第六話 魔女の森のノアール

 間を置いて再び天使は言う。

「何用かと問うているのですよ」


 近くの少女は先程と変わらず、帽子の影からじっとエアリーを見ている。少女は一度、赤い瞳の天使を窺うように見てから再び顔をエアリーに向けた。


 帽子付きのローブは顔を隠すのには最適であったが、本人にとって邪魔でもあったのだろう。それを片手で跳ね除けて、首から上が露わになる。またも驚くべきことに、その瞳と髪の色は天使でも堕天使でも見たことがない漆黒の色をしている。


「あっ、あたし達は、この森の向こうにある堕天使の都に行きたい」

 驚きに気圧されながらも、ルウが上擦った声で答えた。


「都へ? なぜ」

「……塔に登るために、知りたいことがたくさんあるんだ。きっと塔のことを知っている堕天使だってたくさんいるはずだ」


「塔。今、塔と言ったの?」

 そう言って円卓に手をついて立ち上がったのは黒い瞳と髪の少女だ。ルウは構えた翼の向きを変えて、立った少女も天使と同様に警戒した。


「信じられないわ。あなた達、本当に母様の術を抜けてきたの?」

 突然目を輝かせて、少女は体を前のめりにした。


「私を迎えに来てくれたのね」

「なにを言ってるんだ」とルウは呻いた。


 エアリーにも分からなかったが、疲れと緊張で羽を抜きかけているルウの手をそっと止めた。


「塔というのは、あの贖罪と祈りの塔のことですか」

「うん」

「それが何を意味するのか、理解しているのですか?」

「分からない、今はまだ。だから行きたいんだ。あたしは翼が欲しいから」


 天使はルウからエアリーへと視線を移し、目を細めて見定めるような顔つきを見せ、それから顔を少女の方へ向けた。赤眼の天使は一度目を閉ざし、エアリー達に再度向き直って反論を許さない声色で言った。


「椅子にかけなさい」

 それは少女にも言った言葉なのであろう。


 天使の眼前に突如として複雑な紋が描かれ、エアリーはまた翼に伸ばしたルウの手首を優しく掴む。ルウは目の前の紋が複雑すぎて困惑した。危険はないと即座に察知したエアリーは、必要以上に編み込まれた紋を見て、天使がこちらの力量を測っているのだと推測した。


 小屋の隅に置いてあった丸太が宙に浮かび、形を変えていく。瞬く間に綺麗な四つ足と背もたれの付いた椅子となり、静かに床に設置された。


 ルウは茫然とそれを見てからたっぷり時間をかけてエアリーの方に顔を向ける。エアリーは一度頷いてから、出来立ての椅子を指さして、ルウの背中を少し押した。


 ルウはしばらく固まっていたが、逆らう意味がないとようやく察してエアリーの隣の椅子へ腰かけた。天使がこちらを殺そうと思えばいつでもできるという状況を飲み込むには抵抗があったけれど、揺るぎのない事実だった。敵意があってもなくても、目の前に座っている赤眼の天使にとってエアリーとルウは石ころ同然の存在に違いない。


「美味しそうな匂いがする」

 少女は隣に座ったエアリーを見てそう言った。ルウは天使に近い方へと腰掛けていたが、突然発せられた言葉に反射的に立ち上がった。

「エアリーを食べないで!」

 その叫びにエアリーも少女も呆気に取られた。


「何を言ってるの、あなた」

 少女は肩をすくめる。

「無礼にも程があるわ。私が小汚いあなた達を食べるですって? まずは名乗りなさい。私はノアール、良い匂いのするあなたの名前は?」


 問われたエアリーは、小汚いと言われて冷や汗にまみれている自分の姿を見た。けれどもそれがどうして良い匂いと表現されるのか分からずに、沈黙を深める。


「なるほど、あなたは喋れないのですね」

 と、赤眼の天使が納得したと言わんばかりに頷いて僅かな笑みを見せた。


「シャズ・シャロー。それが私に付けられた名前です」

 シャズというのは、古き言葉で賢者や賢人などといった意味を持つと、エアリーは思い出していた。旅団でも年齢を重ね知恵が回る者にそういった名前が付けられることが稀にあった。


