第14話(最終話) 振り返れば
「話は承りました。マジックアイテムの変更には一週間掛かりますので、その間に変更したくなったのであれば、お早めにお願いします」
俺は『我が社』にて例のお姉さんから了承を得た後、またあの「良い日を~」を聞きながら外に出て、トボトボと歩みを進める。
「はぁぁ…」
自然と溜息が漏れた。
しかし、これはサラやパフやこの理不尽な異世界に対してではなかった。
この世界を去って、パフと結婚し、日本へ帰還する決定を下した自分に対してだった。
別に間違ったと思っているわけではない。
ただ、正しいとも思っていなかった。
俺をここまで惑わせるのは、今朝ここに来るまでに聞いたサラの言葉と、その時サラが浮かべていた表情だった。
『私はタクトが幸せだと思うなら、別に文句を言うつもりはないわよ。そのために私ができることなら何でもするわ』
こんな純粋なセリフを微笑みながら言った後、少し悲哀そうに視線をずらすそのサラの姿が、俺の脳裏に焼き付いて離れない。
「なんて顔してるのよ、タクトったら」
声の方を見ると、そこにはパフがいた。
「あんたさ、少し落ち着いて考えなさいよ」
「どういうことだよ」
「あんた、サラがどうして朝にあんなことを言ったのかわからないんでしょ?」
「え?」
何を言い出すんだ、パフは。
「これ、何かわかる?」
見ると、パフの手には見覚えのある固形物があった。
それは紛れもなく本物の、俺が無駄遣いをしたと嘆いたアイテムだった。
「マジックアイテムじゃねぇか!!」
*
「常喜さーん!!」
俺は常喜さんのもとへ駆け寄りながら、常喜さんを呼ぶ。
俺はミッション達成で新たなマジックアイテムを得ることはできなかった。
しかし、常喜さんは自らのそれを使わなかったらしく、パフの話によると彼はそれを俺にくれるとのことだった。
「常喜さん、こんなの受け取れませんよ」
振り向いてキョトンとしている常喜さんに、俺はマジックアイテムを見せる。
「あぁ、そのことですか。わざわざ付き合っていただいたお礼がしたいんです。どうか受け取ってください」
「お礼なんていいですよ!それに成功に導けなかったわけで、受け取ることなんてできないですって!」
「違いますよ。自分のわがままに付き合っていただいたお礼ですから」
「だから、いいですって。常喜さんが今後使いたいときにぜひ使ってください」
そう言って、俺は常喜さんにマジックアイテムを返した。
「わかりました。では、今使わせていただきます」
「え?今ですか?」
「はい、そうです。僕は鈴木さん、あなたの仲間になりたいんです。そのためにマジックアイテムを今ここで使わせていただきます」
「待て待て待て。いや、そんなことのために使うなんてもったいないですよ」
俺たちの仲間になるためだけに使うなんておかしすぎる。
「自分にとって、あなたとの会話はそれほど楽しかったんです。日本のことなど思い出そうにも、こちらの世界では日本人の方は僕が日本人男性だと聞くと、罵声こそ吐けど誰も相手にしてくれなかったんです。それが僕は本当に悲しかった。今回も仲人の方が日本人の男性と聞いて不安だったんです。でも、鈴木さんは違った。僕は鈴木さんとこうしてこれからも楽しくお話をしたい」
いつもならば「なんか勘違いされそうなのでやめてください」みたく返していただろうが、とてもそんなことを言える空気ではなかった。
それくらい、彼の言葉には誠意が詰まっていた。
「わかりました。自分も楽しかったですし、そういうことなら自分も覚悟を決めないとですね」
「覚悟?」
俺はすぅーっと息を吸うと、一気に吐き出すように言葉を連ねる。
「俺は常喜賢人の友人いや親友でありたい。これからもこうして俺のわがままに付き合ってくれるか?」
彼はハッとした表現を見せると、口角を上げてこう返す。
「それは口調も含まれるのかい、鈴木拓斗?」
「当たり前だろ」
俺はニッと笑みを浮かべながら、異世界で出会った日本人の親友と右腕を組み交わした。
*
「どうにかこうにか、仕事復帰はできるようになったみたいだが?」
俺はサラとの関係を解消させた後、本人へそう尋ねた。
結局、俺はサラとの繋がりを断つことだけにマジックアイテムを使い、この世界に残ることにした。
「戻るつもりはないわ。別に未練があるわけではないし。それにあっちに親しい人はいないもの」
あっちとは、『我が社』のことだろうか。
「そっか」
「同僚は同僚って線引きしちゃってたしね。でも、こっちではパフが話を聞いてくれるし、それに……」
語尾を弱めると、俺の目を見つめてサラは照れたように髪をすく。
おい、この流れってもしかして……、
俺とずっと一緒に…的なやつか?
