを重ねて来たのに。

 次の瞬間、静寂を破るようにガー、と自動ドアが開いた。中から一人の女性が出て来た。そしていつものようにポストに入った新聞を取り出そうとしたその背後、男は音も立てずに無駄のない動きで近づいて来ていた。

 女性がそれに気づき、思わずひゃぁ、と声をあげようとしたその時だった。


 男は黒いスーツにサングラスのまま女性の前に膝をつき、地面を見つめた。それから後ろに隠してあった筒から徐に準備してあったものを取り出した。それが女性の前で鮮やかに花開いた。真っ赤なバラだった。

 男がゆっくりを顔を上げ、止まったままの女性を見つめた。そしてサングラスを外す。


「佐奈川 美優さん、僕と結婚してください」


 美優の氷りついていた時間が、柔らかく溶け始めた。そしてまぶたがしっとりとうるいおい始めた。


「ということは……合格したのね、司法試験」


 男はこくりと頷いた。それを見て、美優は男に抱きついた。


「もう、なんでこんな手の込んだことするのよ。変質者かと思った」


 男は美優の体を離し、その瞳を見つめた。


「アイツが……ケンジが死ぬ間際に言ってたからな。告白するときはこうしろって。俺あいつみたいにうまくできないけど、絶対美優を幸せにするよ」


 みゆは再び抱きついた。そして、そのまま男の肩で、頷くことで返事をした。


——ケンジ見てるか、美優は俺が幸せにするから、安心してくれよな——


 光常総合病院はそろそろ目を覚まそうとしている時間だった。

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小説は懐中電灯。 木沢 真流 @k1sh

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