 緊張の連続だったルウもようやく落ち着きを取り戻し、命までは取らないだろうと判断して深く息をつき、言い返す。


「色々と聞きたいことはあるんだけど、シャローとノアール、は、初めまして。あたしはルウって言うんだ。喋れないのはエアリー」


 エアリーはルウに紹介されるがままに頷いて、良い匂いと表現されたことに意識を集中させた。思考を巡らせるより先に自分の腰帯に結び付けられた草袋を注視しているノアールの目線に気がついて、まさかと思いながら香辛料と塩をまぶしてある巨鹿のもも肉の包みを開いて円卓に置いた。程よく熟された肉を目の前にして、またもノアールが円卓に両手をついて腰を上げる。


「母様!」

 シャローはノアールの反応に深いため息をつく。

「ノアール」

 シャローの戒めに、ノアールは歳相応というべきか妙にしっくりするほど落胆して見せ、椅子に座り直し、背を丸める。


「親子なの?」

 エアリーも同時に感じた疑問をルウが聞いた。親子そのものが珍しいわけではない。堕天使に男と女がいるのだから子も存在する。ただし、堕天使達を襲う両翼の天使に男を見たことがなかった。シャロ―が女で娘がいると言うのであれば、天使にも男がいるということになるのだろうか。


「天使にも、子がいるんだ」とルウは呟いた。堕天使に対して殺戮のみを繰り返す両翼の天使が子を育むというのは、どこか現実離れした話に感じる。


 その疑問に対してシャローは目を閉ざし答えようとしなかった。そしてシャローは立ち上がり羽織っていたローブを脱いだ。その下にも服は着ていたけれど、背からは確かに二枚の翼が生えている。シャローはやはり両翼を持つ天使だったのだ。


 シャローは特に表情を変えることなく、白い両翼を晒したまま再び腰掛けた。

 エアリーとルウの視線が今度はノアールへと向きを変える。


「ノアール、君も天使なの?」とルウが尋ねる。

「私が天使だったら、空を飛んでるわ」

 ノアールはどこか忌々し気に言ってローブを脱ぎ捨て、一枚しかない漆黒の翼を見せた。

「どうして翼が黒いんだ」

「呪われているからじゃない?」とノアールは淡々として言う。

 二人の注目を浴びているノアール本人は円卓へ置かれた鹿肉をじっと見つめる。


「少女達よ、あなた方の望みはこの森を生きて通り抜け、都を通り塔へ向かうことで間違いありませんね」

 立て続けに生まれる疑問をよそにシャローは場を改めるように尋ねた。


「う、うん」と、ルウはノアールを見ながらそう返答した。

「ここから二人で北へ抜けるのは自由ですが、ここまで来た時と同じかそれ以上の困難が待っています。私の紋である呪いの霧を避けては通れません」

「そんな!」とルウは声を荒げる。

「こちらの提案を受け入れてくれれば、呪いの霧は解きましょう」


 ルウとシャロ―が真剣な話をしているのは分かっていたが、エアリーは鹿肉と自分を交互に見るノアールの視線に耐え切れず、鹿肉の包みを円卓の中央に押しやった。


「母様、食べ物をくれるから焼いてくれと言っているに違いないわ!」

 ふう、とシャローは諦め混じりのため息をついた。


「エアリーと言いましたね、あなたは貴重な食糧を娘へ分けてくれるのですか。あなた方も気付いている通り、この森には動物がいないのでそのような食事はとても久しい。私達はずっと紋で育てた小麦のパンで生活していました」

「小麦のパン……?」とルウは首を傾げる。


 シャローは深呼吸してからノアールのように背を丸め、親子の証明のような仕草を見せてから、顔を上げて新たな紋を描いた。羽も抜かずにどうやって紋を操っているのだろうか。


