アーバンコートの牧村
フカイ
掌編(読み切り)
「アーバンコートの牧村です」
「ヒルサイドスクェアB棟の吉川です」
生後半年の娘をつれて、区が行う乳児相談会に参加した。
生まれて間もない子ども達に日々振り回されている新米ママ・パパが多く出席していた。
わたしの住む部屋は再開発中の新興住宅地にあり、高層マンションが雨後のタケノコのごとく林立している。そういった物件を購入し、新しい人生を始めた若い夫婦が、ぐずる子どもを抱っこして、講習会に参加しているのだ。
講習会が一通り終わり、最後に参加者のコミュニケーションタイムとなった。
初老の良く太った女性スタッフに促され、カーペット敷きの広間に車座になったママ・パパ達がひとりひとり、簡単な自己紹介をして、今日の感想を述べる。
その時、わたしは奇妙な落ち着かなさを感じた。
「ブリリアントテラスの大山です」
わたしの隣の若いママも、そうやって自己紹介を始めた。
『ブリリアントテラス』も『アーバンコート』もすべて、マンション名だ。
彼女達は、自分の名前の肩書きに、自分の住んでいるマンション名を語っていた。
違和感があった。
簡単な自己紹介をするときに、マンション名を語ることに、だ。
わたし自身もマンション住まいだけれど、それを自分の名前の冠として、アイデンティティーを語る一部として使うなんて、わたしには考えられない。わたし自身が長く米国に住み、常に自己を確立することを是とする教育を受けてきたせいだろうか。日本人特有の、自分自身の所属先をアイデンティティーの一部と考える習慣に、昔から違和感を感じ続けていた。でもそれは、会社勤めが長い中年男性特有の習性かと思っていたのだが。わたしと同世代の若いママたちもそんなふうに自分を語ることに、わたしは唖然とした思いを抱いていた。
だが、コミュニケーションションタイムが終わり、会がお開きになると、その「マンション名肩書き」の意味がすぐに判った。
新興住宅地ゆえ、越してきたばかりの地縁のない人々の生活の知恵なのだ。ママ同士の横のつながりの薄い彼女達は、そのマンション名を聞き、自分と同じところ、あるいは近くに住んでいるママを見つけ、声を掛け合っていたのだった。
ナルホド、とわたしは思う。
そういう意味なのか。
わたしは自分の頭の固さを呪った。わたしだって、仲良くなりたいのに。子育ての不安を分かち合う、ママ友達が欲しかった。だからこういう場に参加していたのに…。
けど、それと同時に、そういうふうに自分を紹介してしまえる彼女達とは恐らく、心を打ち明けあう友達にはなれないかもしれないな、と思った。
きっと、そういう頭の固い女たちも、中にはいるだろう。
わたしは多分、そんなわたしに似た誰かとそのうち巡りあうだろう。
そんな風にわたしは思い、すやすやと眠る娘を抱いたまま、会場を後にした。
アーバンコートの牧村 フカイ @fukai
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