Ⅱ.Merry-go-round

眩しい光を潜り抜けるとようやく視界が元に戻る。そして次第にここがどこなのかを脳が認識しだした。


「あれ……?ここって?」


怜亜は知りうる限りの記憶を遡る。そこはどうみても、過去に通っていた中学校だった。

ここで考えていても仕方がないと思ったのか、彼女は歩を進めていく。

もしかするとこれはただの夢なのかもしれない。

足元のふわふわとした、それは自分の足が地についているかも分からないような不思議な感覚。

彼女にはどうにも、現実にいるような心地がしなかった。



懐かしい廊下を歩いていると、1-Aの教室が見えてきた。そこは怜亜と有希が初めて出会った場所。

怜亜はその教室に入ってみることにした。ガラガラと扉を開くとそのまま歩き始める。

中には誰もいない。しかし自分の座っていた席に腰掛けると、彼女は自分の目を疑う事になる。


「へ……?えー!?」


大声を上げて席を立つと、周りにはクラスメイト達が着席をしていた。そしてその声の主をまじまじと見つめている。

担任の教師がその様子を見て口を開いた。


「浅海さん。急に立ち上がって、どうかしましたか?」

「え、あ!寝ぼけていました~!」

「新学期早々からこれじゃ、先が思いやられるわねぇ。皆はこうならないようにね?」


どっとクラス中から笑い声が起こり、えへへと怜亜は頭を掻いた。

確かにさっきまでは誰もいなかった。どういうことだろうと彼女は考えていた。



「浅海さん、だっけ」


後ろから声が聞こえる。振り返ると有希が頬杖をついて怜亜を見つめていた。

間違いなく有希がここにいる。

ただ一つ今と違う所があるとしたら、彼女の姿は中学時代のままだと言うことだ。


「有希……!」


彼女がわずかにピクリと反応した。


「いきなり名前呼びとかハードル高そうなのに。浅海さんってすごいね」

「えっ!あ~!ごめん、麻生さん!」


慌てる怜亜を見て、ふふっと有希は笑う。


「いいよいいよ。こっちも名前で呼ぶから大丈夫。ね、ええと……」

「怜亜!怜亜だよ~」

「怜亜ね、よろしく。あたしのことも有希でいいからね」



怜亜には既視感があった。

これは確かに以前したことのあるやり取りだ。

そして彼女は今起こっている現象をやっぱり夢だと思うことにした。

それにしては妙に生々しい感覚こそはあったが、そこは気にしないようにした。



**


それは確か三年生の時の事。



「ねえねえ怜亜。怜亜は好きな人とかいないの?」

「えっ!?い、い、いないよ~」

「そうなんだ。このクラスかな?」

「だから、いないって」

「ここは違うのね。じゃあB組かな?」


ガシャーンと派手に筆箱の中身をぶちまける怜亜。

床に転がったシャープペンシルやカラーペンがおどけて笑う。

有希はなおも良い笑顔で続けた。


「で、B組のどの子かな?教えてみなよ」

「な、なんでわかるの~!?えっと……田中君っていうんだけどね。あの、サッカー部の」

「……あー、わかった。田中君格好いいしね。なるほど、怜亜はああいう感じが好みなんだ」

「う、うう……話した事もないし、多分私のことなんて知らないよ~」


有希は手紙のようなものを差し出した。


「そこでこれ。ラブレター作戦だよ」

「ら、ラブレター作戦?」

「そう。まずは好きってことを、彼に知ってもらわなくちゃいけないよ」

「いきなりそんなの無理~!」

「無理じゃないって。自分で気づいてないと思うけど、怜亜って結構可愛いんだよ。男子達がそう話してるのあたし、聞いたことあるし」

「えぇ~!?嘘だ嘘嘘」

「あたしが怜亜に嘘なんてつかないでしょう?」


有希はじっと怜亜の顔を覗き込んで言う。

恥ずかしそうに怜亜は、赤みを増していく顔を両手で覆った。


「ほら可愛いじゃん。もっと自信持ちなって」

「もう、からかわないでよ」



**



「ダメだった。好きな人がいるんだって」

「……そっか。ごめん」

「有希がどうして謝るの?」

「ほら、色々焚き付けちゃったし。あと……」

「あと?」

「一つ嘘ついてた。あたしも田中君のこと気になってたんだ」

「嘘……」

「だから、本当にごめん」

「……有希は私の気持ちを知ったから。私に気を遣って諦めちゃったってこと?」

「……それは、その」


有希は最後まで言葉が紡ぐことができずに俯いた。

そんな彼女に怜亜は立ち上がり、声を振り絞る。


「ふざけるな、ふざけないでよ!」

「れ、怜亜……?」

「『後悔がないように思いを伝えろ』って言ったのは有希だよ!ねえ、有希はそれでいいわけ?」

「いいも悪いもないよ。ただ、あたしは怜亜に笑っていて欲しかっただけで……」

「だから、私を言い訳に使うな!有希はこのまま、したままで先に進めるのかって聞いてるの!」


怜亜はすでに泣いていた。当然失恋のショックもあるのだろう。

ただそれ以上に、彼女は有希に対して本気になって怒っていた。

それは普段怒りの感情を見せない怜亜が、初めて見せたものだった。


「……じゃあ、あたしはどうすれば後悔しないかな」

「そんなの簡単だよ、今からフラれに行こう!」



当然の事ながら有希も玉砕をした。

ただ彼女は雲一つない澄み切った青空のような、そんな表情をしていた。