 頭上の光球が深い緋色に染まり鹿肉を染め上げるように照らすと、油が弾けるじゅわっとした音と共に皮目へ香ばしい焼色が付いて、赤身が熱されて程よい薄紅色へなっていく。草布に肉汁が滴る。僅かな時間で炎も使わずに焼き上げられた肉からは湯気が立ち上り、じんわりと胡椒とローズマリーの芳醇な匂いが部屋に満ちた。食事を囲む独特の雰囲気が、エアリーとルウを安堵させる。


「この森は紋で作り出してあります。それはこの子を守るため……天使達にとってこの子は堕天使千人以上の価値があるのです。どうでしょうか? ノアールを塔へと連れて行くのならば森の紋は解きましょう。もちろん、旅路は長い。あなた方とノアールには天使だけではない多くの危険が訪れることになります。ノアールはずっと外に出たいと願っていました。もっとも、塔を目指すあなた方であればその覚悟は問うまでもない。何故ならば森の紋の呪いはノアールを導くに相応しい勇気と信念を持つ者だけしか通さないようにかけられていたのですから。この子と共に旅路を歩む意気はありますか?」


 問われたエアリーとルウはようやく、ノアールの「迎えに来てくれた」という言葉の意味を理解した。


「……仲間は多い方が良いのかな?」

 ルウはノアールを見て言いながらエアリーへ尋ねるような目線を送った。ここまでの話でシャローは信頼に値するとエアリーは思ったが、ノアールの黒い瞳からは不思議と何も感じ取れない。とは言え、森を出るためにノアールを連れて行く必要があるのならば他に選択肢はないように感じる。


 ノアールという者についてほとんど理解できずにいたが、集団で生活していた時も似たようなものだった。理解者などエアリーにはいなかった。


 ルウだけが今のエアリーの支えとなっていて、そんな仲間が増えるのは悪いことではないと考えて、エアリーは頷いた。


 シャローは自分の要求が受諾されたのを察知したようであったが、その表情はどこか寂しげでもあった。


 鹿肉を焼く光が収まり、絶妙に焼けた肉は草布ごと四等分に切断されて、それぞれの目の前に移動した。


「これが娘との最後の晩餐かと思うと、胸が詰まりますね」


 最初にシャローから感じた威厳ある物腰は消え失せ、四人は無言で食事を済ませた。銀色のナイフとフォークも出現していて、エアリーとルウは手を汚さないための食器としてシャロ―とノアールを見習いながら食べた。


 エアリーはシャロー自身も一緒に来てくれれば良いのにと思ったが、同行できない理由があるのだろうと思った。


「母様、私は彼女達と共に森を出て塔へ向かいます」


 ノアールは唇についた鹿肉の脂を舌先で舐めとってからそう告げた。シャローは静かに頷いて、両手でノアールの頭を探るように抱き寄せ「この子の旅路に祝福があらんことを」と言った。


 続く言葉がなくなったのを感じて四人は丸太小屋の外へと出た。両翼の天使が歩いている姿は本当に奇妙に思える。


 エアリーとルウが白みはじめた夜明けの空を見ながら北の方角を確かめていると、丸太小屋に宿った光がふと消えるのを感じた。周囲の漆黒の森がじわりと揺らぎだしたのを見て、魔女の森が本当に紋で作ったものだということを知った。


「こっちよ、エアリー、ルウ」


 ノアールは周囲を見て迷いのない足取りで駆けて行く。ルウは慌てて追いかける。見送るシャローの表情は平静を装っていても、エアリーにはあまりに痛々しく見えてすぐにその場を離れようという気持ちになれなかった。


 ルウを反射的に追いながら一歩二歩と足を進めるも、その度にシャローを振り返ってしまう。


「良いのよ、行きなさい。あの子を導いてあげてね。私の知識と力はノアールが引き継いであります、あなた達も学ぶのです。生きるために」


 別れの言葉だ。しかしエアリーは言葉の続きがあるのではないかと思って立ち止まったままシャローを見据えた。


「頭の良い子ね、エアリー。助言を与えましょう。私は見ての通り両翼の天使、けれど今は堕天使。どこまでも幸せで、どこまでも不幸な一生でした。けれど、天使がどうして天使で、堕天使がどうして堕天使なのかをよく考えなさい。天使が堕天使を殺すその理由、かの水晶が贖罪と祈りの塔と言われる真理に、あなたなら辿り着けるかも知れませんね」


