第15話 そして当日 ~なぁ孝之、僕は……お前が好きだったよ?~

「この世界からじゃ、俺の手じゃ、お前達の世界にいるアイツに届かない。だからさぁ、意気消沈しているところ悪いんだが、お前達にはシャンとして貰わなきゃならないんだ。いいか? お前達しかいないんだよ」


 自然と、手に力が入ったのが分かった。


「俺はな、ずっとお前達が嫌いだった。ヴィルヘルムもリヒャルトも嫌いで、んでもってお前達の世界も大嫌いだ。アイツがゲームにハマッていた時から、あの世界を選んで姿を消した今の今まで」


 強く握りすぎて肩が痛むのか、次に二人が見せた貌は苦悶だった。


「だから俺は絶対に、お前達の協力の申し出を断ることにした。強がりだよ。この世界のアイツをお前達のゴタに巻き込み、そこから生まれたいろんな出来事で雁字搦がんじがらめにしたお前達と、『俺は、違うんだぞ!』とそう思いこめるように振舞っていた」

「孝之……」


 体が熱くなった。なんとも女々しい話だ。

 大の大人が、男が、女取られたことでここまで性根腐ったことしくさったのだから。


「俺はな! 自分のことを自分でやってきたんだ! 仮にもし傍らに未来を詠める者がいたとしても、俺は、自分の力だけで何とかしてやる! なのに、なぁんでアイツは、お前達とあの世界なんだろうなぁ……」

「違います……」

「だからさぁ、お前達しかいねぇんだよ」


 おかしな感覚。体は熱くなったのに、脱力が著しく、俺は両の膝をいつの間にか地に崩していた。


「本当は、お前達をあの部屋に監禁したかった。お前達と瓜二つの顔絵、姿絵が描かれた代物が数え切れないほど置いてある、お前達にとって狂気でしかないあの部屋に閉じ込め、現実を目にすることで壊れていくお前達を、俺は見たかった」


 生ぬるい風が吹く。沈黙が俺たち三人の周辺を支配した。


「でも、それは出来ない。俺の手が届かない以上さ、『アイツを助けてやりたい』って思いは誰かに託すしかねぇんだ。いろんなキャラがいる世界。でも俺は、実際にともに過ごしたお前達二人にしか、期待できない」


 もう、ここまでぶっちゃければいいだろう。

 少しスッキリしたこともあった。後は、彼らの判断次第だが、俺はアイツのためにやれることはもうほとんど全てやれたような気がした。


 後、一つだけ、大事なことさえ言えれば、もういい。そう思えてきた。


「もう……俺のアイツ・・・・・じゃなくて良い。アイツの心が、お前達の物になるなら、それでも構わない」

「違うんです孝之殿。お嬢様は……」

「だからあの世界でただ一人、異世界人であるアイツを、守ってやってくれ。頼……」


 地に着いた両膝。そのまま俺は両手も地に、頭を下げようとして……


「「お任せを!」」

 

 片膝立ちの二人に止められた。

 

「僕たちを……憎んで当然だ。孝之」

「リヒャルト……君?」

「今更です。私は、貴方の私達への気持ちを知っていましたから」


 顔を上げる。それぞれの片手で、二人で俺の肩を挟み、俺に頭を下げさせなかった。

 

 リヒャルトは決意の篭った瞳で、これまでで一番真剣な瞳をしていた。

 ヴィルヘルムに関しては、慈しむようでいて、苦しそうでそれでも優しい顔を向けてくれていた。


「お前達……」

「そろそろ……いいかしら、お三方?」


 そんな彼らの表情に息を飲んだ俺は、予期せぬ声を耳にした。


「その二人を迎えに来た。これ以上戻らないと、あちらの世界が止まったままだから」

「アンタは……」

「止まったままだとね。因果律の流動が滞り、あちらの神が困ることになる。あちらの《神》というシステムが持ち崩れれば、それは私たちにとっても大問題。分かるでしょう? 前に説明をしたんだから。孝之」

