Episode ⅩⅦ 『終幕』
ヒューレル王国で開かれた第一王子の婚姻の儀襲撃事件と、魔王復活の噂は一瞬にして世界中を駆け巡った。
大勢の魔族が力を取り戻したディアの元へと訪れ押し寄せ、ディアを再び魔王の座に着かせようと努力し、ディア自身も自分の影響力が必要だったので再び魔王の座に戻ったのだった。
事件から一月ほど経過した穏やかな昼下がり。魔王城の執務室でディアが机に足を放り出して昼寝をしていると、慎ましいノックが響いた。慌てて足を机の下へと戻し、散らばった書類の一つを手に取って仕事をしている振りをする。
「入って良いぞ」
そう告げるとドアノブが捻られ、静かに扉が開く。姿を現したのは金髪の美少女だ。黒いワンピースに身を包み、腰に革製のベルトを巻き付けている。ベルトに吊された鞘には銀色に輝く聖剣が収まっていた。
「また昼寝ですか? ディアはもう少しまじめに仕事をするべきだと思いますよ?」
部屋に入ってきたスフィアは魔王の隣に立つと、デスクの上に積みの書類を置いた。
「寝てなんかないぞ、ほらちゃんと仕事してるだろ」
スフィアはしばらくディアを見つめていたが、呆れた様に笑いディアの手元から種類を抜き取った。それから上下逆さまだった紙の向きを直して手渡す。
「種類は逆さまでは読めませんよ、魔王様?」
「うっ……」
ディアは反論出来ずに押し黙った。スフィアはついでにワンピースのポケットからハンカチを取り出して、ディアの口元に残った涎の跡を拭き取る。
「アルキデス聖国の食料問題を魔族領との貿易で解決してくれるって言ったのですから、ちゃんと責任は取ってくださいね」
ディアが魔王へと戻ったのには二つの理由があった。一つはヒューレル王国の敵視を集める事。今頃花嫁を奪われたハビルは魔王への報復を考えるのに忙しくて、聖国へのちょっかいは考えていないだろう。
もう一つの理由が、会スフィアとの話でも上がったアルキデス聖国の食糧問題の解決のためだ。魔王は魔族全ての決定権を有しており、魔王が人間との交流を深めろと言えば配下はそれに従うしかない。それで、聖国との貿易に着手したのだった。
ちょうど長い戦争の歴史にも幕が下ろされ、これから人間と魔族は溝を埋めていくべきだと考えていたし、聖国との貿易は友好を深める一歩となるはずだ。そのために慣れない書類仕事に追われて参っていたところでもあるが……。
「あぁ、それと今日も勇者の方が訪れてますよ」
「またかよ……」
気が滅入っていたディアはスフィアの話を聞いて机に突っ伏した。
「でも、人間族の労働力は足りてませんし? 魔王の仕事の一つじゃないですか」
ディアはスフィアに腕を引っ張られ、ずるずると身体を引きずる様に外へと連れ出される。
魔王城は古城を改築したもので、景観は厳めしく幻想的だ。暗い色の石で造られた回廊には、角の生えた甲冑が並んでおり、備え付けられたランプは青く燃えている。城の中ですれ違う人々は魔王に絶対の忠誠を誓う魔族の者達以外にも、ちらほらと人間やエルフの姿も見受けられる。
良くも悪くも魔王が絶対な魔族達は、ディアがスフィアを嫁に選んだ事に異論は唱えなかった。そのおかげかでスフィアは魔王秘書として仕事をしていても支障は無いし、むしろ尊敬の眼差しを向けられている。すれ違う魔族全てが自分に対して、片膝を着き頭を垂れるのに未だに慣れないでいた。
ディアは戦争の時にそういう扱いを受けて慣れており、特に気にする素振りは見せない。ダークエルフのメイド運んでいた籠から、赤い果実を一つ取って囓る。スフィアの視線を感じて、果実を力任せに真っ二つに割ると、片方を差し出す。
「何だよ、食いたいなら言えばいいのに」
「違いますっ! もう、これから人に会うんですよ!」
そうこうしている間に二人は目的の部屋へと到着する。未だに果物は食べ終わっていないが。それでもディアは躊躇無く扉を開けて中へと入った。
部屋の中には革張りの高級なソファが置いてあり、すでに一人の人物がそこに腰掛けていた。人間族の青年だ。アッシュブラウンの単発にそこそこ整った顔立ち。軽鎧を身の纏っており、背中には丸い盾、腰には長剣が吊してある。
青年はディアの顔をみると電撃が走ったかの様にソファから飛び立つと、びしっと背筋を伸ばして姿勢を正し敬礼をする。
「自分はグリス・フォードンであります! 本日はお会いできて光栄です!」
はきはきと喋る青年は軍役を経験していたのか、どこかそんな雰囲気を漂わせる言動を取った。身体もしっかりと造ってあって筋肉質だ。
「よろしく、んで、今日は?」
ディアはやる気のない声で質問しながら、ソファにどっかりと腰掛ける。
「はい! 自分は一月前の事件で貴方の勇士に惹かれ、兵士を辞めて勇者になりました! 勇者であればここで雇って頂けると聞いております! どうか自分を雇っては頂けないでしょうか!」
青年は熱く語り、深々と頭を下げる。
王国で派手に暴れ回ったあの一件から、この青年の様に魔王の配下になりたがる者が続出していた。この青年を含めれば今日ですでに三人が同じ理由で訪れている。ディアは辟易しながら本日三度目の言葉を青年に掛ける。
「はい、採用」
素っ気ない態度で取るディアだが、内心はそうでも無い。ボロ小屋で過ごしていた平穏な日々も悪くなかったが、今のスフィアがいて忙しい日常の方が退屈しなくて良いなと思うのだった。
END
隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている! 空庭真紅 @soraniwa
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