鷺城鷺花と朝霧芽衣

雨天紅雨

第1話 無言の中で交わされた言葉

※朝霧芽衣

 友人が一緒に踊るから。

 次のページが楽しみになる本のよう、先を読み取ろうとする。

 文章で描かれた謎解きミステリよりも困難で、仕組みギミックに驚いたらそこで終わり。

 早く次をと急かしながら。

 ――オワリがまだ見えないことに落胆する。

 それは急がなくてもいいと、そんな意思。

 まだ楽しめると考えればウンザリするが、最後だと思えば何のその。

 いつだってそうやって今がある。


 笑ってるか? お前じゃない私のことだ。

 楽しめ、ただそれだけでいい。それで私は笑えている。

 わかったら踊れ。

 右へ左へ、好き勝手に緩急をつけて。

 上へ下へ、自由気ままに殺意を乗せて。


※鷺城鷺花

 わかっている。

 そうやって言い聞かせて、感情を抑え込む。

 わかってやれ。

 そう思ってやってきた。

 嫌だ、わかりたくない、そんな叫びをいつ忘れたんだろう。

 詰まらなそうな顔のまま、まるで悟ったかのよう。

 いずれ来るだろう未来に向けて、動き出す。

 何度も繰り返し読んだ本みたいに、結末はいつも同じ。

 終わらない物語が欲しいと願いながら。

 そんなものはない現実を、誰よりもよく知っている。


 嫌だ、何故、どうして、全部抑え込め。

 箪笥の奥に閉じ込めて、蓋をするだけでいいのに。

 踊り続ければ隙間から落ちる。

 右へ左へ、もう嫌だとも言えなくて。

 上へ下へ、終わりまでの道筋を殺意が示す。


 笑って楽しんで終わろうと。

 黙って抑えて終わりたくないと。

 顔を見て、同じ場で踊れば、お互いにそんなのは気付いてる。

 それでいいのか?

 本当に?

 ありふれたそんな問いかけは意味もなく。

 本当に良いからここにいる。

 言葉はもういらない。

 人は首にナイフを刺せば終わるから。

 ただただ、その一瞬のためだけに、お互いに詰める。

 ほかの誰でもない、相手を見ながら。


※朝霧芽衣

 終われない、それはなんて不幸だろう。

 死ねないなんて、最大の拷問だ。

 こいつはこれから、どれだけ生きる?

 百年、まだいい。千年、それよりもっと?

 いつ壊れてもおかしくない道のりを、一人で生きるなら。

 私がお前を殺そう。

 そして老衰で終えてから、また逢おうじゃないか。

 

 笑えよ、鷺城鷺花。

 いつもお前は仏頂面で、何かがあると考えてばかり。

 命を賭けた戦闘あそびなら、楽しまなくてどうする。

 殴って蹴って、痛みに笑えるなら。

 受けて避けて、今の私はまだ生きている。


※鷺城鷺花

 逢いたい、ただ一つの願いでしょう。

 逢えないからこそ、最大の渇望になる。

 十一の頃に師匠を亡くして、今までずっと。

 ずっと、今もなお、願う、逢いたいと。

 そんな心をひた隠しにして、今を一人で生きてきた。

 見えない背中を追って。

 今ようやく、亡くした師の背中が、見えてきたの?


 考えろ朝霧芽衣。

 笑ってばかりで楽しそうで、羨ましいなんて思わない。

 命を賭けた戦闘ばしょなら、せめて悔いが残らぬよう。

 殴って蹴って、ほらもう二手詰まった。

 受けて避けて、生きる実感がなくなっていく。


※朝霧芽衣

 わかっている。

 ようやく私は蓋を開いて、お前の言葉に頷こう。

 もういない者の背中を追うな?

 亡くなった者の人生を背負うな?

 そう言わなかったお前だからこそ、今、認めてやる。

 私の人生は、師匠に逢うためのものだったと。

 たかだか三十過ぎ、なんて急ぎ足。

 実力をつけて弟子を作り、もういいだろうと勝手に決めて。

 師匠に逢いたいと、ただそれだけを抱いて。

 その役目をお前に押し付けた。


 楽しんでいたさ。

 悪いことばかり考えていたわけじゃない。

 命を賭けるなんて、馬鹿げた言い草は、もうやめだ。

 鮮血の色が、期待の色に見える。

 痛みを否定して、――愚かな自分を肯定しよう。


※鷺城鷺花

 わかってる。

 あわよくば、なんて考えはあんたらしいけど。

 自殺を禁じたお前は馬鹿だ。

 覚悟を決めていないのは弱さではない。

 そう言ったあんたにだからこそ、否定してあげる。

 私はここで、あんたに殺されることはない。

 終わりのない人生なんて笑い話。

 けれど私は、終わらない人生を続けていく。

 殺されるなんて、ありえはしない。

 あんたにその役目は重すぎる。


 純然たる実力差。

 どうしようもないなら、それでもいい。

 だけどあんたじゃ届かない。私の喉元に届かない。

 鮮血の色が、いつしか見えない。

 痛みを肯定して、――私の死を否定する。


 千切れかかった腕が、ぶらんと揺れる。

 動かそうとした左腕が、振り子のよう、終わりの時間を刻む。

 最後に見える光景は、なんだろう。

 きっとそれは、師匠の顔だと思っていた。

 きっとそれは、彼女の顔になると記憶に刻む。


※朝霧芽衣

 握られていたナイフは、きっと。

 なんの変哲もない、ただのナイフ。

 私の命を奪う、最後の一撃の僅かの間、見えた光景に息を飲む。

 なんて。

 なんてことだ。

 どうして、何故、待ってくれ。

 今更になってそんな疑念、終わりの間際でどうして浮かぶ。

 最後の、最期。

 これでようやくと、思ったのに。

 どうして弟子おまえの顔が、そこにある――。


※鷺城鷺花

 師匠は弟子に。弟子はいずれ、師となる。

 ナイフの切っ先が皮膚に入る、それを否定しない。

 見届けよう、そう決意の先、死の否定行動に息を飲む。

 なんだ。

 ああなんだ。

 そうか、ようやく、今になって。

 まだ大事なものが残っていることに、気付いたのか。

 最後の、最期。

 それを否定できる何かが。

 まだ、あんたの人生には、あったのか――。


 どんな顔をしていたか、それはお互いしか知らない。

 彼女は、泣きそうな顔だと思った。

 彼女は、それを泣きそうな顔だと思えた。

 良かったと、安堵したのは、どちらだろう。

 生き残ったことにか。

 殺さなかったことにか。

 すまないと、そう口にしたのはどちらだろう。

 殺せなかったことにか。

 生かしてしまったことにか。


 お互いに変な笑い顔。

 涙を堪えているような歪んだ笑み、そして背を向ける。

 これで終わり、もう以上はない。

 次の戦闘あそびはなく、次の戦闘ばしょもない。

 彼女は師との再会をお預けにされて。

 彼女は生き続けることが確定した。


 お互いに友人で。

 お互いの望みを知っていて。

 それを口にしたこともなく――これからも、なく。

 だから。

 次は。

 お茶を飲みながら、憎まれ口でも、叩き合おう。

 お互いに殺し損ねたな、なんて。

 今度はきちんと、笑いながら。


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鷺城鷺花と朝霧芽衣 雨天紅雨 @utenkoh_601

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