加齢
安良巻祐介
風呂から上がって、のぼせた頭のまま、ふと机の上に目をやったら、机の上に置いておいた眼鏡が、何だかおかしなことになっていた。
どうおかしくなっていたのか。
一言で言えば、痩せていたのである。
全体に、茶色くひからびて、光沢を無くしたフレームが、鳥の骨のように、ひどくか細くなっている。
びっくりして目をごしごしこすったが、曇りガラスのような視界がますます見にくく滲んだだけで、目の前の眼鏡の姿は変わりない。
少なくとも、風呂に入る前は、こんなではなかった。
呆然としたまま、とりあえずおそるおそる手に取ってみたが、嫌な手触りだ。まるでスルメのミイラを抓んだような、頼りない感触である。
僕は、形状記憶なんたらかんたら……と、口の中で思わずつぶやいた。それは、この眼鏡のフレームを形作っている、衝撃に強い、値の張る素材であった。
しかし、これはどうであろう。細かい形状の記憶どころか、今の自分が眼鏡なのかどうかもわかっていないような有様である。
フレームだけでない。そこに嵌められた両眼のレンズも、「耐熱性及び傷の付きにくい性質を備えた」眼鏡屋ご自慢の品の筈であったのに、これもまた、色の悪い飴の、一度溶けたのを薄く塗り張ったような、すっかり頼りない様子になっていて、もっとよく見ようと顔を近づけただけで、とうとう、ぱりぱりと割れてしまった。
キャッと言って眼鏡を取り落としたら、床に落ちた眼鏡は、当然のように、あっという間もなく粉々に砕け散った。
スナックを食べ散らかしたみたいな破片の山に様変わりしてしまったそれを見下ろして、僕はぽかんとした。
「ヨウヤク溜メテヰタ年ヲ取リマシタ」
そういう言葉が心に浮かんで、同時に、服を着ないままの身体の節々が、急にじんわりと痛くなってきて、今まで意識していなかった、手や足の乾き切った感覚が、誰も居ない部屋の中で、急速に意識され出して来た。
加齢 安良巻祐介 @aramaki88
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