エピローグ

第16話 エピローグ ~見送り~

「帰ったのか?」

「ええ、無事にね。それにしても随分と無茶したものね。あれは賭けよ。最悪、彼ら二人があちらに戻ってすぐ、怒りに飲まれたあまり、殺すことだって……」

「無いよ」


 アイツの墓石の前に立ち、少し離れた場所を眺めていた俺は、見送った・・・・ことについて質問する、一人の神秘的な美しさを放つ少女にため息混じりに回答した。


「へぇ? 随分自信ありげじゃない。本当は大嫌い、だったんでしょう?」

「嫌いだったよ。でも多分俺、それと同じくらいあの二人が好きだったんだと思う。いや、実際のところはどうだったのかな。よく……わかんねぇや」

「好きだった。でなければ、貴方が託せないはずだもの」


 少しビジネスライクというか、すました表情で俺の感想に反応したその少女は、押し黙った。

 そして少し俯いていた顔を上げたときには、思いつめた表情をするものだから俺は息を飲んだ。


「ごめんなさい。貴方の……《婚約者》を奪う結果となってしまって」

「もう、いい。終わったことだし覆らない。良かったのかもしれない。アイツは俺にとって大切だったけどさ、いつの間にかその思いは、俺を縛り付けていたんだ。違うか。思い出をそんな鎖やら呪いやらに勝手にしたのは、俺の物の見方によるものか。でもこれで、少しは前に進めそうだよ」

