第10話 行きます
アヴェル機の残骸が発見されてから数日が経過。艦内の悲しみも癒えないまま、空母スレイプニルは果てしなく続く灰色の海を切り裂きながら進んでいた。
「現在時刻一五〇六。
「少し早いか……。バーク中尉。機関停止、アンカー下ろせ。副長、各乗組員に補給を準備を進めさせろ」
シュミット少尉の報告に、ヴァネッサが艦橋内に指示を飛ばす。それに応じるように操舵を任されていた士官がコンソールを操作し、副官のメリッサは艦内にアナウンスを流し始める。
「シュミット少尉。周囲の状況は?」
「レーダーに感なし。目視ともに補給艦の姿は見えません」
「……これなら少し休めそうだな」
ヴァネッサは艦長席に深く腰掛ける。両側の肘掛に腕を投げ出して、深く息を吸って深呼吸する。ヴァネッサが心を休める時にするお決まりの姿勢だ。この姿勢の間は、艦橋内の緊張も僅かながら和らいでいく。
「外の空気でも吸われますか?」
リラックスするヴァネッサに、メリッサが声をかける。その声に視線だけ返してヴァネッサは口を開く。
「それもいいな。だが私よりも、まずはパイロット達が先だ。こんな時でもなければパイロットは休めんからな」
「では指示しますか?」
「いいや、彼らなら勝手に出るだろう。パイロットとはそういうものだ……」
そう語りながら、ヴァネッサは外へと視線を向けた。
「艦長、暗号通信です。発信コード解析……っ!? 艦長!──」
穏やかだった艦橋に突如、シュミット少尉の驚愕の声が響く。それと同時に勢いよく振り返り、戦慄した表情をヴァネッサに向けた。
「どうした少尉……」
その無言の圧力に押されたヴァネッサは、席を立って少尉の横へと移動して目の前のディスプレイを覗き込んだ。
「……メリッサ。私の部屋にロベルトを呼べ──」
ヴァネッサはしばらくその画面を覗き込んだあと、そのままの姿勢で副長であるメリッサに指示をする。
「……艦長……?」
その行動に疑問を持ったメリッサは首を僅かに傾けて眉をひそめて視線を送る。ヴァネッサは身体を起こして鋭い視線をメリッサに向けた。
「──今すぐにだ」
✱✱✱
艦長室の扉の前、呼び出された経緯も分からないまま、リタは僅かに緊張した面持ちで立っていた。
「リタ・パトリシオ少尉であります。艦長──」
「……入れ──」
扉に向かって放ったリタの声に、間も空けずにヴァネッサの声が返ってくる。
「失礼します──」
リタが小さく一歩踏み出すと、目の前の白い扉が横へとスライドしていく。敷居を跨いで中へと入ると、そこにはその部屋の主であるヴァネッサと、リタの所属する小隊の隊長、ロベルトの姿があった。僅かに漂う緊張感に、リタは思わず息を飲む
「まぁあんまり緊張しないで……ほら、座りなよ」
「……! はい、失礼します──」
ロベルトに促されて、ヴァネッサとロベルトと対面する形で設けられていたソファーへと腰掛ける。
「少尉に見せたいものがある。それがコレだ」
ヴァネッサはそう言いながら、目の前のテーブルに端末を置いてリタに差し出す。
「三十分前、暗号通信が入った──」
リタがその端末を覗き込むと同時に、ヴァネッサは口を開いて、神妙な声音で話し始めた。
「暗号の中身は、座標と数列のみ。場所はここからそう遠くない。
「
ヴァネッサが話をする中、リタは画面に視線を落としたまま口を開いた。
「そんな情報は今のところ入ってない。それに、この暗号通信には問題がふたつある。一つはこの数列だ。座標でも周波数でもない。ただの数字の羅列だ」
「……?」
ヴァネッサの言葉に対して要領を得ないリタを見て、ロベルトが背もたれから身体を起こして前のめりになる。
「それともう一つの問題だね。この暗号を送ってきた相手……。アヴェルの個別コードを使ってるんだ」
「……っ!」
その言葉を聞いたリタは、弾かれるように再度端末へと視線を落とした。そのリタを他所にヴァネッサが再び口を開く。
「この暗号通信は無差別に送信されていたことが、合流した補給艦との連絡で判明した。加えてアヴェルのコードを使用しているとなれば、罠である可能性が高──」
「アヴェルです──」
端末に視線を釘付けにしていたリタの声が、ヴァネッサの言葉を遮った。
「これはアヴェルからの通信です」
「……その根拠は?」
ロベルトの言葉にリタは顔を上げる。確信に満ちたリタの瞳を見た二人は、リタの言葉を待った。
「この数列は日付です……。私達が、大事なものを失った日……」
その言葉に、二人は返す言葉も無かった。あの日は、ヴァネッサやロベルトにとっても苦渋を味わった日でもあるからだ。だがそんな二人以上に、リタ達にとっては忘れようにも忘れられない記憶となっている。
「……罠なら、お前はどうする……?」
流れていた沈黙を破るように、ヴァネッサがリタに問いかける。その言葉に、リタは力なく俯いてしまう。
いくらこの数列に見覚えがあっても、確証に至るまでの情報にはならないことをリタ自身も承知している。安全である保証は無いに等しい。
「……それでも──」
俯いたまま膝の上で拳を握りしめていたリタは、意を決して顔を上げる。決意のこもった瞳を目の前の二人にぶつけていく。
「私は、行きます──」
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