Ⅳ.Calling

光か暗闇なのかが、曖昧で見分けのつかない空間を抜ける。

ここがどこなのかはわからないし、かと言って知りたいわけでもなかった。

ただ、暖かく心が落ち着くような場所だということだけは感じられた。


この海を越えると何があるんだろう。

そしてどこへ繋がっているんだろう。

このままどうなってしまうんだろう。


そして私は、一体誰なんだろう?

不安はもちろんあった。

ただ、不思議と怖いと思うことはなかった。



+++



「いきなり名前呼びとかハードル高そうなのに。○○さんってすごいね」



「○○ね、よろしく。あたしのことも△△でいいからね」



「いいも悪いもないよ。ただ、あたしは○○に笑っていて欲しかっただけで……」



「多分だけど。○○が男の子だったらあたし、惚れてたと思う」



声が聞こえる。

誰のものかは覚えてはいないけれど、懐かしい。でも、少しだけ遠い。

ただ、何故だかこの声のする方へ行きたいと思った。




「昨日はごめんね。途中で眠くなっちゃって。あれ以上は限界だったの」



「出た、●●の『頑張るつもり』。絶対頑張らないやつだそれ。まあ、あたしのほうからも根回ししておくからさ?」



「どうだったかな。うーん、そうだったかも?うーん、どうだったかなぁ?」



「あたしはノートって名前じゃありません。だから貸しません」



声が聞こえる。

段々と射してきている光が暖かい。でも、少しだけ眩しい。

この先を進むと、何かが待っているんだろうか。




「お誕生日、おめでとう!」



「さあ、いただきましょう」



「本当に、美味しい。美味しいよ……ねぇ?」



「○●……。どうして、どうしてここにいないの!」




強まるその光の眩しさに、急に視界がひらけたような、そんな感覚を覚える。

私はそれに負けないように目を見開いた。

瞬きすらも忘れて大きく。




「怜亜、声だけでいいから聞かせて……!」




君の声が聞こえる。

そうだ、その声は私の名前を呼んでいたんだ。

焦りにも、喜びにも近い感情が私を包み込むのを感じる。

そう、私の名前を……。

夢中でその声を追いかけていた。




**




『有希』

「え?何か今……?」

『有希、聞こえてる?』


「え、どこから声がしてるの?……そこに誰かいるの?」

『ここだよ!ここ!有希!』

「ひっ!だ、誰、どこ?誰なの?どこなの……?」

『あっ、ひどい~!もう私の声を忘れちゃったわけ!?』


「え……?え……?あたし、おかしくなっちゃったのかな?」


その場でしゃがみこみ、頭を抱え考えることをやめた有希。

すると彼女は深呼吸を始める。大きく息を吸い込んで、はあっと深く吐き出す。

それを何度か繰り返す。

しばらくすると、落ち着きを取り戻したのか立ち上がって辺りを見回す。


「怜亜?さっきの、さっきのってもしかして怜亜なの……?」

『怜亜だよ』

「本当に本当に本当に本当!?」

『私にもよくわからないんだけど、こんなことになっちゃった。あ、誕生日お祝いしてくれてありがとね。すっごく嬉しかった。

そういえばロウソクの数、一個間違えてたよ?』


有希はそれを聞くと思わず涙が込み上げてくる。


「れ、怜亜……!ええと、怜亜、怜亜!今、このあたりにいるんだよね?こっちに来て姿を見せて!」


『もう、それは無理みたい……。声というか精神?とにかく私の中身が、有希の心の中に入り込んでしまったと言うか……?』

「う、うん?怜亜が何を言ってるのか、全然わからないんだけど……。でも、また一緒、に……?」

『うん、いられると思う!あ、私の声が聞こえてるの有希だけみたいだから、あの二人には内緒にしておいたほうがいいかも』


「そうなの……?あたし達だけの秘密。ふふ、あたし達だけの……。それ、いいね」

『でしょ!……あれ?有希、どうして泣いてるの~!?私、変なこと言った?』

「何でだろう?……自分でもよく、わからないよ」




怜亜の眠るこの場所で。

広く晴れ渡る青空に向けた蝉達の声が高らかに響く。

夏の始まり。それは彼女の居ない初めての季節。

かつて二人で過ごした沢山の思い出が、浮かんでは消えていった。

溢れそうになる涙が零れ落ちないように、ぐっと堪え前だけを見据える。


「おーい!」


滲む視界の遥か先には、手を振る美奈と梓の小さな姿。

有希は何か決意をしたような表情で、二人に大きく手を振り返す。

そして、記憶の中で怜亜がしていたように笑ってみせる。


「二人分、楽しんでみる。やってみるよ。だからでちゃんと見ていてね?」


目を薄く瞑ると、胸に手を当ててそう呟いた。

そうして涙を拭うといつものように親友と共に歩き出した。

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Calling 夕凪 春 @luckyyu

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