恋する二人の卒業式
木野々ライ
×の卒業式
中学二年生の三月。三年生卒業まで後僅かというこの日、家庭科部ではお別れ会という名のお菓子パーティーをしていた。
「ゆーりーえー! 先輩のとこ行かなくていーいの?」
「えっ!? いやだってみんな
「別にあたし『雅狼』先輩とは言ってないよー?」
「えっ」
遊ばれてるこれ……と気付くが時既に遅し。私の顔に熱が帯びていき、心臓の鼓動が速くなる。多分私の顔は、誰が見ても分かりやすいほどに赤いだろう。
「はいはーい! みんなちょっと失礼!
「いやちょっと……!」
こういう時だけみんな行動が早いというか団結力が高いというか……あっという間にみんな他の先輩の元へ散ってしまった。ニヤニヤした顔で。ついでに同級生はピースサイン付き。
「おっ、由利笑! 顔赤いけど大丈夫か?」
「い、いえ大丈夫です! 熱とかではないので……雅狼先輩こそ、その指……」
「これか? この間ちょっと怪我してさ、でもこのくらい大丈夫だ! でも由利笑は大丈夫じゃないのに大丈夫だって言うからヒヤヒヤするんだよな……」
「す、すいません……でも本当に大丈夫です! 気分が悪いときは、前みたいに脱水症状で倒れる前に休みます!」
「おう、卒業したらもう世話焼けないからな! 気を付けるんだぞー」
「は、はい! 焼くのはお菓子だけにします!」
「ふっはは! 上手いなその返し!」
……ダメだ、テンパって自分でもなに話してるのか分からなくなってきた…………と、とにかくこれだけは渡さなきゃ!
「が、雅狼先輩! これ、先輩方全員に配っていまして! よければ受け取ってください!」
「んー? ……これシュークリームか!? 由利笑凄いな! 俺大好きなんだよ、ありがとうな!」
「い、いえ! そ、そのー……あのー……!」
「ん、どうした」
「す、すっ、すっーーーごく美味しく出来たと思います!」
「そうか! どれどれー……これ店で売られてるのくらい美味しいな!」
笑顔で食べてくれる雅狼先輩を見て、何日も前から下準備をしてよかったと思う。けれどそれと同時に、本当に伝えたい言葉が出てこない自分が情けなくて、そっと息を吐き出した。
******
「あーもー、せっかくみんな二人から離れていい感じの空気を作ったのにー」
「というかお互い鈍感過ぎるよねー……由利笑百回以上はアピールしてるよね?」
「雅狼先輩も由利笑と話すときが一番笑顔だしほんのり赤くなってるし」
「ここまで来るとわざとなのか、天然なのか、はたまたバカなのか……」
「卒業まで一週間くらいしかないけど、二人はどうするんだろう?」
******
「告白すればいいんじゃないの?」
「簡単に言わないでよお姉ちゃん!」
人の気も知らないで…………簡単にそんなこと出来るわけないよ…………の意を込めて呻き声をあげる。本日で『雅狼先輩へお菓子を渡すのに便乗して気持ちを伝えてみよう大作戦』が百五十連敗目の大台に乗った私が、いきなり告白が出来るわけない。というか出来るのならもうしてる。
「初々しいねー恋する乙女よ」
「そんなニヤニヤしながら言わないでよ……」
「今、百人中百人が真顔だって答えるくらい表情筋働いてないと思うんだけど」
「内心」
「ニヤニヤどころか作画崩壊レベルの顔で『お前らくっつけよ!!!』って騒いでる」
「ほらやっぱり……でもさ、やっぱり無理だよ。確かに私は先輩のことが……す、好き……だけど…………先輩は私のこと何とも思ってないよ」
今までのやり取りを振り返ってみるが先輩は私のことを後輩、というよりも妹のような感じで見ていると思う。というか前に『こんな妹がいたらなー』と言ってた。先輩は私を、一人の『女の子』として見ていないのだろう。
「でもさ、後少しでその子卒業でしょ? そんな半端な気持ちで終わっていいの?」
「でも、私は…………」
「好きなんでしょ、その子のこと」
「…………うん」
「私は、由利笑が家庭科部入ってからずっと追いかけてるの、一番近くで見てるからその気持ちがどれだけ真剣なのか知ってる。だからこそ告白すべきだと思う。卒業しちゃったら、今みたいに簡単には会えなくなる。そうしたら、もう気持ちを伝えることが出来なくなっちゃうかも知れないんだから。大丈夫、お姉ちゃん応援してるから」
「…………」
「そんな顔しないで。お姉ちゃんだけじゃない、友達だって応援しているんでしょ? なら、勇気出してみようよ」
「お姉ちゃん……………………いいこと言ってるけど内心は?」
「正直凄く楽しんでます」
