第1話 駅前で

 金曜日の夜。華金にも関わらず予定を入れていなかったこともあり少し遅くまでオフィスに入り浸り日々の残務を片付けることに没頭していた。

 終電間際という訳ではないが、この時間から帰路に着けば、その頃には終電に駆け込むヒトと入れ違うように駅を後にするに違いない、そう思えた。


 明日は午前中から予定が入っているのだが、アルコールを少し嗜み布団に入れば直ぐに寝付けるだろうが、このまま真っ直ぐに帰宅して寝てしまっては次の瞬間には翌朝、せっかくの金曜日にそれは非常にもったいないのではないか、そう疑念に駆られる冷静な自分がいる。

 終電過ぎまで寄り道をして少し遊んだところで、それがある程度自宅に近いエリアであればタクシーを拾ったところでそこまで無駄な出費も発生しない。そういった葛藤を言い訳に最寄りの駅を乗り過ごした僕は、気付けば繁華街最寄りの駅のホームへ足を踏み降ろしていた。


 終電後の1時間程先の時間をタイムリミットに見据え、改札階までのエスカレーターを颯爽と歩いて下った。

 何処の街にも駅前にも出会えるスポット的なエリアがあるがそういった場所が邪魔くさく敢えて避ける側の僕は、そちらとは逆の方面の駅の出口から通りへ出た。場所が何処であれ"ヒトの流れを読んで如何に自然に対話に入れるか"、この基本スタンスは変わらない。

 改札を出た僕はお決まりのコースを先ずは流した。大まかなヒトの流れを眺めながらこの後動くルートのイメージを固めつつ気持ちを高めたい。数十分後には華の金曜日が終わりを迎えようとしている。

 この時間のターミナル駅では遠方へと帰宅するヒトにとっては終電の時間帯でもある。

 各々が手元で時間を気にしながら足早に僕の向き先と反対方向の駅に向かい、改札を抜けてホームへのエスカレーターを足早に駆け上がっていく。階段手前のトイレにダッシュで駆け込む者はヒトの群れを避けるのに必死だ。

 そうしてまでも金曜の夜はやはり皆遅くまで飲んでいたい、それが華の金曜日だ。気付けば街へ繰り出していた今の僕の心理そのものではないか、強く共感する。


 この駅では北側出口のタクシー乗り場周辺を行き来するヒトの流れは非常に分かりやすく、付近に住んでいて駅を素通りして歩いて通り過ぎて行くヒト、身内の迎えを待つヒト、手持ち無沙汰にスマホを眺めながら持て余しているヒトと、少し洞察力を働かせてみれば割とはっきりした傾向が見て取れる。土地柄や立地に寄ってこれらが容易な街とそうでない街とがあるが上手く言語化出来ないのは非常にもどかしい。

 駅周辺をグルリと周りながら駅の北側のタクシー乗り場辺りに向かうところ、その手前のコンビニ前を1人、ながらスマホ気味に手持ち無沙汰に通り過ぎて行く女性に当たりをつけた僕は、この日1人目のアプローチを仕掛けることにした。


 距離を縮めようと近付くと、こちらを認識した様子で目が合ったのでその流れに乗ってみることにした。

「あのー。すみませーん」

「え…? 何ですか?」

「おねーさんって今日はもうこのまま帰宅しちゃうヒトですか?」

「いえ、待ち合わせしてるんで…。ちょっとすみません…」

「そうですよね、金曜日ですもんね。じゃぁ今度会ったら僕とも一杯飲んで下さい(笑)」

「え…。じゃあ今度会ったら(笑)」

「あ! いつでも会えるようにLINEだけ交換しておきましょーか(笑)」

「いや、それも今度会った時に…。すみません…(笑)」

 よくあるやり取りを交わしおねーさんはその場を去って行った。


 感じの悪くない受け答えで会話が少しでも成り立てば先ずは良しと、そうすることで気分も乗ってくる。テンションの維持が出来ればメンタルを揺さぶられることなくスムーズに次のアプローチへ移ることが出来る。

 同じエリアをブラつく時には周囲を見渡すにしても首から上を不自然にキョロキョロとさせないことだ。タクシー運転手などずっとその場にいる者に見られていれば「またコイツか」と認識され悪目立ちはするのだが、そのタイミングでその場を通過しているだけのヒトにしてみれば、こちらもたまたまこの場ですれ違う1人のヒトに過ぎない。このようなスタンスで臨むことが出来れば周囲の目など余り気にする必要はないのだ。

 似たような感じで通り行く女性に声を掛けながら駅の南側を回り、高架をくぐりまた駅の北側へと戻って来た。この日の電車も終電までの残すところ数本といったところか、一部駅の構内のシャッターが閉まろうとしている。昼夜を問わず複数沿線のターミナルとしてごった返すこの駅も、この時間からは更にヒトの行き来が減っていく頃だ。


