第13話 そして当日 ~アイツは……今、あちらで何をしている?~

「ただ、俺が飲んだお前が作ってくれた味噌汁は現実だったよ」

「……何を……言って……」


 花立ての水を捨て、中を布でぬぐってまた残りの水を捨てる。

 動きを止めてしまったら、今の重い空気に呑まれてしまうと思った俺は、とにかく細かい物にも気づき、丁寧に対応することで、あくまでながら・・・で対応するようにした。


「あの部屋は、もともとアイツの部屋だったんだ。この作品の大ファンでさぁ。グッズから何から収集して悦に入った気持ち悪い笑い声あげてやがんの。一緒に暮らしていたってのに。九割九分九厘作品のことばかり考えてるようなやつでさ。残りの一厘は俺の稼ぎにしか目が向かないんだよなぁ」


 墓石に注目しているから、位置的には彼らに向けている背。

 そこには二人分の眼差しが刺さっているような気がした。


「『おい、そこ! 婚約者を前にしたときくらいその話やめろよっ! てか、情けないんだからな!? ゲームのキャラ如きに女とられるのって!』なぁんて言ってたらさぁ……マジでとられてやがんの。お前たちの世界に、その中のキャラクターであるお前たちに」

「孝之……殿?」

「何度か、この世界にも返ってきたことはあったよ。初めは楽しそうだった。でも三、四回目くらいからかな、アイツの真剣な瞳は、言葉も必要としないほどに、アイツがあちらの世界の存在となってしまったことを俺に知らしめた」

「孝之殿……」

「お前たち数年をアイツと過ごしたって言ったじゃん? でもこの世界では、それはたった3か月のこと。想像してみてくれよ。例えば一週間ぶりにあったアイツはさ……二年分老けてやがんの。『一緒に歳取ろう』なんて約束したくせにさぁ。俺を……その意味でも置いてきやがった」


 一通り、墓は綺麗にした。撤去した花の代わりに、今日の為に持ってきた花束を花立てに挿す。


「最後の別れだ。アイツが、大火の中に身を投じるときにな、俺に言ったよ。『お前たちの世界は作られた世界をモデルにしたのかもしれないけど、それ以外はすべてリアルな世界だった』……てな。『事実は小説より奇なり』って言えばいいかな。どんどん選択肢を望んだ方へ進んだあいつは、ソレとともに、把握していた今後おきるであろうさまざまな問題を予測し、解決した」


 そして表面張力いっぱいになるほど、柄杓を用いて水を墓石のタメに流し込んだ。


「分かってなかったんだなぁ。お前たちの世界は現実の世界で、シナリオをすべて踏破しようが、別にエンディングがやってくるわけじゃあないって事に。物語の終焉じゃない。その後の人生があるってところまで、多分意識は回っていなかった」


 後は、線香を灯して、墓に備えるだけ。

 俺は煙草用のライターで火をつけて、アイツの墓に供えた。


 そして……


「アイツは……今、あちらで何をしている?」 


 手を合わせて目を閉じた。


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