「……そう」


 俺がそういうと、少女は少し安心したような顔をした。彼女もどこか、肩の荷が下りたところもあったのかもしれない。だから……


「なら、お前と会うのはこれが最後か。さっきは怒鳴っちまって悪かったな」

「えぇ、本当はこうして何度も会うのも、社の規約違反に抵触していたのだもの。怒鳴られるのは構わないわ? 怒られるのは……もう慣れているし」

彼に・・……か?」


 俺は言ってやった。この件は今日で終わり。

 その為にヴィルヘルムやリヒャルトに思いを伝えた。この件にかかわっていたのはこの二人だけじゃない。この神秘的な少女、《調整者》もそうだった。


「じゃあ私はこれで……」

「チョイ待ち」

「……何よ?」


 だから、終わらせてやる必要があった。この少女に対してもだ。


「これまでいろいろ有難うな。お前はお前で、いろいろ大変なんだろうが、仕事、頑張れよ? まぁ、ほどほどに」

「はぁ、何で貴方にあのバカの事、話しちゃったんだろ。それじゃ、しっかり生きて美味しい《因果律》を育ててね。有難う」


 彼女が目下、現在心を砕いていることに、集中させてやることが出来るように……

 少女はそれだけ残し、やがて空気に自身の体を溶けさせるように消えていった。


「あ、課長ですか? 先日お話頂いたお見合いの件ですが。え? いや、受けるといいますか、ちょっとリハビリを……あ、いえ、別に怪我したわけじゃないですよ!」


 三人・・でアイツの墓参りに来た。途中で四人・・となり、今、一人・・になった俺は、墓地にも関わらずに携帯電話を使用しながらその場を立ち去った。


 本来は一人で来るはずだった墓参り。

 そう、本来この場にいるのは三人でもなく四人でもなく、一人のはずだった。だから一人で歩く俺は、正しい本来の形に戻ったのだと、そう感じた。


 本来の形だけじゃない。この三ヶ月を通して、俺は何処かアイツに依存していた人生世界から、自分の人生世界を取り戻した気がした。


 なら、精一杯生きなければならない。

 異世界でも調整者でも、自分の人生世界を精一杯生きる彼らに、俺が恥ずかしいと思わないように……





「孝之~朝だぞ孝之~」

「う、ううん」


 至福のひと時。惰眠を貪る、週末の朝……となるはずだった。


「あぁもう! 起きんか孝之っ!」

「ぐっふ! ごあああああ!」


 高々と、跳躍を見せて降ってきたボディスラム。布団を挟んで見事に俺の腹に命中し、それが悲鳴を上げさせた。


「何しやがる! テメェ!」

「今何時だと思っているのだ? もう日は出ておるぞ?」


 思わず俺は飛び起きるが……


「まだ6時じゃねぇか!」

「もう6時だ! 普段の余ならとっくに朝食も済ませておる。お前は、余を飢え死にさせる気か?」

「あぁ、じゃあ……冷蔵庫に牛乳と卵が入ってる。キッチンに食パンもあるから適当に……」


 起こしたその理由の、あまりのどうでもよささに再びベッドに横たわって……


「な、ならぁん!!」

「ぐはぁっ!」


 再度ボディスラムを食らってしまった。


「余に一人で飯を食えというのか!? しかも朝食を余自身で支度せよと!?」

「大の大人が、んなことで興奮してるんじゃねぇよ!」

「見損なったぞ孝之! それに余の朝食は、孝之が作ったものでなければならん! 孝之と共にでなければならんのだ!」

「なんでそうなる!」


 これは、二度寝不可能……ルート・・・だ。

 たまらず体を起こした俺は、俺に向かって声を張り上げる存在に目を向けた。


「し、視線が怖いぞ孝之」

「あぁ?」

「余とそなたの仲ではないか……」

「あぁぁぁぁぁ?」


 視線の先、それは……


「ハァ……何だって、しかもこのキャラクター・・・・・・がウチに来たのか。っていうか俺もなんで家に上がらせた?」


 己の両手人差し指同士をツンツンと突き合わせ、涙目で俯いている、だけど、超絶美形な若者。

 きめ細やかな白い肌に、艶やかな金色の長い髪、翠石すいぎょく色の瞳。


「『ほどほどに』って言ったけど。おい《調整者》、お前ちゃんと仕事してんのか?」


 完全無欠の美しさを誇るのに絶賛情けない彼を前にし、俺は天井を見上げて知り合った《調整者》の少女に向かってソラで恨みをこぼした。


「駄目なのだ」

「ん? 何が」

「孝之は余と朝食を取らねばならんのだ。その責任がある」

「責任って……なんだよ」

彼女・・は最近リヒャルトとヴィルヘルムに付きっきりになってしまったから。孝之がそうさせたのだろう?」

「否定はしないが、だからと言って俺がお前に飯作って、一緒に飯食って、養ってってそこまでする責任はないと思うんだけどね」


 寝起き、しかも無理やり起こされたこともある。

 おずおずとものを言う美男子の雰囲気を見ると、自分では分からないが、なかなか穏やかじゃない顔をしているようだった。


「だから余は、孝之としばらく暮らしてみたいのだ。余たちを虜にした彼女。その彼女の人間性は、きっと大きなところで孝之と共にあったから形成されたこと」


 ……やめてほしい。

 背はやっぱり高くて、だから良くついた筋肉も気にならないほどに華奢な目の前の彼が、悩ましげな顔をするのは。


「その、孝之のどこが、彼女のその部分を作ったのかを知りたいし、それは余が国に帰ってから、彼女と付き合う一助となる」

「はぁ……」


 基本、あのゲーム・・・・・の登場人物は、女性プレイヤーの98%を墜とすくらいに魅力出来だから……同じ男であっても、やっぱり魅力は伝わってきて、変な気分になりそうだ。


