インビジブル・ライン

夢見アリス

第1話 I know,

 a=1+1をこたえる際にa=2ではない人間とは話ができない。僕はかつてそう習った。次の日、僕はa=1と答えた。僕は"優しさ"の詰まった個別指導を受け、両親からもいたく心配され早いところ機械につないだほうがいい、と言われていた。





 「お前はなんだってできる。洗脳を受けたアホに一撃をくらわす。」

 僕を誘ったリーダー、いつきは自分の意志で天脳の接続を外したらしい。そんなことが可能なのか、と問うと「大事なのは感情だ。論理じゃない。」と回答が返ってくる。その答えが正しいのか正しくないのか分からないが樹の行う行動は概ね正しいように見えるからその答えも正しいのだと思う。


 「椎名はさ、何かしたいことがあるわけ?」

 さくはいつもストレートにそして急に話を振ってくる。今はわからない、と返すと「ふぅん」と興味が尽きたようにまた手の甲のチップから表示されるPCで何やら作業をしていた。




 世界は論理を受諾し、感情のアウトソーシングを図った。これが「ザ・チョイス」と呼ばれる出来事だ。世界中の優れた脳をかき集め、5年後Euaユーアと呼ばれる女神を造った。

 そこから各地を統治するための接続ハブとして日本人の約95%は天脳に接続され、旧世代の人間のいわゆる「天才」と呼ばれる部類の生産性と創造性を有している。

 これが椎名の知る限りの出来事だ。正確に言えば家にあったスクリプトをインプットしているだけにすぎない。椎名は椎名として生きるだけのナリッジを身につけないと接続された人間コネクティッド・ヒューマンに単脳だとバレてしまうからだ。そのため、家を出る直前あらゆるスクリプトを網膜インプットを行い、後に樹のところで出力したものをこうして「読み込み」している。


 「また暗記してんのか。相変わらずやり方が旧世代だな」

 樹は僕の背後からスクリプトをななめ読みし鼻を鳴らした。

 「いいだろ、僕の勝手だ。それにこうしないと脳が覚えない。CHのようには処理できないんだから。」

 CH、天脳に接続されればその脳の処理量爆発的に増加するが容量自体は決まっているため少しずつ脳に必要なものをレスポンスとして処理していく。

 「覚え方が違うんだよ。要はストーリーだ。いつ、何が起き誰が動いたのか。なぜそれが起きたのか。それを抑えれれば自然に覚えられる。」

 樹はいつも難しいことを言う。

 「そうは言ったってなあ。」

 「例えばなんで女神が造られたんだ?」

 「それは必要だったからだろ?」

 「誰が?」

 「人類が」

 その答えを聞くとあからさまなため息をついた。僕はイラっとしたが確かに別に人類みんなが望んだわけではないことぐらいはわかっていた。

 「あのな、椎名。人類みんなが「女神がほしいです」なんてポストするわけないだろ?いいか。女神が造られたのは世界の生産性のためだ。」

 「世界の生産性?」

 「旧世代ではイズムが高まりすぎて何をやっても差別だなんだといわれてきた。男が、女が、とセクシャリズムが横行し、自国の権威を上げようと躍起になるポピュラリズム、そんなものが無数にあった。」

 「そんなものが…」

 僕は自分の持ち込んだスクリプトには書かれていない出来事にがくぜんとした。旧世代の人間はなんでそんな馬鹿なことをしたのか、本気で聞いてみたくなるくらいだ。

 「本当に色々あったのさ。だけどある日限界が来た。どの学者・博士に聞いても意見が一致しちまうような出来事が。」

 「オーバーフロー…」

 「そう、世界の生産性は未来へ進むほど加速度的に低下し人は退化する、そんな未来が待っていることが分かったのさ。今考えれば当たり前だ。規定された範囲内のみで活動が許され、差別に目を光らせた差別主義者共が何人もいたんだからな。頭を使わなくなって当然だ。」

 「なるほど。」

 ある意味合理的だ。規定範囲内であれば生きてゆけるし何かを造ろうもんなら差別主義者とやらに捕まってしまうのだろう。決定された行動のなかで人は何を目的に生きていたんだろう、と僕は少し疑問に思った。

 「そこで考えた。もし、世界の有能な人物と同じ能力を人類が持ち合わせれば人は退化せずにむしろ進化するんじゃないか、と。」

 「そしてザ・チョイス。」

 「そうだ。世界通信が行われ、各地に配置されたシャトーと呼ばれる統治脳がその一帯の生産性の引き上げなどを管理した。日本で言えば天脳だな。」

 「なるほど。」


 僕の処理能力は限界のようでそれを樹は察したらしく、「こんな感じで覚えろよ」と言いどこかへ行ってしまった。





 モノ=シナプスで過ごす3年目の夏、僕はようやく世界を知り始めた。

 

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