 それがシャローの最後の言葉だとエアリーは思った。同時に、感じていた森の邪気が消えつつあり、肌に馴染んだ別の危機が自分に近づいていることも察知した。後ろ髪を引かれるようでたまらない思いだったが、エアリーはシャローに背を向けてノアールとルウを追いかけた。


 ルウとエアリーがノアールに追いついて背後を振り向けば、途方も無く巨大だった魔女の森は跡形もなく消え去っていて、渓谷に挟まれた小さな雑木林が見えるだけであった。


 夜明けの日差しに照らされてぼんやりと霧が残っているけれども、それも風に吹かれて流されてしまいそうだ。エアリーは魔女の森と呼ばれていたものが、本当はノアールの森と表現するのが正しいのではないかと思った。


「危ないわ。あそこの木の下まで行きましょう」


 空から迫る言い知れぬ悪寒が危機感を煽り、ノアールの言われるままに身を隠すことができる木々の下まで懸命に走った。その間に森も霧も完全に消えてなくなった。三人が振り返ると、豆粒ほどに小さくなるまで離れてしまった、四人で食事を囲んだ丸太小屋が見える。

 エアリーは巣立った場所を見つめているようで不思議な罪悪感を覚えていた。


 エアリーとルウは上空に朝焼けの光と共にいくつもの輝く流星が集まっていくのを見て思わず息を詰まらせる。両翼の天使達の象徴ともいえる矢と槍の穂先の煌きが渓谷の上空へと渦を巻いていく。屍肉を見つけて群がる白い鴉のように。


「エアリー、シャロ―は?」

 エアリーはルウの言葉に首を振る。シャロ―が危険を全て引き受けるつもりなのだとエアリーはやっと理解した。



 エアリーを見送ったシャローは魔女の森を構築していた自らの紋が解かれていくのを穏やかに眺めていた。娘であるノアールの存在を楔として維持していたのだから、これは必然だ。娘を守るために娘を閉じ込めることは正しかったのだろうか。娘のためにしたことの善悪さえ分からない賢者シャローは自嘲気味に笑みを浮かべる。


 シャローの頭上には既に千を超えるほどの天使が渦巻いていた。天使達は槍と矢を放とうとしている。


「紋よ、響け」

 シャローは一本の羽を抜いて紋を描く。紋が光り、シャロ―の両翼を輝かせた。雑木林がシャローの力に押されてざわめきはじめる。


「神よ、両翼の天使として生まれ堕天使に恋をした罪深き私をお許しください。いくつもの業を抱えながら今日まで生き永らえ、今から犯す多くの罪もお許しください」


 シャローは輝く両翼と両手を広げ、自分の上空へ集まってきた夥しい数の天使に向かって赤い双眸を見開いた。


「我がシャズ・シャローの名において全ての羽に命ずる、陣となり流星を落とせ! 私の命と共に同胞を神の元へ導け!」


 シャローに光が満ちて弾ける。豊かな両翼の羽は骨を残し全てが抜け落ちた。その羽は一瞬上空へと舞い上がり、渓谷全てを覆うほどの広さへ拡散して大地へと突き刺さる。翼を持ち生まれた者にとって全ての羽は持ち主の命と同義であった。文字通りシャローの全霊を込めた羽が数多の紋を描き、術は成立した。


「かけがえのない仲間と共に生きなさい、そしてかつて私が登った塔で真実を知るのです。私のたった一人の希望の子、ノア――」


 シャローは愛娘の名前を最後まで呼ぶことは出来なかった。

 空から放たれた天使達の矢と槍が竜巻のごとくシャローへ落ちて炸裂し、渓谷ごと崩壊させた。次の瞬間、シャローの羽の紋が発動する。紋は天使の力を増幅して跳ね返す。天使が自ら放った槍と矢、炸裂した力はそのまま天使へと反転して絶命させた。天使は火山の噴火のような反撃を浴びて一人残らず滅びた。



