第3話 Sophisticated Emotion

 「そんな…。φだったなんて。」

 「ま、別にそいつがφであろうがなかろうが良いけどさ。」

 俺たちにとっちゃCHかそれ以外かが大事だ、と樹が言い残し去っていった。

 索はチラっと見てからお前が決めろ、と言わんばかりの目をして同じくどこかへ行ってしまった。

 てっきり僕は単脳だと思ってたからここでグループに入るかと思ってから全然会話を用意してなかった。それに元々こういうときにどういう会話をしたらいいかなんてわからなかった。


 「椎名君。助けてくれてありがとうございます。」

 「え、あ、いや、こちらこそ。」

 何がこちらこそなのかまったくわからなかったがとりあえずこちらもお礼を言った。

 「ふふっ、こちらこそはおかしいですよ?どういたしまして、ではなくて?」

 「ああ、そうか。じゃあどういたしまして。」

 「はい、よくできました。」

 なんだか言葉の指導をされてるみたいだ。にこやかに笑いながら修正してくれるこの女性AIはすごく上品さを感じる。

 「えっと、それで椎名君。」

 「ああ、はい。なんでしょうか。」

 「私をどうします?」

 難しいことを聞かれてしまった。どうします?と言われても元の場所に戻すのは気が引けるしここにいてもらうのも、何とも言えない。どうしたものか、と悩んでいるとある疑問があったのを思い出した。


 「そう言えば君はもとの主人は誰なの?そこには戻れないの?」

 通常φは1人、または1家庭につき1人配置される。それはどのレイヤーでも同じだ。上級なら細かい感情をサポートするために1人1人に専属でつけたりするそうだが。


 「申し訳ありません。私の登録データ内に主人が登録されておりませんの。」

 「登録されてない?そんな馬鹿な…。」


 通常初期設定として生体認証システムを通して大規模データテーブルにアクセスし、個人情報を読み込む。それは購入してすぐに行うことのはず…。ということは。


 「捨てられたのか。」

 「おそらく…。」

 悲しい顔をしているがこれも処理だと思うと、それ自体に少し悲しさを覚えてしまう。


 φが捨てられることはほとんどない。「捨てる」という判断が家族内で一致するケースに属するのは稀だからだ。

 捨てるケースは僕の知っている限り1.φ自体が古くなり処理の劣化が見込まれる場合、2.他のφが優先されることになった場合、この2択しか知らない。

 この2つのケースであれば処理場に運ばれ処分される。しかしこのφは路上に放置されており、見たところ損傷もある。こんなケースは見たことがない。

 いや、今は悩んでいても答えは出ない。索も言ってた通りこれは僕が決める問題だ。


 「もし僕が登録しないと言ったらどうするの?」

 「その時はここを立ち去り処理場へ向かうまでです。」

 テンプレ通りの回答だった。当たり前のことを聞いたかもしれない、と少し恥ずかしくなった。


 「それじゃあ僕を登録してくれ。」

 そう手を差し出すと、φは驚いた顔をして「よろしいので?」と言った。

 「ただし、正式な登録はやめてくれ。日本DBにアクセスするといろんなことがバレる。仮登録はスタンドアローンだったよね。」

 「はい。それは可能です。有効登録期間は約半年になります。よろしいですか?」

 「構わない。」

 φの胸元にある指紋認証に指を載せて僕を仮登録した。これでこのφもめでたく仲間入り、ということになる。


 「さて、じゃあ樹と索のところへ行こうか。登録したことを言わなきゃね。」

 「はい。椎名君。1つ聞いてもよろしいですか?」

 「何?」


 あ、名前とかつけた方がいいのかなとか考えてたので素っ気なく答えてしまった。

というかφは質問もするのか、と少し驚いた。CHよりもφのほうが人間らしさを感じるというのはずいぶん皮肉なものだ。


 「どうして登録してくださったのですか?捨てられていた私を拾い、迎え入れていただけたのは不確実性の容認ということになり、リスク観点が抜け落ちているように見えます。」


 さっき樹たちからの目線でわかる通り、確かにリスクというものをあんまり考えてなかった。むしろそこまで頭が回ってなかったともいえる。

 まあでも登録した理由は1つ。



「大事なのは論理じゃない。感情だよ。」



 

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インビジブル・ライン 夢見アリス @chelly_exe

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