「絶対に見返してやる!フッたこと後悔させてやる!」

「その意気だよ!ほら、有希は可愛いし!」

「あ!こ、こいつう!」


鼻をすすりながら笑い合う二人。


「でも、ありがとね」

「うん?」

「多分だけど。怜亜が男の子だったらあたし、惚れてたと思う」

「あはは、何それ~!笑える!」

「いやいや本当にね」



**



「あれ、ここは……?」


次に怜亜がいた場面。それは高校の一年の教室だった。

中学の時と同じように周りには気配はない。


「ということは……えい!」


思い切って着席をするとまたもやクラスメイト達が現れた。

さすがに怜亜もこの空間のルールに慣れつつあった。



「怜亜。ちょっとちょっと」

「どうしたの?」


肩をつんつんとされる。

有希がこれと言わんばかりに何かのプリントを見せてきた。

そこには何も書かれてはいない。念のため裏面も確認する。

やっぱりまっさらな白紙というやつだった。

怜亜は少しだけ考えると


「もしかして、あぶり出し的なこと?」

「ごめん、間違えた。こっちね」


別のプリントを手渡される。

そういえば有希は時々抜けていることがあったなと、怜亜は思い返す。

そこには遠足の案内などとあった。


「なんだ、遠足かぁ~!」

「それでね、班を決めるみたいなんだけど。あたし達でまず二人でしょ。それから、チカちゃんとミドリちゃんで」

「四人になるね」

「で、あと二人誰かいないかなって話になってるんだけど」

「二人かぁ。……あ!いるかも~?」

「良かった。じゃあ怜亜、声掛けといてくれるかな?あたしちょっと先生から呼び出し食らっててさ」

「え、また~?わかったわかった、任せて!」



有希と分かれ怜亜は後方の窓際の席へと向かう。

そこでは美奈と梓が向かい合って何かをしていた。


「……だから、ここの方程式はこうすればとける」

「ごめん、良く分からなかった!もう一回頼む!このとおりだ!」

「どのとおりなのか、今すぐせつめいして」

「That's street!」

「それは、『そのとおり』だから。はいやりなおし」

「That's street! This! This!」

「……そこはいじらなくていい」


「やっほ~!あ、勉強中だった?」

「浅海さんか!That's street!」

「ん、ストリートがどうかした?」

「Oh, yeah!!」

「海のいえ~い!」


怜亜と美奈は軽快にハイタッチをする。


「浅海さんも乗らなくてだいじょうぶです。

 これの言うことは、特に気にしなくてもんだいないので。こんにちは」

「えっとね。遠足の班決めってあるじゃない?あれってどんな感じ~?」


ぴたりと二人の動きが止まる。


「な、なんだと!?」

「……それは初めてきいた」


それは好都合とばかりに怜亜は頷いた。


「こっちさ、実は二人足りないんだ。合流しない~?」

「私は構わない、というかぜひ頼むよ!」

「……わたしがはいってもいいのなら」

「何言ってるの、全然おっけ~だよ!」


ここで、唐突に美奈が頑固親父のように腕組みを始める。


「あ、やっぱりダメだ」

「ええ~!?」

「条件がある!これは絶対だ!」

「またおかしなこと言い出した。とりあえずきいてあげましょう」


「私達を名前で呼ぶ事!そしてこちらも名前で呼ぶ!」

「なんだ、そんなことか~!わかった!他の人にも言っておくね」

「ありがとう怜亜。苗字呼びは他人行儀で、なんだか苦手なんだよね」

「怜亜さん。わたし、ふつつかものですが……」

「梓ちゃん、美奈ちゃんよろしくね」



**



「有希、インフルだったみたい。しばらくは学校、来られないって連絡あった」

「絶対安静がひつような案件」

「おおい、マジかぁ……」


これは、この間の……?


「今日は怜亜の誕生日だってのになあ。さすがに有希抜きってわけにもいかないよな……」

「それはいちりある。でもレアの……」

「二人とも落ち込みすぎだよ~。私のなんていつでもいいって!」

「じゃあ、皆揃ったら改めてやるってのは!いっそ盛大に教室でも貸切にするか!」

「それはナイスなアイデア」


なんでこの場面が?なんでなの?


「いやいや、盛大すぎるよ~!?ていうか、そこまでされると逆に恥ずかしいというか……?もう高校生なんだし!」

「まあ、それは冗談だけどさ!とりあえず今日はクレープで前祝いをしよう!」


嫌。何か嫌だ。これは夢なんだから早く、醒めて!


「……じゅ、じゅる■」

「やった!私苺とチョコのやつにする!むっふふふ□▲」

「いいぞいいぞ、特別に一人二個までなら許そう■○□▲」

「……っ!はい、ミナせんせー。ソレハ、オ○□■○□▲」

「ぷくくっ、やめろ!なんでそこだけ片言なんだよ!とにかく、有希には悪いけど今日△●○□■○□▲」





―ブツン


ここで視界はブラックアウトする。

音もなにもない真っ暗な世界に、怜亜はたった一人取り残されていた。


「どこなの、ここは……?有希、皆。助け……」



そして、彼女の意識は深い海へと落ちていった……。

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