「人の恋愛事情楽しまないでよ!!!」
ゴメンネー、なんて心のこもってない謝罪と共に髪の毛をぐしゃぐしゃにされる。荒っぽいお姉ちゃんの手付きは、不服だけど凄く安心した。
******
(あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁなにあの天使あそこまで真剣に悩んでるの可愛すぎて雅狼くんって子に嫉妬するよもぉぉぉぉぉぉ……でも由利笑が決めた相手ならお姉ちゃんは何も言わない。そりゃあ相手がゴミクズみたいな人間だったら実力行使で排除するけどね? なにも言わずに潰しますけどね? でもあの子なら由利笑を任せても文句はないな、文句は。体育祭見に行った日に偶然を装って直接話してみた感じいい子だし中々のイケメンだし周りからの人望も厚いようだし文句はないよ? 嫉妬するだけ。お姉ちゃんは陰から見守る役に徹するよ…………決して私は姉バカじゃないです、うん)
******
――そして、卒業式当日
「が、雅狼先輩! 卒業おめでとうございます!」
「おう、ありがとうな! ……って、わざわざそれを言うために俺を呼んだのか?」
「いえ、そうではなくてですね……」
卒業式までの一週間、何度も悩み抜いた結果告白しようと決意した卒業式前日。事情を知ってる家庭科部メンバー協力の元、近くの公園で二人きりになる事が出来た。先輩の制服は既にボタンが全て無くなっていて、欲しかったという後悔が押し寄せてくる。けれど二人きりになるなんて特権があるじゃないか! と、どうにか気を取り直した。
「……先輩、どうしても、伝えたいことがあります」
「随分畏まった言い方だな……何だ?」
……あぁ、心臓が煩い、息苦しい、汗が止まらない。自分の体はこんなにも重かっただろうか? 自分の声はこんなにも掠れていただろうか? もしも今、この場から逃げ出せたらどんなに楽だろう。でも、みんなのおかげで出来た最後のチャンス、ここで無下にしたら顔向けできない……!
「わ、わたし…………」
後悔、しないために――ッ!
「……………………好きです!」
「雅狼先輩のお菓子が!」
・・・・・・・・・・・・
…………わ、
私のバカァァァァァァァァァァァァ!
「――!!?! ……へへっ、そうか! ありがとうな! また一緒に作ろうな!」
「は、はい……」
あぁ、やっちゃった……私って、ホントバカ。でも今更「間違えました!」とか言えない……言えるわけがない……。
「そうだ、由利笑に渡したいものがあるんだ」
「えっ?」
パッと顔をあげると、手渡されたのは手作り感の溢れる小さなお守り。これ、もしかして……
「凄いだろ、始めて作ったんだぜ! ちょっと雑だけど家庭科部全員に作ったんだ。特に二年生は受験生だからな、頑張れよ!」
「先輩の手作り……ありがとうございます、頑張ります!」
……結局告白はダメだったけど、これはこれでよかったかもしれない。きっとこのくらいの距離が、私には似合っている。……まぁ後悔がないと言えば嘘になるけど。
「では改めて……卒業おめでとうございます! この後、二年生は片付けあるらしいのでそろそろ行きますね」
「あっ、待て由利笑!」
「ふぇっ!?」
まさか呼び止められるとは思わず声が裏返る。すぐに立ち止まって次の言葉を待つが、何か悩んでいるのか中々言葉は返ってこない。
「……雅狼先輩?」
「……………………いや、何でもない。勉強も部活も頑張れよ!」
「……? はい! 先輩も高校生活楽しんで下さいね!」
何を伝えたかったのかは気になるが、学校の方から先生の声が聞こえるので深く詮索はせずに戻る。家庭科部のみんなには土下座をする勢いで謝ったが、誰も責めるようなことは言わなかった。
……ただ一つだけ気になったのは、私以外先輩からお守りを受け取っていないらしい。どういうことだろう?
******
「……結局、最後まで言えなかったな」
由利笑の姿が見えなくなってからそっと呟く。あの『好き』は本当にお菓子へ向けてだったのか? 何て、期待しすぎだろうな……お守り、部員全員に作ったなんて嘘、すぐにバレるだろう。それでもきっとあいつは俺の気持ちには気付かない。ならせめて、お守りの中に入れた第二ボタン――好きな子にあげるとって言うよくある迷信――に想いを込めて。
「好きだ、由利笑」
――それはとある二人の『恋』の卒業式
恋する二人の卒業式 木野々ライ @rinrai
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