「それに、この世界を・・・・・余は気にっておるからな。政から離れ、心安らかに居られる」

「おい、それお前が一番言っちゃダメなセリフ」

「この世界には剣もないし魔法もない。この国は戦もなく血も見ない。平和だ」


 いろいろ、このキャラクターを説明するための感情は、作品公式ブック・・・・・・・にはあるらしいが、俺が表現するとしたら馬鹿、というだろう。


 だけど最後の言葉が、悔しいことに心の琴線をはじいて、だから起こしてきた彼にイラついていた俺も、言葉を失い、彼を眺めるにとどまった。


「剣のただ一振りで千を滅し、魔を召喚すれば万を滅ぼす。《災厄の麗王》が、平和主義者で実は本心がこんなに幼稚とはね」


 記憶の中で、アイツ・・・がコイツのルートでプレイしたところを思い出した。

 冷酷で残虐。今、アイツがいるであろう王国が、大戦のさなかにあったころ、その前線に常にたって居たコイツは、幾多血を浴び、数多くの屍をその足で踏んできた。


「……どうなのかね。こんな馬鹿王も、やっぱりあの世界に戻って、自分の本来の世界に立ち返ったら、また、冷酷非道な支配者として生きざるを得ないのか」

「孝之~何か、言ったか?」

「何でもないよ。なんでも」


 ……ゲームメーカーは、とんでもない作品を、世に解き放ってしまったようです。

 あれだけウザいと思っていた俺すらも、一人一人の立ったキャラクター設定と、そのギャップによるショックから、その評価を思いなおさせてしまうくらいだから。


「……冷蔵庫に牛乳と卵があるから……」

「た、孝之! そなた余の話を」

「台所に用意しておいてくれない?」

「孝之っ!」

「チーズもあるから、チーズオムレツとトートストにしよう」

「孝之~!」


 残念だが、俺が貪れる惰眠はここまでらしい。

 布団を剥いで立ち上がり、パジャマのままキッチンへ。


「ばっ! 引っ付くな!」


 起きたら起きたらで、一緒に飯を食うなら食うで、だがやっぱりコイツはうざったらしい。


「ふふぅん、やっぱり孝之はぁ~余の見込んだ男だっ!」

「てか抱き着くな!」

「だけど孝之、余は……カレーが食べたい。甘口が良い」


 傍を通ったら、腕にしがみ付いてきた

 通り過ぎたら……後ろから飛びつき、首に腕を回してきやがった。


「子供かっ! しかも朝食にカレーって!」


 いくら顔が良いからって、男に、朝っぱらから抱き着かれて、背負いながらってのはさすがに酷。


「クソッ! なんでこっち跳んできたのがお前なんだよっ! どうせならリヒャルト君とかヴィルヘルムが良かったのに!」

「あぁっ! 唯一の心の友である余に、なんということを!」

「だれが唯一の友達だっ!?」

「余にとっての唯一の友だからだ! あちらの世界じゃ王として戦場を駆けずり回った余には信頼できる部下はいても友人は一人として……」

「そういうことっ面と向かって言うんじゃねぇよ! 反応しずらいじゃねぇか!」

「それに、まだ余は帰らんぞ! 彼女の心を余の物とするためのそのヒントを得るまでは。余に帰ってほしければ、彼女を婚約者としたとき、交際をした時、どう攻略したのか、隅から隅まで話すことだ!」

「攻略法なんて、付き合った時考えもしなかったよ! ってかなんで俺がお前の、俺の元カノ攻略を手伝うキャラになってんだよ! おかしいだろ! 元彼が元カノ攻略用助っ人キャラって。つか……このゲームの攻略対象はお前なんだよっ!」

「それまでは……もっと親交をお互い深めて行こうではないか。心友?」

「あぁ! リヒャルト君! ヴィルヘルムっ! カンバーック!」

「たぁかぁゆき~!!」


 わぁわぁ、ぎゃあぎゃあ。

 立ち上がりとして、賑やかな週末を演じるには上々か。


 リヒャルトとヴィルヘルムと別れたその帰り、俺はマンションエントランス前の駐車場縁石で、膝を抱えて打ち捨てられた子犬のような目をしたコイツを拾った。


 拾ったのは大間違いだと思う。が、何となく、拾わざるを得なかった。

 そんなことを思いながら、もう一月が経つ。 そういうめぐりあわせなのかもしれない。


「じゃあこういうのはどうだっ! 余に協力してくれたら、孝之には我が国の綺麗どころ紹介しよう」

「お、マジ!?」


 アイツのこと、二人に託した俺は、本来思うべきじゃないのかもしれないが、実のところ少しだけ安心したところはあった。


「マジマジ」

「そっかぁ、綺麗どころかぁ……って、簡単に跳んでこれないだろうが。お前がここに来たのだって自分の魔力プラス、国王権限使って国中の魔力総動員して実現させたくらいなんだろう」


 ゲームの中では完全無欠の、今俺が飼ってるコイツも、アイツの前ならきっと馬鹿なところを見せてくれるから。


「あ……で、では、なにかないか孝之。勿論私だってタダとは言わん! 心友からの恩に対して、礼の一つそれなりに……」

「いいよ。期待せずに待ってる」


 アイツのことを理解してくれる者が増える。そういう意味ではいいことだし、何よりコイツはバカだけど、悪い奴じゃないというところから、きっとヴィルヘルム同様、アイツを大切にしてくれる。


 なんだかな。変な矛盾。アイツにはもう会えなくて、だがそんな会えないアイツといつでも今後会えるような奴に塩を送る真似をしてる。


 リヒャルトも、ヴィルヘルムも、二人ともアイツのことを深く愛していることは俺も知っている。だから託した……けど、その中にもう一人、この馬鹿王を放り込んだら、彼らへの裏切りになるだろうか?


 全く……たまらない。

 悔しくてしょうがない……のに……


「そうだ。だったら早く元の世界に帰ってくれぇ? 進んでる縁談がある。相手とはまぁまぁいい感じだけど、お前がいちゃ、おちおちこの家離れてデートもできない」

「縁談? 政略結婚か? 孝之が名家の出身とは知らなかったが」

「物事を何でもかんでもネガティブにつなげんなよ。どんだけ元の世界じゃお前、敵ばっかなんだよ」


 今の俺は意外と、あの作品やあのゲームのことを、以前のように憎むこともなくなったし……


「あぁ、早く帰ってくれぇ。じゃないと縁談逃して結婚できず、アイツと暮らすために買ったこのローン地獄の2LDKマンションが無駄になる」

「余がおればよいではないか!?」


 実は、結構……楽しかったりする。

  



 
















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まさかの俺が逆ハーレム!? 可愛い義弟、美丈夫従者と共同生活始めました。 キャトルミューティレート @mushimaruq3

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