英雄のお仕事

「こん、にち、は?あー、ありがと、う」


何もない部屋の中、2人の少年がいた。


ボロボロな木製の、質素な一部屋。家具でも置けば多少は見栄えはするこの部屋には、ホコリと少年達しか存在しない。


そんな部屋の片隅に、少年は。足を伸ばして1枚のシワがついた紙を睨みつけていた。その紙には基本的な挨拶の文字が書かれており、少年はその勉強をしていたのだ。


少年の名前はサンショウウオ。家名はない。年齢は15歳で、その年に合わず身長は小柄。童顔というのも相まって、小学生と間違われることもある。荒れ狂った長い黒髪に、小柄な身長には合わないフード付きの大きいコート。新品ならば高価なコートだと一目瞭然だったのだろうが、あまりにも使いすぎて目を凝らさなくてはもう安物にしか見えなくなっていた。


サンショウウオはズボンのポケットからもう1枚の紙を取り出す。人間の共通言語表を見ながら挨拶とを見比べ、唸る。


「どうした、サンショー」


もうひとりの少年が人1人ぐらいは飛び出せそうな窓から外を見下ろしながらサンショウウオに尋ねる。その声にサンショウウオは黒い瞳をその少年の背に向け、一言。


「これ、他の種族の言語?」


「残念ながら人間のだ」


自分で聞いておきながら適当返事をする少年、ミスミソウは相変わらず窓の外を観察し続ける。


ミスミソウ、サンショウウオの友人であり、家族のような存在でもある。サンショウウオと同い年だが身長は雲泥の差であり、一般男性を見下ろすほど高い。サンショウウオと同じコートを着ているのだが、大きさもちょうどいい。顔立ちと大人びており、サンショウウオと街を歩けば、初めて見た人々に家族か不審者と間違われる。歳こそ同じだが、違いに正反対な2人であった。


ため息とともにコートのポケットに二つの紙を仕舞うサンショウウオ。話すことには特に問題はないのだが、読み書きになると全くできなくなる。先天的な病気のようなもの、とヤブ医者にサンショウウオは説明を受けており、何度も繰り返して覚えるしかないと言われていたのだが、飽き性なのが問題で全く覚えられていなかった。共通言語の基礎、五十音までは頑張ったのだが、それが別の並びになったり、単体になると全く読めなくなるのが現状。もはや読み書きを覚えるのはほぼ諦めていた。


それでも時間があるときにはやる事がないためこうして見ているのだが、飽きてはしまって、出して飽きてを繰り返している。


どうせまた取り出すんだろうな。振り向かなくても何をしているかが大体わかるミスミソウは意識を窓の外からはずそうとはしない。彼がひたすらに外を眺めているのには、理由があった。


「ミスミー」

「なんだ、食い物ならないぞ」

「それも聞こうとしてたけどさ。ねぇ、まだ見つからないの?」


コートの中に仕込んであるナイフを取り出して指と指の間で回し出すサンショウウオの質問に、深い溜息をミスミソウは返した。


「見つかってたらもう言ってるよ、ったく……」


ミスミソウが窓の外から住宅街をひたすらに眺めている理由、それは人探しをしているからであった。一般人ではなく、この街で最もなりたくない存在、裏社会に目をつけられた賞金首を探しているのである。


名前は、チウ・ニゲル。逃げ足が超早く、一度でも背中を見失えばもう追い続けることは不可能とまで言わせしめる最速の喰い逃げ犯。それ以外の罪状は全くと言っていいほど無いらしく、現在の賞金首

の中で最もかわいそうなバカと言われている。罪状は軽いのに、裏組織の経営するレストランを襲ったが故の悲劇。ミスミソウも最初は逃してやろうとも思ったが、その償金額のせいで目が眩んでしまう。


「50万って、食い逃げに賭ける賞金じゃねえよなぁ……」


明らかに裏があるような償金額。絶対に裏に何かあると思わせるような、食い逃げにしては高額な賞金首を、現在金欠気味のミスミソウ達は追うしかなかった。


この街には賞金首が多くいる。それに伴い賞金稼ぎももちろん多くなる。事務所を作って討伐に出る団体もいるぐらいだ。


ミスミソウとサンショウウオもその中の1つで、2人で副業の何でも屋を営みながら賞金首を追っているのであった。故にわかることがある。賞金稼ぎとなり3年、更にはまだ未成年だが、最悪の極悪人から小悪党を捕まえて来た彼らには、この賞金額と、賞金を賭けた存在の異常さが、しっかりと理解していた。


「今狙ってる賞金首に賭けた人って、確か蜘蛛女たよね」

「ああ、サンショーも憶えているだろうが、あのいけ好かない粘着ババァだ。あいつ自身が賭けてるってのがどうにもな」


金に困ってなければすぐに投げ出す案件だった。それ以外の仕事はすでに同業者が貼りついているという情報がほとんどだったため、別の案件に行こうにも、獲物を横取りする行為はこの街で生きていきづらくなるだけだということを彼らはよく知っている。そして、蜘蛛女こと、ラーニョ・ファミリア頭領、ラーニョ・モルタオッキオの危険性も、2人は知り過ぎたいた。


「凄い人だったって記憶しかないな。ミスミはどう?」

「いけ好かない年増だな。二度と会いたくない人間1位だ。種族合わせたら4位だが」

「あ、4位なんだ。意外だな」

「トップ3は絶対に変わることはないな……」

「まあ、そうなのかな」


ナイフ遊びも飽きたサンショウウオは、天井に張り付いている小さな蜘蛛をじっと見つめ出す。ナイフをコートの裏側にしまい、立ち上がってまで覗き込み出した。


「たく、ちょっとは緊張感持て、仕事だぞ」


そんな様子を知っているかのように後ろも振り向かずにサンショウウオに指摘するミスミソウ。座り込みはしたものの、サンショウウオはじっと蜘蛛を見つめたままだった。


「……さて、どうするか、だ」


ミスミソウは監視を続けながらも、苦悩していた。

裏があることは一目瞭然であった。そもそもラーニョ・モルタッキオは本来賞金など掛けたりはしない。あまりにも統率された部下達を使えば食い逃げ犯など一瞬で捕まえることだろう。食い逃げごときに構ってやるほどヒマな集団とも思えない。何かがあることは確実なのだ。


しかし、金がない。その事実が目をくらませる。金がなくては何もできない、仕事がなければ金が入らない、罠を覚悟しなければ賞金稼ぎなんていう馬鹿げた仕事はできやしない。それはわかっているのだが、とてつもなく最悪な予感が今更になって背中を撫でている。サンショウウオが一言嫌と言えばすぐに辞めたであろうが、彼は確実にそんなことを言わない。ミスミソウの決定を待つだけであろう。それに、賞金首同士の暗黙の誓いである、ライバルのターゲットを狙わない代わりに、一度決めた標的は死んでも追いかけろ、というのがある。義理堅く守っているものがなぜかこの街には多く、破ったものは他の同業者に陰口を叩かれるようになってしまう。それだけならばいいのだが、悪評判が広まり、情報収集が他の同業者と共有できなくなるのは、致命傷に過ぎた。


しかし、やはり。蜘蛛をつつきだすサンショウウオの気配を背後に感じながら、自分の考えに苦悩する。どうした、もの、か?


視界の端。頭に叩き込んだ写真の顔がふと横切る。


あの顔は、間違いない。ようやく、ようやく現れやがった!


「サンショー!!」






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英雄の悲歌 パパヤイチ @papaya1

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