エピローグ この空のもとで
目を開けると、綺麗な満月が空を照らしていた。
容赦なく吹き付ける海風に目を細め、グレイゴーストの後部甲板に座るバートンは月を眺める。
グレイゴーストは夜の闇のなかで錨を下ろして停泊しており、船体に打ちつける海水の音が大小絶えず聞こえてきている。
その波の音を聞いていると不思議と落ち着いた。
「なにしてるの?」
不意に声をかけられて振りむく。
シエルが少し離れたところに立っており、近寄ってくると静かにバートンの隣に腰を下ろした。
「別になにも。夜風にあたってただけだ」
そう答える。
しばらく二人は無言で同じ景色を眺めた。
海水の音がやけに大きく聞こえたが嫌いな空気ではない。
ふと、この船に乗船した時も後部甲板からだったことを思いだす。
あの時、差し伸べられた手を握ってからまだ二週間も経っていないことが信じられない。
もちろん、その時の空には満月ではなく三日月が浮いていたという差異はあるが、バートンにとっては昨日のことのようだった。
隣にいるシエルに目をやる。
なんとなくシエルが話を切りだして欲しそうな気がして口を開いた。
「出てきて大丈夫なのか?」
「うん。少し休んだから」
「まだ無理はするなよ。病みあがりなんだから」
シエルは返事の代わりにコクンとうなずく。
海賊たちからシエルを取り戻して数日。
バートンを待っていたのは荒れたグレイゴーストの片付けとシエルの看病だった。
助け出された直後、シエルは安心したのか熱を出してしまい、つい最近まで引かなかったのだ。
その看病をしつつ、海賊の目を欺くために船体をわざと海中に沈めたり、海賊船の攻撃を無理な機動で回避したことによって荒れはてた船内を掃除し、破損箇所を修理する。
へームルがいるならあっという間に終わったのだろうが大半のワークロボットが失われたため、バートンが一人でやった。
「ありがとね。助けてくれて」
不意にシエルが呟く。
なんと返したらいいのか分からず、バートンは悩んでから肩をすくめた。
「別に。僕は自分の心に従っただけだよ」
「ホントに?」
ズイッとシエルが上半身を捻ってこちらを覗きこむ。
薄い服の上から胸の谷間が見えそうで、バートンは目と話を逸らした。
「それよりッ、これからどうするんだ? 依頼達成できないだろ?」
依頼の荷物は海賊と一緒に堕ち、しかも依頼主にすら嘘をつかれていたバートンたちはすることがなくなっていた。
こんなところで停泊しているのも次の行動を決めかねているのも理由のひとつだ。
「うーん、特に考えてない!」
「考えてないって……大丈夫なのかよ、それ」
「だって木箱は全部開けられちゃったし、しかも銃を密輸させられてたんだから今更あのおじいさんのところに戻るのもねぇ……」
気難しい顔でシエルは唸る。
届けるはずだった浮島に行っても現物がないし、密輸をさせようとしたあの老人の浮島に戻るのも気が進まない。
つまりはバートンたちはどこにも行けないのだ。
確かに彼女のいう通りだ。
それにバートンには個人的感情もある。
海賊たちはグレイゴーストで銃を見つけた時、前の船を同じだと言った。
つまり、バートンが前に乗っていた船が襲われたのもあの老人のせいなのだから。
「だからこれからも気ままに旅をするだけよ」
「お気楽だねぇ……」
「それでいいの。だって元々根なし草なんだし。そっちはどうなの?」
「どうって?」
「宙船、まだ乗りたくない?」
そう問われてバートンは一瞬言い淀む。
だが気持ちはすでに固まっていた。
「あぁ、空は嫌いだし、そこを往く宙船にも乗りたくないね。ただ――」
「ただ?」
「気が変わった。俺はお前についていくよ」
まっすぐにシエルの目をみて告げる。
正直、宙船に乗り続けることには抵抗がないと言えば嘘だ。
でもそれ以上にシエルをほっとけない気持ちが勝った。
この巨大な鋼鉄の塊をたった一人、託された少女を。
そんな至極真面目な顔のバートンに対し、シエルは小さく吹きだした。
「ハハハ、なにそれ? 宙船にはもう乗りたくないんじゃないの?」
「だから言っただろ。気が変わったって。それに雷を怖がるような船長の船に乗れる奴なんて俺ぐらいしかいないしな」
嫌味混じりにいってやると、シエルは頬を膨らませてポカポカと無言で抗議してくる。
でもいつのまにかその顔には笑顔の花が咲いていた。
バートンは叩いてくる手を取り、握手をする。
「これからよろしく頼むぜ、シエル」
その言葉にシエルは頷いた。
宙船〜漂流少年は幽霊船の美少女艦長に拾われる〜 森川 蓮二 @K02
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