【R15】この痛みは「先払い」の痛み【なずみのホラー便 第4弾】

なずみ智子

この痛みは「先払い」の痛み

「ううぅ……痛い……痛いよぉ……」


 月に一度の”あの日”。

 通常時なら元気溌剌であるはずの女子高生・マキエは、ちょうど”あの日”のど真ん中――マキエの”あの日”におけるあらゆるピークは2日目であるため、今まさに痛みと怠さといらつきと切なさなるものが四重奏を奏でている真っ最中であった。


 ベッドの上で、まるで胎児のように身を丸め、青い唇で呻き続けるマキエの額にはじっとりと脂汗が浮かび上がっていた。今のマキエには、その脂汗をぬぐう余裕すらない。

 この脂汗をぬぐうことだけじゃない。

 枕元に置いてあるスマホを、手に取ることすらできない。

 机に座っての勉強は気が向いたら集中してやることにして、まずはスマホでネット漫画の続きを読んだり、面白動画や癒し動画を観たり、LINEのチェックだってしたいのに……!


「どうしてよ……なんで、私だけ……」


 ”なんで、私だけ”。

 マキエのこの一言には、憤りとやるせなさが込められていた。


 マキエには姉妹がいる。

 それも、一卵性双生児であるユキエという名の姉が。

 一卵性双生児の例にほぼ漏れず、マキエとユキエは顔も、そして体型もほぼそっくりであった。外見がそっくりなばかりか、趣味嗜好もほぼ同じであり、学力や運動能力のスペックもほぼ同等といった具合だ。


 しかし、マキエはこれほどまでに生理が重いのに、姉のユキエは極めて軽い。2日目であっても、通常時と同じく元気溌剌&ピンピンしている。いや、ユキエに至ってはまさに”軽過ぎる”のではないかと思う。

 ユキエ本人が言ったわけではないが、ユキエの場合は「あ、なんか股の間からまた血が流れる一定期間に入ったわ」ぐらいの感覚なのかもしれない。


 しかし、マキエの憤りとやるせなさは、ユキエにだけ向かっているわけではなかった。どちらかというと、自分とユキエを取り巻く、周りの者たちへと向かっているのだ。


 ほぼ同等の学力の自分たち2人は、今も同じ女子高に通っている。

 話は少しそれるが、共学の高校に通っていなくて本当に良かったとマキエはつくづく実感している。もし、共学の高校に通っていようものなら、まだガキの域を抜け出せていない男子生徒になど「あいつ、きっとメンスの日だぜwww」なんてヒソヒソ&ニヤニヤと噂される可能性も無きにしも非ずであったのだから。


 女子高に通っている今は、周りのクラスメイトは皆、女子であるから生理中であることをからかわれたりはしない。


 けれども――

「マキエ、あんた、そんなに生理痛重いの? ユキエは平気そうだし、やっぱり気の持ちようじゃないの?」と”一部の友人”の言葉に心をえぐられたり、あまりにも痛くて動くのが辛いので体育を見学させてほしいと体育教師(女性)に伝えたところ「”片割れ”の方はそんなこと言ったことないわよ。何? サボり?」と分かってもらえないどころか、不真面目呼ばわりされた。

 そして、何よりも自分たちを産んだ母ですら、一応、生理痛の薬などは買ってきてはくれるも、「ユキエは”そんなこと”ないのに。どうして、あんただけそんなに酷いのかしらねえ」と溜息をついていた。


 彼女たちの言葉や態度は、マキエの下腹部だけでなく、心までをさらにズキズキと痛ませた。


――同じ女だからといって、皆が分かってくれるわけじゃない。それに何、何なの? 双子のユキエが平気だからって私も平気じゃないかって……ンなおめでたいことあるかっての……一卵性の双子だからといって、何もかもが同じなわけねえだろ……!!!


 つい、”通常時とは異なる言葉遣い”で毒を吐き出すマキエ。

 だが、マキエの吐き出した毒は言葉にはならず、彼女の口からは先ほどと同じ呻き声が漏れ続けるだけであった。


 ユキエが平気――生理が軽いなら、マキエも軽いはずという周りの者たちの思い込み。しかし、それを言うなら、マキエの生理が重いならユキエの生理も重いはず、ともなる。

 ”シンクロニシティ”という現象の記録が、世界に多々残されている。

 特に”双子のシンクロニシティ”の例においては、離れ離れに暮らしていた双子が歩んだ人生に偶然では済まされない数々の一致があったり、双子の1人が怪我をすればもう1人も同じところを怪我したり、双子の1人が死亡したのと同時刻に、離れた場所にいたもう1人も死亡したといった具合に……


 しかし、マキエとユキエの場合は、シンクロニシティの兆しすら見えない。

 ベッドの上で丸まり、痛みに喘ぎ、苦しみ続けているマキエはこう思わずにはいられなかった。

 ユキエが本来感じるべき生理痛を私がこの身に一身に引き受けているのでは……私のこの生理痛は2人分の痛みなのでは……と。



 常識で考えると、そんなことはあり得ない。

 けれども、自分が今感じているこの痛みは尋常ではない。

 まだ10代だから――体が完全に大人の女性となっておらず不安定なために、これほどまでに苦しみのたうち回らなければならないのであろうか?


