君と歩けば

群青更紗

第1話

私には好きな人がいる。


放課後の図書室は、静謐な空間だ。

学習室とは別にされているから、本を読む人か、本を探す人か、本を借りる又は返す人しかいない。貸し借り作業のあるカウンターの周囲こそ少しだけざわめきがあるが、後はもう、奥へ行けば行くほど、呼吸さえ遠慮するような、灰色の雲に包まれたような、静寂の森が広がる。

「あ、」

図書室の最も奥、芸術家の重たい図録が並ぶ棚の前に、早見君が居た。私が気付くのとほぼ同時に、早見君が振り返る。目が合った瞬間、彼はペコリと頭を下げた。そしてまた、棚に向かって作業に戻る。

返却本を戻すのは、図書委員の仕事のひとつだ。大分類から棚を絞り、小分類の並びに従い、前後の並びのバランスを整えながら、丁寧に収めていく。必要であれば、上下の棚に、既に並んでいた本を振り分けたりもする。

私も自分の抱えた返却本を戻すために、目的の棚を目指した。早見君の横を、何事もないように通り過ぎる。

自分達は、図書室の静寂を保つべき存在である。「図書委員が五月蝿いです」なんて投書をされたら、元も子もない。

何よりも。


視界の端で、早見君の姿を捉える。今日も綺麗な顔をしている。よく伸びた背筋、広い背中、ほんの少し付いた寝癖。

成績も優秀で、教師の受けも良い。かと言って目立つタイプでもなく、だからこその図書委員とも言える。

私が早見君を好きになって、2週間が経つ。

この恋が、バレてはいけない。


だけど、そもそも。


この恋は、叶えられない。叶わない。

叶えてはいけない。なぜならば。


彼は、私の弟なのだ。

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君と歩けば 群青更紗 @gunjyo_sarasa

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