接触-08

「あのぉ……何を探しているのでしょうか?」

 エルマがおそるおそる尋ねる先では、ヒューリンが書類を散らかしている。

「君にはわからないものだよ」

 冷たい雰囲気だが、時折自分の体を舐めるように見る視線が気になる。

「一応、文字は読めるのでお手伝いしようかと……」

 たしかに散らかっては居るが、ここは父の書斎。あまり荒らされたくはない。

「そうですか。それは殊勝な心がけです」

 エルマはやはり、確かめずにはいられない。

 衝撃爆薬は扱いが難しく、それでも世の中を豊かにするものだ。

 扱いの難しさは父親の知恵でなんとかなったが、より安全性を高めつつ、広めるためには、魔法省に衝撃爆薬だけでも委ねたほうが世のためになるかも知れない。

 しかし、もう一方を求めているとなると……

「それで、何を探せばよいのですか?」

「そうですね、朱雀香、と書かれている書類を探して下さい」

 嫌な予感ほどあたるというが、ここまで来ると恨めしい。

「子供に説明するのは難しいものです。なので、そう書かれているものを。もちろん、変な気は起こさないでください」

 しかし、なぜ魔法省がそれを――――?

「わかりました」

 そう言って薄暗く、オイルランプの乏しい光だけが頼りの書斎の中で、ヒューリンに背を向けて屈むエルマは、彼からの視線を感じる。

(明らかに――見てますね)

「魔法省はお香も調べるのですか?」

「いえ、そちらは私の希望です」

(油断してる? なら、いっその事――)

「オイルランプの油が少ないので、継ぎ足して良いですか?」

 エルマは油の入った瓶を差し出す。

「ええ、こちらもお願いします」

 言われた通り、手元の油を彼の近くのランプにも注ぐ。

 わずかにだが、甘い香りが立ち込める。

だし、引っかかってくれると良いけど)

 エルマは嗅ぎ慣れたその匂いに、僅かな期待を持つ。

 朱雀香に関する書類はすでに処分してあるので、見つかるはずはない。

 衝撃爆薬の資料は屋敷の反対にある、先程スラベルたちと隠れていた彼の部屋。

 時間は十分に稼げそうだ。

 やがて、甘い香りが書斎に充満すると共に、ヒューリンの動きが緩慢になる。

 それは、疲労からくるものではない。それほどの重労働を、彼はしていない。

 集中力が途切れ、ぼぉ〜っとする感覚が身体に広がり始めるのを、彼自身も感じている。

 これは……一体?

「あの、すいません」

 ヒューリンの視線が釘付けになる。

「この箱、重たいので、持ち上げるの――手伝ってくれませんか?」

 そこには箱に手をかけてかがみ、そしてゆっくりとお尻を上げたエルマが、艶しい光に目を潤ませてこちらを見ている。

 ヒューリンの中の何かが弾けて、鼓動が早まる。

「もう……こっちから行っちゃいますよ……」

 エルマの指がヒューリンに触れる。

(だ、駄目だ……今は任務中!! しかし、こうも私好みの体型に迫られると、理性が……)

「我慢しなくて良いんですよ♡ もうこんなに……なんですから♡」

 朱雀香、この世界の者はその名を聞くと、龍眠香のような固形物を思い浮かべる。

 しかし、その実態は――香油――液体状のものだ。

 先程エルマがオイルランプに注いだのが、まさしく朱雀香。

 そして、ヒューリンとエルマの身体に、その効果が現れた。

「早くしないと、誰か来ちゃいますよ♡」

 その一言がヒューリンの理性を壊す。だが、彼が伸ばした手の先には――――

「おまえ! まさか?!」

「大丈夫、だって。それに、僕は。問題はありません♡」

「いや、そうじゃなくて! やっぱりマズい! 画的にマズい! だからやめろ! いや、止めるな! あれ? 俺は何を? 俺は?! 俺はぁ?!」

「うふふっ、可愛い♡」


「心配になって来てみたっすが」

「お楽しみのようですね」

「でもいいんすかねー」

「棒読みで言われても、説得力がありません」

「そうなんすが、やっぱり」

 荒い吐息に、スラベルが耳をそばだてる。

「紺碧の姫にはマズいんじゃないっすか?」

「大丈夫、聞こえないフリをしています」

「それで大丈夫なんすかねー」

「信じる者は救われる、ですよ」

「ですかねー」

「それにしても」

 リュミが立ち上がって、書斎の扉から離れる。

「この杖は気になりますね」

 手に握られているのは、テルルが持っていた短杖ワンド

 その先には、サファイアのように藍く光る指輪が、はめ込まれている。

「魔法士はやっぱり、このようなものを?」

「かなりのお金持ちは、ですけどね。何でも魔力が上がるそうっすが」

 追い抜いたスラベルが、リュミの顔を覗き込む。

「なにも使わずにあの力を見せられると、にわかには信じられないっすよ」

「ふむ」

 そうつぶやいたリュミが、短杖ワンドを虚空へと突き出す。

 その先に、氷の礫が現れる。

「やはり、おまじないとか自己暗示の一種でしょう。特に変わったことは感じません」

「詠唱はどうっすか?」

「アレも同じでしょう。魔法名もです。確かに格好は着きますが、それだけですね」

「ま、短杖ワンドは高く売れそうだし、もらっておけば良いんじゃないっすか?」

「そうします」

(邪心の無い笑顔も出来るんすけどねー)

「でも、どうするんすか? 急いでこの国を離れたほうが良いと思うんすが」

「確かにその通りです。ですが、エルマさんのお答えを聞いていないので、それを待ってみないことにはどうしようもありません」

「やっぱり、連れて行くんっすか?」

「ええ、実はまだ、確かめたい事があります。それに衝撃爆薬は、使い方によっては強力な武器になります。それは、権力に渡ると厄介なことになる気がするのです」

「お父さんを探すとなると、危険度が高まるっすよ?」

「確かにそうです。が、私はすでに――」

 琥珀の目が遠くを見やる。

「……そこは同意見っす。アマルガ殿ってエルマさんの事だろうし、そうじゃなかったらお父さんの名前、なんとか男爵を探しに来たって言うはずっす」

「つまり、もう既に捕まっているか、もしくは――」

「でしょうね」

 スラベルも同じ思いを浮かべる。父のことを嬉しそうに話すエルマの顔を思い出すと、言葉には出来ないが――

「しっかしまぁ、魔法省の人間を2人も」

「スラベルさぁ〜〜〜〜ん!! リュミさ〜〜〜〜ん!!」

「どうしたんすか、エルマさ――――」

 スラベルが振り返ると、エルマがあられもない姿で駆け寄ってくる。

「ふ、服を着て下さい!! 服を!!」

「いえ! その! あの人が、二重の意味でしてしまって!!」

「テクノブレイク……ですね」

「なんすかそれ?」

意味です」

「あぁ……3人目、ってことっすね……」

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転生魔少女破戒録 無ーSAN @Muusan

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