 周囲を見渡すと駅の出口のみどりの窓口前、太い柱の陰にスマホを片手に佇むヒトの気配が目に入る。迷わず僕は近付いて声をかける。

「あのー、すみませ…ん⁉︎」

「あ…(笑)」

「あれ?もしかして待ち合わせ相手はまだ来ない感じ?」

「みたいです(笑)」

「おっと...。そして来そうにない感じ?」

「かも知れません(笑)」

「なるほど…(笑)」

「え、何ですか?(笑)」

「次会ったら1杯付き合うって約束したような…(笑)」

「え…、今日ですか?(笑)」

「行っちゃおっか!ツレが来たらソッチ行っちゃっていいから(笑)」

「うーん…。1杯だけですか…?」

「1杯飲んでお開きでも良いし、ツレのヒトが来るまでとかでも、そこはご自由に!」

「じゃぁ…。そんな感じで良ければ…」

「まさかその日中にまた会うとは思ってなかったな…(笑)」

「ですよね…(笑)」


 そう言いながらおねーさんと並んで歩き始めた。

「どこで飲む? 軽く済ませたいならコンビニのプレモルで乾杯でも良いよ」

「いや、座って飲みたいので何処かお店に入りましょう」

 各フロアに居酒屋チェーンの店舗が入った、何処の駅前でもよく目にする雑居ビルに差し掛かる。

「じゃぁここで!」

 ちょっと前までの問答は何だったのか、思い切り良く通り沿いのエレベーターのボタンを押すおねーさんに連れられるように、僕らは大手居酒屋チェーンのとある店舗の席へ通された。


 とりあえずの生ビールでジョッキを鳴らす。

「おにーさんは何しているヒトですか?不動産屋っぽい!」

「そう?初めて言われたけど喋り方とかかな?」

「そうかも!」

「どんなお仕事されてるんですか?」

「そんな大したことはしてないよ(笑) おねーさんは?」

「食品を扱う仕事です」

「なるほど。今日は仕事帰り?」

「今日はお休みでパーティーしててその帰りです。飲み足りなくて友達と落ち合おうとしたところでした(笑)」

「なるほど。まぁ代打でオレが相手になっちゃったけどたまにはこういうのも良いでしょ(笑)」

「そうだね、まぁたまには(笑)」

 いつもであればこの時間から居酒屋などには入らない。1杯飲もうと誘いはしたものの普段はもっとラフに缶ビールの立ち話で済ませている。イレギュラーなこのワンクッションをどうしたものかと考えるが、対処としてこれといった名案や解は現時点では持ち合わせていない。

 こうなれば滅多にやらない正攻法で仕掛けてみてはどうだろう。そう実績がないために経験則など何も持ち合わせてもいないがこの場で得たデータもきっと今後何かの役には立つはずだ。

 アタマを切り替えて僕は切り出した。

「おねーさん今彼氏いるの?」

「半年前に別れてからいないよ(笑)」

「へぇ〜、いそうなのに意外。出会いはあるでしょ?」

「職場も周りは年配の既婚者ばかりだからね。おにーさんは?」

「いるいる。まぁでもそれとなくこうやってたまに外でも飲んだりしたいよね」

「まぁ男性はそうだよね。わかる(笑)」

「ぶっちゃけおねーさんもさ、半年間は彼氏いないって言ってもさ、エッチも半年無しってわけじゃないよね?(笑)」

「…ぶっちゃけると(笑)」

「素晴らしい。何かこう人間っぽい感じ良い!」

「(笑)」

「いやだってさ、オトナの男女ってそういうものだと思うわけよ。良いとか悪いとかの理屈が通る通らないって話じゃなく普通のオトナの生態だと思うね!」

「その通りだと思います! おにーさんもめっちゃヤリそう(笑)」

「さぁどうだろう…(笑)」

「(笑)」


 男女のサシ飲みではこんな話題による会話からの反応で相手の異性に対するスタンスの取り方が窺える。

 この流れからなら多少突拍子も無い切り出し方をしてもそう驚かれることもない、寧ろ変な刺さり方をするかも知れない。

 そう布石を打った僕は単刀直入に次の話題に切り出すことにした。上手くいく根拠は無いが掴みは悪くない。トリガーを引くためのシグナルとしてはこれで充分だった。

「ってかさこれ飲んだらここ出ない?」

「何処行くの?」

「おねーさんさっきぶっちゃけてくれたから僕もぶっちゃけると、おねーさんとエッチしたい(笑)」

「えー?何言ってるの?(笑)」

「そう言うこと(笑)」

「何処で?」

「じゃぁ何処かで(笑)」

「本当に言ってる?(笑)」

「本当に言ってる(笑)」

「ちょっと待って。冗談でしょ?(笑)」

「とりあえずこれ直ぐ飲んじゃうから出よっか!」

「本当に言ってる?(笑)」

「マジでマジで(笑)」

「えーちょっと待って(笑)」

「ちょっとだけ待つけど早く行こ(笑)」

「分かったから、どうするかは一旦待とっか。ってかトイレ行って来まーす…(笑)」


 了承してくれはしないが反応は悪くない。思えば並んで歩き始めた辺りから充分に掴みが取れていた。あとはキッカケや言い訳を男側から与えて背中を押すだけだ。

 そう捉えた僕はこの間を見計らって会計を済ませた。

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