裸の文章に魔法をかけろ!
「君は知らなかったと思うけど——」
「……もう知らない前提だな、まあいい、何だ?」
「事務連絡で使われる言葉と小説の文章では目的が違う。同じ日本語でも、目的が違えば、書き方は大きく異なる。言い換えると、小説に書いてある日本語は、日本語であって日本語でない」
私の頭上に大きな ? マークが浮かんだ。
「日本語であって日本語でない。なんだそれは謎かけか?」
「いや、そうじゃない。正確には日本語であって、普通の日本語ではないんだ」
何を言ってるんだ? こいつは。さっきから気障っぽい言い回しをするもんだから話が分かりにくいんだよな、そう思いながら私はつい頭を掻いていた。
「あんた、変な事言うな。私が読んだ小説は普通の日本語だったよ」
「違うね、絶対に違う。ただの日本語に魔法がかけられていたはずだ」
「まほう? 今度は何だよ、一体……」
「命が吹き込まれていたんだよ、言葉、活字ってやつに」
キザワは、しょうがねえな、全く。そんなことをボヤきながら、私の脳裏に文章を送り込んだ。
「今から死んだ文章と生きた文章、この二つを送り込む。例えばこれ」
キザワが送り込んだ文章はこれだった。
例)白い車が病院の駐車場に着いた。
「この文章を見て、君は何か込み上げるものがあるか?」
「いいや、全く」
「ゾクゾクするか? ワクワクするか? この先をもっと読みたい、って思うか?」
「全く思わんね、それがどうした?」
「それが死んでるってことだ」
「死んで……いる」
「そう、では次の文章はどうだ?」
***
光常総合病院はまだ静けさに包まれていた。あと数時間もすれば、多くの患者達でごった返しになる、そんなほんのちょっと先の未来さえ疑いたくなるほど、病院前駐車場は時が止まっていた。音の死んだその空間に、白のレクサスが静かに滑り込む。ハイブリッドなのか、停車前にウイーンという電子音だけがはっきりと響いた。
音も立てずに遮光ガラスが口を開く。その隙間から覗くサングラス。そのサングラスが睨む視線の先、それは正面玄関の入り口だった。
——ついにこの日が来た。この日を一年間待ち続けた、絶対に失敗は許されない。俺の代わりに逝ったアイツのためにも。
男は準備していた細長い、金属製の筒を入念にチェックした。
——大丈夫、こいつはきっとちゃんと仕事をしてくれる。
***
「これは……なんか怪しげだな。この先どうなる?」
「——そう思ってもらえたらしめたもんだ。つまり……」
「……いや、で次は?」
キザワの揺らめきが止まった。
「次? いや、別に考えてなかったけど」
「なんだ、なら別に……」
「まあそこまで言うなら、考えてみよう。いつもコメントを下さる須藤様もひょっとしたら待っていてくれるかもしれないからな」
「須藤様?」
「そうか、まだ君は出会ってなかったな。奈良崎の例文のところで次も読みたいと言って下さったんだよ、こんな嬉しい事はないね。今回の例文なら簡単に出来そうだ、ただその前に解説編からだ」
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