 下腹部が脈打っている。

 子宮がもう1つの心臓のごとく脈打っている。

 女だということを、子供を産んで母親となることができる性に生まれついたことを、”これでもか”とアピールしているかのように。


 「いや、いいから、そんなにアピールしなくていいから、しっかりと分かったから」とマキエはとっくに白旗をあげているのに、ドロリとした経血の”出口”である膣口(性交時には”入り口”にも変わる膣口)までもが”声なき叫び”を発し続けていた。

 膣口周辺までもが、ドクドクと脈打っている。

 マキエの内性器からの叫びか?

 しかし、いくら自分の体内とはいえ、マキエはもう、その叫びを受け止められそうになくなっていた。


 ついに意識が混濁し始めたマキエ。

 死。

 血まみれの下腹部から”死”がせり上がってくる。


――やばいって……これ……そもそも、これは早いうちに病院に行ってきちんと見てもらうべき”案件”だったんだよ…………でも、もう、間に合わない…………死ぬ………死ぬよ……死んじゃう……私は生理痛で死ぬんだ…………こんな死に方って………助けて……お母さん………………!!!




 母親への”届かない叫び”を最後とし、マキエの意識がプッツリと途切れる寸前――


「……これはまずいわ。一時的に”お嬢様たち”に払ってもらいましょう」

「でも”お嬢様たち”の許可なく、そんなことすると後で始末書&ビンタもんじゃ……ただでさえ、あの”お嬢様たちは”我儘で人使い荒いのに……」


 2人の女性の声が聞こえてきた。

 中年女性と若い女性の2人の声だ。

 中年女性とはいっても、母の声では断じてない。

 若い女性とはいっても、ユキエの声では断じてない。

 マキエが聞いたことのない声の主たちが、無断で自分の部屋に上がり込み、ベッドの近くでしゃべっている!?


「今は始末書とかビンタとか言っている場合じゃないわ。母親である奥様が今、ここで死んでしまったら……元も子もないでしょ」

「そりゃ、そうですけど……」



――奥様? 母親である奥様? この人たち、何、言ってるの? 私は子供なんて産んだことない。結婚や子供ができるような行為をしたことすらないし、完全な”人違い”だわ。いや、そもそも……これは幻聴よ。きっと、そう。耐えきれないほどの痛みによって、私の脳がバグを起こしてしまい、聞こえてくる幻聴よ、幻聴……!


 けれども、マキエは中年女性たちの声が幻聴でなかったことを次の瞬間、理解した。

 なぜなら、凄まじい痛みの源泉である下腹部に、何かの機械をピッと当てられたらしい感触を感じたのだから。



「!?!」

 機械音と固い機械らしきものの感触は、フワッとした温もりをもたらした。

 みるみるうちに、脈打ち続ける下腹部の動きは穏やかになっていった。

 まるで、荒れ狂う嵐の海が、空からスウッと下りてきた”巨大な神の手”によって、その海原を優しく撫でられ落ち着かせられたかのように……


 痛みはまだ肉体に残留しているも、なんとか意識を保てるようになったマキエ。

 うっすらとしか開けることができない瞳で、彼女は自分を救ってくれた声の主たちの姿をとらえようとした。



「!!」


 先ほどから聞こえていた声から察する通り、女性2人が部屋の中に立っていた。

 しかし、彼女たちは地上に舞い降りた神や天使を思わせる”いでたち”ではなかった。


 というよりも、医療関係者だとしか思えない”いでたち”だ。

 揃いのペールグリーンの手術着らしきものを上下にまとい、手にはゴム手袋を装着している。マスクはしていないが、手術着と同色の手術帽子はしっかりとかぶっている。

 マキエの”うっすらとしか確認できない視界”の中においても、極めて流暢な日本語をしゃべっている彼女たちであったが、その顔立ちからして2人とも”それぞれ異なる趣きの外国の血が混じっている”ことは明確であった。



「良かった。これで落ち着いたようね」

 中年女性――若い女性に指示を出し、決断を下せる立場にある中年女性が、マキエの痛みを和らげたらしい機械を手にしたまま、胸を撫で下ろしているようであった。


「そのようですね。母体を保護できたのは吉(きち)としても、2055年に戻った時が正直、怖いです……クビになったりしたら、また仕事探さなきゃ」

 若い女性――一応、異議を唱えはするものの、上の立場である中年女性に逆らうことができないらしい若い女性の声には、怯えと後悔が滲んでいた。

 しかも、彼女は確かに言った。

 ”2055年”と――!


