友人が異なる時空へ行ってしまった
もうすぐ講義が始まるというのに、友人が来ていない。出席をとるのにいいのかと思い、メッセージを送ってみる。
『今日、遅刻?』
ほどなく、返信が来た。
【えっ? さっき電車に乗り込んでからそんな時間経ってへんやん。また驚かそうとして】
ん? 何を言っている?
ようやく電車に乗ったところだから、遅刻するってことか。それにしてはなんか違う。
『驚かすって何?』
【きさらぎ駅とか余計なこと言って、からかってたやろ。今度は、もう朝とか言い出すわけ?】
そういえば、昨日、知らん無人駅で一人とか言ってたから、ちょっと遊んだな。って、ちょっと待て。
それは昨日の夜、って言うかそれも早い時間。
帰りの電車に乗り込んだってきたし、とっくに帰り着いてるやろ。あれから何時間経ってると思ってる。
さっき乗り込んだって、あいつはまだ夜なのか?
教授が講義室に入ってきて、出席の紙をまわし始めたが、それはひとまずいい。
『本気で言ってる?』
【お前さあ、暇なんか知らんけど、そろそろからかうのやめろよ】
マジで、もう翌日だとからかってると思っているのか。
だが、現にここにあいつはいない。ちゃんと出席点を稼いだ方がいいと言われている、この講義に。
なんでこうなった。
俺がきさらぎ駅とか、からかったせいか。
背筋がゾクっとする。
一気に鳥肌が立つのを感じ、思わず身震いをしてしまった。
俺の
いやいや、そうじゃない。
変な所に迷い込んだんだったら、駅にいた時点で既に迷い込んでいたはずなんだ。
必死に自分は悪くないのだと、思い込もうとする。
けれども、それはむしろ逆効果だった。
そう、きさらぎ駅を調べるよう促してからだ。あいつが、鈴の音が聞こえるとか拍子木の音が聞こえるとか言い出したのは。そして、ほどなく電車に乗り込んだと連絡が来たんだった。
大丈夫、異なる世界に迷い込むなんてこと、現実にあるわけがない。
ちゃんとケータイが通じているんだし、電波が届いているんだから大丈夫だ。
出席の紙がまわってくる。
とりあえず、あいつの分も書いておいてやろう。右手で自分の学籍番号と名前を、筆跡が異なるように左手であいつの分を記入して、次へまわす。
スマホに新着メッセージが届いていた。
【ここ、ゴメンゴメンて謝るとこちゃうん。変に放置するとかやめて欲しいんやけど。】
【さっきから5分くらい経つのに次の駅に着かへんし、ひたすら真っ暗な中を走り続けてるし、ただでさえ不安になるんやから、ほんまやめて】
放置する形になってしまっていたため、連続でメッセージが来ていた。
こういう時はどうすればいい?
あいつの状況を考えてみる。ただでさえ、知らない所に夜の闇で不安になる。そこに俺が余計不安になるようなメッセージを送る。
うん、しんどいな。
せめてもの罪滅ぼしに、今のあいつの不安を取り除く方向で。
『悪い。もうからかわへんて。明日学校でな』
昨日出てきた駅名を検索する。
大丈夫、きちんと実在している駅だ。
時刻表と昨日のやりとりの時間を照らし合わせても、実在している電車のようだ。
一駅ずつ時刻表を辿り、見つけてしまった。駅間およそ7分の所を。
さっきのメッセージが、この区間を走っているのだったら、本当にあいつの時間はさほど経っていないということなのか。
けれども、それなら異なる世界へ行ったわけではないのだから、帰ってこれるのではなかろうか。
でも、時間がこんなにずれてしまっているのに。
新しいメッセージが届く。
【右斜め後ろ見てみ】
よく分からないままに、振り返る。
そこには、へらへらと右手を振っているあいつがいた。
講義が終わり、ふてくされている俺のもとに、あいつがやってきた。
「ビビった?」
「なんやねんお前。ふざけんなよ」
こっちは本気でどうしようかと思ったのに、いたずらが成功して愉快そうに笑う顔がむかつく。
「昨日、からかってくれたからな。お返し」
うん、まあそれを言われると、昨日は俺も楽しんでいた。
「で、遅刻した分のノート見せて」
「残念ながら、お前のせいでそれどころじゃなかったんだよ。こっちが見せて欲しいくらいやわ」
これ見よがしに、書けていないとノートを見せる。
「とりあえず、出席の紙は書いといたから」
「ありがと」
罪悪感からだとは、言うまい。
そういえば、どうして遅刻? ICOCAがひっかかって、というような話をしつつ、俺たちは次の講義へと向かう。
夜の無人駅にて一人電車を待つ 陽月 @luceri
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