 天使達の攻撃とシャローの紋の衝撃は凄まじく、遠く離れたエアリー達のいる場所までも激しく揺らし、やや遅れて届いた轟音と土煙に三人は顔を伏せる。


 天使達の山を崩すような一撃を、シャロ―が命を賭して跳ね返したことが分かった。その光景はあまりにも壮絶で、ルウは膝を折ってその場にへたり込む。


「シャロー、そんな。あたし達を逃がすために」


 エアリーは両手で自分の肩を抱いた。自分の親の顔さえ知らないエアリーだったが、母というものはあれほどまでの強さを持つのかと心から震え上がった。


 シャローはノアールを託すことができる者達を何年も森で待ち続け、エアリーとルウはその役割を任された。贖罪と祈りの塔は未だ姿すら見えないというのに、そこに至るまでの途方も無い犠牲が垣間見えたような気がして、ルウとエアリーは目眩さえ感じたのであった。


 近くでぽつりと、黒髪を掻きあげながらノアールが呟いた。

「やっと死んでくれたわ、あのババア。元天使だけあって堕天使の紋とは比べ物にならない力ね。私にもあれくらいの力はあるのかしら……」


 横から聞こえた信じられない発言にエアリーは耳を疑って、ノアールへと振り向く。ルウはノアールの言葉に怒りを隠せず唇を震わせるも、わなわなとさせるのが精一杯で言葉が出るまでに時間がかかった。


「ノアール! お前の……お前の母親だぞ! 結界を解いたシャローは天使に狙われることを知ってて、あたし達を守るためにあんなことをしたんだ!」


「そうね」


 顔を真っ赤にしながら激高するルウの言葉に、ノアールは静かに返答した。その態度が更にルウの神経を逆撫でして、立ち上がったルウは昂ぶりのあまり足をもつれさせながらノアールに掴みかかろうとした。


 エアリーが慌てて間に入ろうとしたが、ノアールは黒い片翼を横になぎ払いルウを弾き飛ばす。単純な力任せの一撃ではない。翼に宿している天使の血の力をはっきりと感じた。吹っ飛んで地面に転がったルウを見下ろしてノアールは言う。


「あなた達、贖罪と祈りの塔に行くんでしょう? 堕天使だから行くんでしょう? あのね、あなた達がどうして堕天したか知らないけど、私は大地に堕ちた天使から生まれたせいで堕天使なのよ、分かる? あのババアから生まれたせいで私は堕天使なの、私は何もしていないのに。その辺りの理解が足りないんじゃないかしら。あいつはそれを負い目にあの森を作って私を守っていたつもりなんだろうけど、私は自由を奪われていただけ。あんな化物みたいな力に逆らえるはずがないじゃない」


 うんざりといった口調でノアールは続けた。


「塔に登ったら贖罪をしないといけないのよ。堕天した天使を親に持っているっていう罪もこれで過去形になって軽くなったと思わない? 私が塔に行くと決まったのなら、親として子のために命を投げ打つのも当然でしょう? あなたみたいに単純な紋しか使えない出来損ないはいつでも消し炭にしてあげられるけど、私これ以上罪を増やしたくないの、分かってくれる?」


 垂れた黒い前髪の間から覗くノアールの瞳がぞっとするほど冷たく光った。ノアールがその気になればエアリーとルウはひとたまりもない。


 ところが、ルウを射竦めていたノアールは突如として表情を明るく一転させて、エアリーの手を掴んだ。


「エアリー、あの鹿肉とっても美味しかったわ、あなたが作ったんでしょう? これからは皆仲良くして塔に行きましょうね! まずは堕天使の都で色々と調べるのよね、ほら、ルウもいつまで地べたに転がってるの?」


 ノアールは半ば強引にルウの手を引っ張って立たせるが、ルウもエアリーも表情が凍りついている。


 黒い森の魔女が仲間に加わり、旅は続いてゆく。

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エアリー ~贖罪と祈りの塔~ 水瀬はい @minasehai

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