第10話 決戦の時
グレイゴーストの切り裂く空気が海賊船の船体を揺らす。
「どういうことだ……なんであの船が」
唖然とした表情で船長が呟く。
それは海賊たちの心境をあらわすと同時にバートンたちの気持ちも代弁していた。
何故だ。グレイゴーストは沈んだんじゃないのか?
バートンは海を漂流していた時、グレイゴーストは沈没したとへームルの口から確かに聞いた。
だが目の前にある灰色の船体は紛れもなくグレイゴーストそのものだ。
「嘘……どうして?」
チラリと背後のシエルの顔をみる。
瞳は信じられないものを見たとばかりに見開かれており、演技ではないことは一目瞭然だった。
そんな彼らを尻目にグレイゴーストのスピーカーがザザッと音をたてる。
『あーあー、海賊に告ぐ。いますぐそちらにいるグレイゴーストの乗組員二名を引き渡せ。繰り返す、いますぐそちらにいるグレイゴーストの乗組員二名を引き渡せ』
大音量で響きわたるへームルの声。
同時にグレイゴーストの前部甲板に設置された二連装砲塔が海賊船へと向けられた。
突然の展開に海賊たちは顔を見合わせ、彼らの視線は自然と船長のほうへと注がれる。
『最後通告だ。いますぐそちらにいるグレイゴーストの乗組員二名を引き渡せ。さもなくばお前たちの船を攻撃する』
「バカにしやがって……生意気な船の横っ腹に風穴開けてやれ!」
船長はグレイゴーストとバートンたちを交互にみて歯噛みして吠えたてた。
同時に海賊たちが雷に打たれたように動きだす。
腐っても船乗りというべきか、その動きは迅速で無駄がなく、グレイゴーストの砲塔がこちらに向けられたにも関わらず足並みが揃っていた。
そしてぞくぞくと海賊船の側面から砲台が顔をだして、グレイゴーストへと照準される。
「撃てぇッ!」
そして船長の号令とともにドンッ、ドンッと腹に響く重低音が轟く。
海賊船から放たれた弾丸はグレイゴーストへの直撃コースを進んだ。
だが、弾を空気を切り裂くのみにとどまる。
「なッ、船を立てただと!?」
船長が船影を見上げて絶句する。
なんとグレイゴーストは船首を強引に上空へと向けて海賊船の攻撃を回避したのだ。
『なるほど、ではこちらも実力行使に移らせてもらう』
へームルがそう告げた直後、船体を垂直に近い角度まで傾けたグレイゴーストの砲塔が火を噴いた。
先程とは違う重い発射音。
大砲とは思えない速度の連射で海賊船の横っ腹に砲弾が次々と突き刺さる。
一瞬で海賊船に阿鼻叫喚の地獄絵図が広がった。
バートンは圧倒的すぎるその力に声も出なかったが、ハッと我に帰ってシエルの手を取る。
「今のうちだ。この船から降りよう」
「でもどうやって……?」
戸惑いがちにシエルに聞かれ、バートンは答えに窮した。
頼みの綱であった反重力ボードが爆散し、この海賊船もグレイゴーストの砲火によってダメージを受けている。
一刻の早く脱出しなければならなかったがその方法が見つからなかった。
「俺の船を、よくも……」
幽鬼のようにかすれた声が聞こえて、振り返る。
海賊船の船長がそこにはいた。
「貴様ら……俺の船をここまでしておいて生きて帰さんぞ」
そんな捨て台詞を吐いて、船長はこちらに銃を向ける。その目には怒りと憎しみがこもっていた。
ここまでしたのはへームルなんだけどな。
内心そう呟きつつ、バートンはポケットから四角い装置を取りだす。
「これがなんだかわかるか?」
「爆弾の起爆スイッチか。ふん、自爆でもするつもりか?」
この状況でも自らの勝利を信じて疑わない船長の言葉をバートンは首をふって否定する。
「俺たちはここから生きてかえる。こいつはそのための切符さ」
不敵な笑みを携えてバートンはスイッチのカバーを外し、ボタンを指で押しこむ。
同時に海賊船の艦内から爆風が吹きだしし、海賊船は炎に包まれた。
「ッ! まさか!」
「そう。アンタが俺たちから奪った銃はすべて使い物にならなくなった」
甲板に出る直前、無造作に置かれた銃を見つけたバートンたちは近くにあった爆弾を仕掛け、銃を海賊船もろとも破壊したのだ。
そしてその爆発は海賊船そのものにも引導を渡すものだ。
「貴様らぁぁぁ!」
船長は憎々しげに絶叫したが今更気づいたって遅い。
爆弾による致命的な一打が海賊船を揺らし、破壊し、そのまま高度を下げはじめる。
「行くぞッ!」
「え、ってうわぁぁぁぁ!」
そして一瞬の隙をついてバートンはシエルの手を引いて海賊船から勢いよく飛びだした。
内臓が持ち上げられる奇怪な感覚の直後の落下。
重力という抗いがたい力が海賊船もろともバートンたちを海面へと引っ張る。
だがバートンは焦らなかった。
ただシエルの手をしっかりと握り、真っ直ぐに正面をみつめる。
するとヒュンッと横をすり抜けるようにアンカーが落ちてきて、その先がパラシュートのように開いた。
バートンたちは逆さにした傘のように開いたパラシュートに絡め取られ、重力から解放される。
その隣を炎に巻かれた海賊船が落下していった。
「なんとかしてくれるって信じてたぜ。へームル」
頭上に浮かぶグレイゴーストの船体をみてバートンはそう呟き、視線をシエルのほうへと向ける。
「おーい、生きてるか?」
「……おかげさまで。まったく飛び降りるなんて信じられない」
「でも命はこうして拾ったんだ。いいだろ?」
「そういう問題じゃない!」
怒った声でシエルがポカッとバートンを殴りつけた。
だがバートンは笑っている。
シエルは同じようにしてポカポカと殴りつけてきたが、やがて困ったように笑いだす。
へームルがアンカーを引きあげるまで二人はそうしてパラシュートに寝そべって笑いあっていた。
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