第14話 そして当日 ~お前達しかいないから~

「両国の戦は休戦となり、その中心にいた士帥しすい達は停戦の要となったお嬢様の元へと集まりました。今は休戦に至ることで端を発した諸問題について彼らが論じている状況」

「ヴィルヘルム、もう一度言う。あいつは……」

「一人、部屋に篭りきりなんだ。朝も昼も夜も、食事にだって手をつけている様子は無い」


 ここまで話してきて、やっとリヒャルトが言葉らしい言葉をつむいできた。


「『ここにいたる結末までは知っている。でもここから先、どんな未来が来るか何も分からない。どうすればいいかなんでもう、《予言さきみ》することも自信をもって決めることも出来ない』なんて言って……」

「そっか……そうだよな。知っている未来はすべて過ぎ去った。だからこそ、何が起きるか分からないあの世界での人生の船出は、まぁ、これからってことなんだろうよ。それを異世界で。なら、怖いだろうな」


 手を合わせて目を閉じる。だけどそれはただの演技だ。

 実際に祈っていないからこそ、拝むような格好で話を続けた。


「今の話を聞いて、お前達はアイツをどう思うようになった?」

「どう……思う?」

「気持ち悪いか?」

「ッツ!」


 目をつぶっていても、その沈黙に怒りが混じるのを感じられた……から、目を開いた。不謹慎承知で笑ってやった。


「良かったよ。いや、良くは無いか。でも安心した」

「孝之、お前は何が言いたいんだ! 全てを見通したようなことを言って! 見透かした目を僕たちに向けて!」

「坊ちゃん、落ち着いてください!」

「見透かすか。俺は二人とはあくまで他人だぜ? 生きてきた環境も違うから本当は分かってやれないことは多い。だけどな、推し量ることくらいは出来るさ。俺もそう、たぶんヴィルヘルムも」


 激情を見せるリヒャルトに冷静なヴィルヘルム。


「どうなんだろう。それが大人って事かな」

「孝之殿、この状況で茶化しますか? 続きを」


 見れば見るほどいつも思う。彼らは、いいコンビだ。

 ここではコンビ、あちらでは、主従なのかもしれないけど。


「いつか、お前達は元の世界に返る。そんな気がする」

「それは……」

「いや、帰らなきゃならない。そうじゃなきゃ、お前たちの世界が、お前達の世界としての仕事が出来ない」


 そのとき俺はあることをし忘れたのを思い出し、持ってきた袋の中から日本酒とビール、そして米菓を取り出し墓前に供えた。


「帰った後に、お前達二人の、アイツに対する目が変っちゃうのは困るのよ」

「その変化とは、私達が作られた存在であることを知ったが故の、これまで信じてきたもの全てが覆ったことによる絶望で……ということですか?」

「そういうこと。でもね、だから言ったのよ。ヴィルヘルムが毎日作ってくれた、あのダシがものすごーく効いたウンマイ味噌汁は現実だったってな」


 墓前に添えて、やっと二人に向かって振り返った俺の前に立つのはやっぱり美丈夫と美少年だ。

 うつむいていた。ショックがありありと伺えたから、とりあえず、両手を彼らそれぞれの肩に置いてみることにした。


 触れられて、ツイッと顔を上げる彼らの心細げな表情は胸を苦しくさせた。


「お前達にあの部屋を見せたくなかったのは、お前達が作られた存在だと分かってしまわない為。俺はお前達の考えを全て分かるわけじゃないが、それでもさ、相当なショックを受けるくらいは予測つく」

「でも、現実は……」

「あぁ、バレちまった。『リヒャルト君どうして部屋入っちゃったのー』とか、『何で好奇心持たれてるかもしれないことに気づかないのー』とか。ぶっちゃけ君に言いたいことはあったけど、それ以上に鈍感な自分がムカツク」


 「ムカツク」という言葉使ったからか、目に見えてリヒャルトの瞳に怯えが走ったように見えた。


「二人はとても頭がいい。君達の世界で、何にでも先んじて予言してしまうアイツの元の世界に転移した君達が、この世界で見聞を広め、そして真実に気づいたとき、それまでお前達が見えていたアイツの見方が変っちまうのが、俺は怖かった」

「怖かった? それは、どうし……」

「お前達しかいないから」


 ここまで言って、激しい脱力に襲われた気がした。

 「あーあ、遂に認めちゃったよ」みたいな諦めにも似た感情が、それを口にした俺の背に、どっと圧し掛かったように感じた。

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