第11話 私もまだまだ未熟だな
リタが退出したあとの艦長室。ヴァネッサとロベルトの二人は、テーブルに横たわった端末に視線を向けていた。
「また平手打ちかと思いましたよ。僕は」
「馬鹿者。私がそうそう、手などあげるものか」
ロベルトは小さく笑いながら席を立ち、身体を伸ばしながら壁に飾られた写真を眺め始めた。
「リタなら一人でも行きますよ。絶対に……」
「……だろうな」
ロベルトの言葉に、息を吐きながらヴァネッサは答える。その後、豪華なデスクの上に設置された通信機が呼出音を鳴らし始めた。ヴァネッサはすっと立ち上がってデスクへと回り通信機のボタンを押した。
「──艦長。補給作業完了しました。次の進路は如何しましょう」
通信機からは副長のメリッサ少佐の声が発せられた。その音声の後ろからは、僅かに補給艦の汽笛の音が聞こえてきた。
「分かった。進路についてはおって指示を出す。今は待機だ」
「了解しました──」
その短い返事のあとすぐさま通信は終了し、ヴァネッサはボタンから手を離す。
「さて……サーフェイス大尉」
ヴァネッサは短く息をはいて、ロベルトへと視線を向けた。
「整備を急がせろ。一時間後にブリーフィングを始める」
「イエス、マム──」
ロベルトは返事とともに敬礼をする。そしてすぐさま踵を返して扉への前へと向かって立ち止まる。
「本当は知ってたんじゃないんですか?」
「……なんの事だ?」
「リタの調子を戻す為に、わざと見せたんじゃないんですか? そうでなきゃ、わざわざ呼ぶ必要も無いでしょう?」
ロベルトは半分ほど振り返ってヴァネッサを見た。ヴァネッサはその視線に答えることは無く、静かにデスクに添えられた豪華な椅子へと腰掛ける。
「さて、どうだろうな……」
ヴァネッサはロベルトの追及から逃れるように、デスクの上に幾つものディスプレイを展開させていく。一時間後のブリーフィングで打ち出す作戦の為のデータに目を通していく。
「とにかくだ。空の上であいつが張り切りすぎないように、見張っておいてくれ」
ヴァネッサは素早く視線を動かして資料を読み込み、次々と手を動かしてディスプレイを操作していく。そのまま声のみをロベルトに向けた。
「えぇ、分かってますよ──」
ロベルトはそれを見守りながら僅かに微笑みながら答えて部屋から立ち去っていく。扉の開閉音以降、艦長室は静寂に包まれる。
ヴァネッサには確信があった。
リタに確認させるまでもなく、送られてきた数列の意味にも気が付いていた。リタと同様にヴァネッサにとっても、あの日の惨劇は記憶に刻まれていたのだ。
「ふ……あそこまで見透かされているとはな」
ヴァネッサは手を止めて、僅かに笑みを漏らしながら一人呟いた。
ここ数日、艦内の空気は沈んでいた。リタだけでなく、クルー全体の士気が低下しているのは明らかだった。まだ半年程度とはいえアヴェルは既にこの空母の乗組員の一員、パイロットなのだ。お互いに命を預け合う仲間を失う事は、誰にとっても耐え難いものだ。それがリタには顕著に現れていた。そのまま空に上がれば、撃墜は免れない。それだけは避けなければならない。その為の行動だ。
「私もまだまだ未熟だな」
ヴァネッサは背もたれに体を預けながら天井を仰ぐ。天井の向こう側、灰色の水平線の先、これから向かう場所に居るとされている人物へと思いを馳せる。
「迎えに行くまで死ぬんじゃないぞ……アヴェル……!」
そう呟きながら、ヴァネッサは静かに拳を握り締める。
閃光のマリアージュ 毛糸 @t_keito_k
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