「……その時が来たってことか。間に合ったんだな」


 声のほうを振り返った。腰抜かすほど美しく、神秘的な少女。

 それは俺にとって、幾ら憎んでも足りないほどの、すべての元凶だった。


「迎え。やはりことわりから外れていましたか」

「ヴィルヘルム・ヴァン・ブリュンシュタッド、貴方ならこうなることは分かっていたのでしょうね。だから、本当は孝之から話して貰う事を急いでいた。その為に、この世界に来たのだから」

「分かっていた? この世界に来たのが……ヴィルヘルムの自由意志によってのものだってのか?」


 姿を現した美少女の、ヴィルヘルムの言に対する淡々とした言葉を聞いて、俺は声が漏れた。


「聖魔帝国、《アイエンバフィンライヒ》の喪われた第三公子。亡くなった長子、次兄を凌ぎ、他の異母兄弟を抑えて特に濃く先代皇帝から魔力を受け継いだ貴方が、力を使いことわりを超えてこの世界に来たのは、一度、《夢見》によって彼女・・の夢に入ったから。違う?」


 ヴィルヘルムといえば、苦々しげにその声を受け止めて……諦めたように息を吐いた。


「私は、お嬢様の夢で、孝之殿が心の深いところに強くあることを知っていました」

「俺が、アイツの……嘘、だろう?」

「断片的な記憶やお嬢様の妄想だったから、この世界の全容は見えませんでしたけどね。まさかお嬢様が強く念じた『帰りたい』という思いを辿って、リヒャルト様と共に参ったこの場所が、私たちにとっての異世界だとは、初め思いませんでしたが」

「だからお前たち、初めて会ったときに俺の名前を……」


 俺の話を聞いて、彼らが話を繋げることが出来たように、それは俺も同様だった。


「大きな戦いは終わり、すべてが良い方向に向かっていったはずなんだ」

「はず? リヒャルト君、それは……」

「でも姉様だけはそうじゃなかった。『もう自分は必要ない』とそう言って、部屋に閉じこもってしまった。表舞台から姿を消し、何かに恐れるように自分の心を閉ざした。目に見えない壁があるというか、人を遠ざけて行ってね。とうとう、義弟の僕や使用人のヴィルヘルム、姉様にとって近しい存在すら受け付けなくなった」

「だから私がリヒャルト様に提案したのです。閉ざした心の中で、お嬢様が縋りつく唯一の思い出、存在に力を貸してもらうことを。それが、貴方だった」


 そしてそれは俺にとって、晴天の霹靂だった。


「孝之殿、貴方……」


 晴天の霹靂で、それについぞ気づくことができなかった俺自身の馬鹿野郎具合は、反吐が出そうになるほど。


「お嬢様に愛されていた。他の誰よりも」


 ヴィルヘルムが継げた言葉。それは俺の心を揺さぶった。


「なぁ孝之、僕は……お前のことが好きだったよ?」

「ッツ!」

「お前は僕たちを嫌いだと言った。実際にそうなのだろうし、僕たちが孝之だったら同じ事を思う。でもね、僕はそれでもお前が好きだ」

「何を言って!」

「あぁ、やっぱり姉様が愛した人だったんだなぁって、一緒に暮らしてそう思った」

「やめろよっ!」

「孝之……」

「ウルセェ! さっさと帰れ!」

「孝之殿……」

「帰れつってんだろうが! 《調整者》! 早くコイツら何とかしろよ! お前! 今の空気も分からないくらい頭悪ぃのか!」


 心が苦しくなって、体が熱くなる。

 視界がぼやけたのを感じ取った瞬間、俺はまた感情のダムが決壊するのを確信したから、声が張り上がった。

 もう、二人に視線はやらない。背を……向けた。


「わかった。コチラ……そう、聞こえる? ええ、よろしく頼むわね。転移完了後一報を頂戴。少しだけ彼と話してから帰る。安心しなさい? 私は大丈夫だから」


 見られてしまう……から、情けない顔を。


「「貴方に敬意を、そして感謝を」」

「憎むべき僕たちを、今日まで受け入れてくれて」

「その私達に、私達が愛す、貴方が愛した方を託してくれて……」

「行っちまえぇぇ!」

「「ありがとう」」


 背中から聞こえる優しい声に、ついに俺は振り返ることは無かった。

 また、あの三ヶ月前に聞いた稲妻のような音。


 そうして俺は、彼らが、この世界からいなくなったことを知った……

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