第2話 Normal=Genius

「椎名君」

ラーニングシステムズを使っていると「博士」に呼び止められた。博士は上級CHであり、脳の処理速度が速い。

「君の提出するスクリプトには漏れが多い。読み込みすぎてオーバーフローしていないか?脳の処理速度と量に合わせてインプットしなさい。」


 言いたいことだけ言って博士は去っていった。ラーニングと呼ばれる脳の処理内容を見る出力テストを間違えすぎるとこういった「指導」が入る。指導を受けすぎると情報センターに監禁され接続情報を見られ、脳の適性を隅から隅まで調べつくされる。そうして何かしらの適正が確認されれば無事社会へ復帰、特殊役職へ移行。何も適性がなく、ただ処理速度の遅い人間の場合は下級CHとして機械の端役として作業することになる。




 僕は何度か呼び止められたことはあるが、まだ大丈夫らしい。あの組織にいる以上は最悪社会になじめなくても大丈夫(というか樹も索もラーニングセンターに行ったことがない)だが、こうした権利がある以上は何かしらの役に立つはずだ。CHなら作業としてこなせる問題をいちいち悩まなければならないのは面倒だが。


 ラーニングセンターからの帰り道、ふと目線を上にあげると夕日がガラスに反射してとても綺麗に見えた。思わず見たその光景を記録するために立ち止まると後ろから押されてしまった。

 「っと。導線上で立ち止まる処理があったのか。すまんな。」

 そう言うとその人はさっさと立ち去っていった。そうだ、業務中に支障が出ないようφファイを連れていない。

 感情補助AI(Feeling help AI)通称φと呼ばれるそのAIは人、動物、機械様々な形をとって切り離した感情を人間に分け与える。φと同期すれば喜怒哀楽などの感情やおいしい、まずいなどの5感を表現し他人とコミュニケーションが可能になる。

 樹曰く、「まがい物の感情」らしい。確かに与えられた感情に意味があるのか、と言われると何とも言えないが昔今みたいな後ろからぶつかった際にいちいち感情を向けられていては不便だっただろうなという気持ちはある。


 そんなことを考えていたら夕日は沈んでしまい、夜になろうとしていた。歓楽街にはφを連れた人たちが何かしらを飲み食いしながらフリをしていた。


 かつて天才と呼ばれた人たちの脳は一般人レベルとされ、日々新技術や新発見を繰り返し、そうかと思えば実は間違っていた、なんてことが起きトライ&エラーのお祭りである。

 世界の進むスピードは着実に速くなり、シンギュラリティが信じられていた時代はあの日を境に終わりを迎えた。

 天才たちに撤退の2文字はなく、かつて不可能とされた技術は1年以内に完成をみる速さで物事が進んでいく。


 スクリプトで読まされる文章は実に味気なく、こんな風に少しストーリー性を持たせて書き加えている。先日の樹の意見を受けて少しづつ試しているのだ。この世界から「感動」と呼ばれるものが消え、「心を揺さぶる」なんていう提携語はφを付けた連中が使うフォーマットになっている。


 公園のベンチでこんなことを書いていてもしょうがない、と思いゆっくりと立ち上がった。今日分からなかったことはまた樹や策に教えてもらわなければならない。樹たちは物知りでスクリプトに載ってないことをたくさん教えてくれる。樹は饒舌に、索は面倒くさそうにちゃんと教えてくれる。僕はその話を聞くのが好きで脳内メモリーに「保存」しておいてあとで再生するのだ。


 アジトへ戻る帰り道、ビルの隙間に何かが見えた。人型のようだ。CHがこんなところで寝るはずがない、ということは同じ単脳持ちか、と考えた。


 「おい、どうしたんだ?」

 ゆっくり近づいて声をかけると体を痛そうにして身をよじっていた。

 「悪いけど、助けてくれる……。足が挟まってしまっていて。」

 足のほうを指すと、ゴミ箱とドアの間に足を挟んでいてそれが抜けないらしい。体を動かすのもつらそうなので、ゆっくりと足を動かして外してやるとうぅ、とくぐもった声が聞こえた。


 「大丈夫か?歩けるか?」

 肩を貸して持ち上げようとするとこちらをちらりと見ると大丈夫、と自分で立ち上がった。

 「もう大丈夫よ、ありがとう。」

 といってもフラフラしながら歩くそいつは危なっかしかった。

 「フラフラじゃん、ちょっとこっち。着いてきて。」


 僕はそいつの手を取ってゆっくりと歩きだした。後ろから何やら声が聞こえるが今は無視しよう。樹や索たちに何言われるかわかんないけど少なくともこいつはCHじゃないことははっきりしているし大丈夫だろう、と予測を立てていた。



 「おー、椎名、遅かっ、、、た、じゃ、、ん……?」

 「マジ?」


 二者二様の反応を返してくれて僕も反応に困った。

 「えーと、たぶんCHじゃない。ビルの間に寝てたしね。でケガしてたから連れてきた。僕らと同じかなと思って。」

 


 アジト内に沈黙が流れた。後ろのこいつは何か言いたそうだし、樹も索もすごい微妙な顔をしている。

 「なぁ、椎名。そいつが何かわかってるか?」

 「何って?」


 その言葉を聞き、あぁと索がうなだれた。樹も上を向いて何かしらを考えている様子だった。

 段々いらだってきた。僕だけがわかってないみたいで2人だけ知ってる風な雰囲気だして。


 「あのね、椎名君…」

 「あのな、椎名。」

 後ろから声がしたと思えばかぶせて樹が僕に言った。




 「そいつ、φだぞ。」

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