 未来?!

 気が遠くなるほどの未来ではないが、今からすぐに歩いて行けるほどの未来でもない。

 まさか彼女たちは、その未来からの来訪者なのか!



 痛みの余韻が下腹部に残留しているため、動けずぐったりとしたままのマキエ。

 『手術着を着たまま、私の部屋の中にどこからか不法侵入している彼女たちは一体、何者? 2055年からの来訪者? その世界で私は母となっているの? いや、そもそもこれは夢よ。夢のはずよ、だけど……』と、いろいろ考えなければならないことが、考えても答えなどでないことで埋め尽くされていったマキエの意識は、今度こそ本当に遠のいていった。



 ※※※


 安穏たる眠りの中へと落ちていったマキエの側で、2人の未来人は普通にペチャクチャと喋り出した。

 まるで、喫茶店で同僚とごく普通にお茶をしているがごとく……



「心配ないわ。”4人のお嬢様方”も、緊急時に私たちが下した決断を分かってくれるわよ、きっと……ね」

「そうだといいですけど……しかし……今、ベッドの上でグッタリしている、この娘さんが”今(2055年)をときめく”有園博士(ありぞのはかせ)の奥様である、有園マキエの女子高校生時代なんですよね。なんだか……いかなる時もビッチリ隙なく決めている今の奥様の姿からは想像つきませんね。元々の顔立ち見ても、それほどに美人ってわけでもないし、ほんと素朴の中の素朴って感じって感想です」


 若い女性の言葉を受けた中年女性が、フフッと笑い言った。

「奥様は化粧映えするタイプなのよ。ここだけの話、ちょっとだけ顔を弄ってるのも間違いないと思うわ。奥様の双子のお姉様であるユキエさんの顔はナチュラルなままっぽいから、ユキエさんと比べると一目瞭然よ。……それに、経験者から言わせてもらうと、やっぱり結婚は美貌やお金よりも、結局は縁よ、縁」


「縁ですか……でも、その縁があったからこそ、奥様はタイムマシーンを開発した有園博士の妻となり、今や(化粧&整形後とはいえ)美貌もお金も全部手に入れてますもんね…………しかも、有園博士のラボのスタッフにのみ周知され、公にされてはいないことですけど、博士は”クライアントが感じる痛みを血を遡って過去、もしくは未来に移動させる”ということまで実現させているんですから。もう、科学者というより魔術師の域に達してます。本当に、このことを世間に公にしたら、歴史に名がより深く刻まれること間違いなしって感じですよね」


 しみじみと頷いた若い女性に、中年女性が少しだけ声を落として続ける。

「でも、今回の件は有園博士と奥様の間に生まれた4人のお嬢様の生理痛を、”血を遡って過去へと――母親である奥様の肉体へと移動させた”がために起こったトラブルだわ。この時代の奥様の肉体は、本来ご自分が受け止める生理痛に加え、お嬢様たち4人の――合計5人分(( ゚Д゚))の生理痛を受け止め、死の数歩手前ほどに苦しまれていたのよ。もし、奥様がここで亡くなってしまったら、タイムパラドックスが起き、大変なことになっていたわ」


 若い女性も少し声を落としながら、口を開く。

「…………有園博士が”血を遡って、痛みを過去か未来へと移動させる”という試みをお嬢様方全員に話されていた時ですけど……生理が重めであるお嬢様方は皆、口を揃えて『自分の産む予定である子供にはそんな痛い思いはさせたくないわ』っておっしゃってましたよね?」

「ええ、そうだったわね。私だって、自分の娘や息子に痛い思いなんてさせたくないから、お嬢様方の気持ちは”痛いほど”に分かるわ」


「………………私はまだ子供はいませんけど、自分の子供を大切に思う気持ちは想像できます。でも…………4人のお嬢様は誰一人として『いつか出会う子供も大切ですが、お母様にだってそんな痛い思いをさせられません。私の痛みは私自身でなんとか受け止めます』なんてことは考えもしないようでした。あの我儘で人使いの荒いお嬢様たちは”自分たちの母親”にすら、本来自身で払うべき痛みと苦しみを4人分も『先払い』させたうえ、死の恐怖とともにのたうち回らせたりするのは平気ってことですよね? 今、加工前のとっても素朴な顔で眠っている”奥様”はそんな娘たちの母親になる運命にあるってことですか……」

「え…っと、ま、まあ、そういうことよね…………」

 


 5人分の生理痛から、1人分の生理痛へと”一時的に”痛みを軽減されたマキエはかすかな寝息を立てながら、今は安穏たる眠りの中にあった。

 未来人でありマキエ自身の未来の夫のラボに所属する2人の女性スタッフに、いずれ4人の娘たち――それも”揃いも揃って自己中で非情な4人の娘たち”を持つ運命となることを憐れまれているとは夢にも思わずに。



―――fin―――

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