Ⅲ.その声は届かない

眩しい光を潜り抜けるとようやく視界が元に戻る。そして次第にここがどこなのかを脳が認識をする。


「あれ……?ここって?」


学校のいつもの教室だった。その光景に怜亜はひとまず安堵した。

そうしていると有希が自分の席につく。


「有希!おっはよ~!」


彼女は反応を示さなかった。


「あ、あれ?ちょっとぉ~!」


またもや反応はなかった。まだ調子が悪いのだろうと怜亜は考えて、いったん彼女の元を去る。



「これが新発売のチョコなんだよ。ようやく昨日見つけてね!」

「……そうなんだ。くれるの?」

「何個欲しいんだい?」

「しいていうなら、全部」


「二人ともおっはよ~!」


「いやいや、強欲にもほどがある!」

「でもわたし、育ちざかりだから。ばくばく」


二人は怜亜には一切目もくれずに通り過ぎて行く。

そこへ有希がやってくる。


「お、有希。そろそろかな?」

「うん、お願いできる?」

「わたしにおまかせあれ」


何かの相談が終わると三人は教室を出て行く。


「え、あれ?なんで……?ちょっと待って!」


取り残された怜亜は三人を追いかけていった。



**



有希の家に着くと部屋のドアは既に開いていた。そのまま怜亜は入っていく。


「ねえ。ねえ!」


三人は何かの準備をしていて忙しそうにしている。


「おーい!おーい!」


彼女の声は一切届いていない。


「どうして無視するの?私何かしたかな?謝るからお願い、何か言ってよ」


「梓、それ取って」

「はいどうぞ」

「ん、ありがと」

「ミナ、そこ違う」

「うわっ、マジだ」


無視をされ続けた怜亜は相当苛立っていた。

他でもない親友に相手にされていないという事実は、彼女にとって十分に堪えるものだった。



「何で皆無視するの!友達だと思っていたのは、私だけだったみたいだね!」



怒りに任せた言葉を叩きつけると、怜亜は部屋から飛び出して行く。

耐え切れずそのまま廊下でうずくまり、声をあげて泣いた。


そうしてしばらく泣き腫らした後。


「怜亜が……」

「うん……」

「……そうだね」


確かに彼女の名前を呼ぶ声が聞こえた。

それを耳にすると、心のどこかで三人を信じていた怜亜は、勇気を振り絞って再び部屋へと戻っていく。

外はもうすっかり暗くなっていた。



**



『お誕生日、おめでとう!』



クラッカーの音が大きく鳴り響き、紙吹雪が元気よく宙を舞い踊る。

華やかに飾り付けられた部屋には白や赤、緑などのライトが点在し、ピカピカとその存在を主張している。

テーブルには手作りと思しきケーキや料理、ジュースなどが並んでいた。

ただ、ケーキに立てられたロウソクの火は誰にも消されることはなかった。

わずかに揺れるそれを、この部屋にいる者達はじっと見つめている。

この場を支配するのは静謐せいひつのみ。

それは誕生日というイベントにはおよそ相応しくない光景だった。


「さあ、いただきましょう」


か細い声がついに沈黙を破り、場の再開を促した。


「うん、旨い」

「……わたしが作ったんだからとうぜん」

「本当に、美味しい。美味しいよ……ねぇ?」


各々がその感想を口にするが、すぐに俯き黙り込む。

その空気に耐えられなくなったのか、一人が口を開いた。


「……もう、いいだろ。こういうの。

 私達がしんみりしてるのをあいつが見たら、きっと!」





緊張の糸が切れたかのように有希はそれに続いた。


「怜亜……。どうして、どうしてここにいないの!」


(私はここにいるよ)


「レアは。この部屋にかくれてて、わたし達をおどかそうとしている。

 そしてサプライズをするの。わたし達はそれをまってるの」


(ここにいるってば)


「もう、やめろ!いないんだよ!怜亜は、怜亜は……!」


(だから、私はここにいるって!)



三人は大きな声を上げて泣き崩れる。

それぞれが口々に怜亜の名前を呼んでいた。


「怜亜、声だけでいいから聞かせて……!」


思わず怜亜は三人に、有希に触れようとしたが、体がすり抜けてしまいそれは叶わなかった。

目の前に立ってみる。顔を近づけてみる。誰一人とも目が合わない。

よく見てみると怜亜の体はうっすらと透けていた。


(何、これ……?)




突然のフラッシュバック。

――赤信号を無視した乗用車が交差点へと突っ込んでくる。

けたたましくクラクションを鳴らしたその先には、ヘッドライトの光を浴びて立ち尽くす怜亜の姿。




(ああ、そっか。私……。だから、声が誰にも聞こえなかったんだ……)


部屋を見回してみる。ふと目についた写真立ての中で、怜亜と有希が並んで笑っていた。


(これ、私の誕生日会だったんだ。そういえば、盛大にやろうって……。皆、約束覚えていてくれたんだね)


三人を優しく見つめる。


(馬鹿だね、私。あんな酷いこと言ってごめんね)


親友達を抱きしめる。それはもう手の届かないものだったけれど、それでも抱きしめる。


(良かった。私、一人じゃなかったんだ。ありがとう皆、大好きだよ。ありがとう――)

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