「それにこっちだと、よく寝れるのよね!」
「………………………」
サラはサラだった。
パフにだったら通じるはずの『流れ』というものが一切通じない女だということを忘れていた。
「はぁぁ…。お前、ホントに寝るの好きだよな…」
俺は呆れながらも、その言葉にサラらしさを感じた。
期待外れからの気持ちの整理を溜息に任せると、俺は顔を上げてサラに手を差し出す。
「じゃあ、これからも一緒に梅福停でバイト生活ってわけだな。今後もよろしく」
「何よ、改まって。まあ、いいけど。タクトと一緒だと安心するからよく寝れるし」
「……え?それってどういう…」
「だから、私、タクトが近くにいないとよく寝れないのよ。まあ、タクトはすぐに起こしてくるからそこはイラッとくるけど」
「いやお前、俺がいないところでもぐーすか寝てただろ」
「だって私がどこかに連れて行かれても、一定範囲を越えると私はタクトのもとに瞬間移動させられるし、それに……」
なるほど。
確かにそれはそうだな……。
……そうだけども、それだけで安心するか?
というか、連れてかれるってなんだよ。
「……それに、私にもし何かあってもタクトがどうにかしてくれるでしょ?」
「…………………ほえ?はぁあぁあ!?!?」
俺は一瞬で頭がフリーズするも、顔を真っ赤にさせるほどの熱りですぐに元に戻……
「お、おまっ、おまっ、な、何言ってゃややがる!!!」
……らなかった…。
ヤバい。
とてつもなく顔があっつい。
パフはいつもこうなってたのか。
「タクト、なんで慌ててるの?あぁ、なるほど。私のセリフに少しドキッとしたのね。もう、タクトったら、可愛いわね!」
くそっ、なんでこんな時だけ当たるんだよ!
いつもは的外れなことしか言わないくせに!
「ち、違うわ!!そんなわけないだろ!!」
「嘘をついても私にはわかるわ。タクトは、私がタクトに見捨てられるって考えてると思ったんでしょ?そんなわけないじゃない。タクトが私を見捨てたら、それはタクトにとってマジックアイテムの無駄遣いになるもの」
「……………………」
やはり、サラはサラだった。
俺の認識はその程度だったのかよ!
なんとなく予想は付いていたけどさ!
それに、無駄遣いになるだけで助けになんか行かねぇわ。
「お前を失いたくないから、助けに行くんだよ!」
「…え?なにそれ。私を失いたくない?」
ミスった…。ついツッコミ感覚で口に出してもうた。
「………………」
「ねぇ、何で黙るの?もしかして、見捨てる気だったの?いくらタクトでもそんなことはしないわよね?私を置いてけぼりにして他の人のとこにすぐ行ってしまうタクトでもさすがにそこまでは……」
「おいコラ、やめろ。なんだその失言は!間違っちゃいないが、勘違いさせるような言い方をするな!」
まったく…。
そういう被害妄想の甚だしいセリフは、男の方が誹謗中傷を食らう羽目になるんだぞ。
「じゃ、じゃあ、タクトは私のことを助けに来てくれるの?」
はぁぁ…。
これはもはや他に選択肢がなさそうだな…。もうなるようになれだ。
「そうだよ。もうサラも俺の…、いや俺たちの仲間なんだから。無駄遣いなんて理由じゃなく、大切な仲間を失いたくないから助けに行くんだ」
「ホント?それ、ホントにホント!?私が犬に襲われても、魔王に連れ去られそうになっても本当に助けに来てくれるの!?」
「あぁ、本当だよ」
って、ちょっと待て。
「今、何て言った?魔界の王様の名前が聞こえた気が…」
「そうよ。私、魔王に狙われているから…。だから、犬と魔王の活動が活発化する夜は怖くて寝れないんじゃない」
夜行性の魔王なんて初めて聞いたわ。
それに、なんで魔王に連れ去られる恐怖と犬に襲われる恐怖が同列になってんだよ。
というか、ずっと疑問だったんだが、この世界に魔法ってあんのか?
「もうこの世界に来てから随分時間が経つというのに、まだまだ分からないことがあるな…」
「それも異世界旅行の魅力じゃない?」
俺を異世界召喚させた奴が、それを異世界旅行とか言いやがって…。
文句を言いたくなったが、いつものような溜息は出なかった。
俺は口角を上げると、サラにこう声を掛ける。
「それじゃ、行くか!!」
「うん!!」
俺は日本に帰ることを拒んだ。
それも、この隣にいる的外れなことばかりを言う女一人と別れないためだけに。
俺はそう思っているのだが、メンタリスト並みに俺の心中を言い当てるパフによると、俺がこの世界に留まったのはそれだけじゃないらしい。
まあ、言われてみればそんな気がしなくもないが。
俺も物好きなもんだ。こんな禄でもない世界を選んじまうんだから。
でも、俺は決めたのだ。
だからこそ、決めたのだ。
俺はこの世界で生きていこうと。
サラたちとこの世界をエンジョイしていこうと。
たとえこの世界に残ることに後悔しようとも。
『振り返ればあの時ヤれたかも』と思うとも!!
振り返ればあの時ヤれたかも 吉城ムラ @murayoshi
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