貢献ゲーム

月兎

貢献ゲーム

「ようこそ、欲望に従順な皆様。あなた方にはこれから金と命を懸けてゲームをしてもらいます」

 勝者に与えられる巨額の富。それをねらって集まった五人の学生たち。しかし、自らの意思で集まったのはその中の四人だけ。残る一人は無理やり連れてこられたのだ。誰に?主催者側ではない。参加者側のうちの一人、岩山あつしによってだ。

「へ~噂に聞いた通りだな。てっきり都市伝説だと思ってた」

 他の四人を誘った本人である岩山は緊張感のない声でそう言った。

「ちょっと、その程度の信憑性でうちらを誘ったわけ?」

 誘われたうちの一人、空野めぐみは岩山を責めるように言った。

「まあまあ、めぐめぐもわかってて来たでしょ?あっくんを責めないの~」

 空野をなだめるようにそう言ったのは竹田はな。このグループの癒し役だ。

「ま、めぐみの言い分もわからなくはないけどね。命かかっちゃうわけだし。死ぬのは僕も嫌だしね」

 そういうのはグループの頭脳労働担当、川中はやとである。

「あ、あの、どうしてぼくはここに……」

 おどおどした態度の彼は長谷しゅん。彼だけは自分の意思で来たのではなかった。

「あ?決まってんだろ、お前は俺らの身代わりに死ぬ役。もしくはお前がゲットした金を俺らがもらうための駒としてだよ!」

 長谷は岩山を筆頭とする四人にいじめられていた。ここに連れてこられたのも岩山に逆らえなかったからである。

「それでは皆さん、ルール説明をいたしますね。あ、そうそう言い忘れてました。わたくし、本日皆様の案内役兼ゲームマスターを務めます……そうですね、オブザーバーとでもお呼びください」

 そういって深々と礼をするオブザーバー。

「それでは気を取り直してルール説明をいたしますね。皆様にはこれから四つのゲームに挑んでもらいます。それぞれのゲームで皆様の命を懸けていただき、最終的に生き残った参加者の中で、賞金獲得にもっとも貢献した人が全員分の賞金を獲得できます。逆に生き残った参加者が一人の場合、その方の貢献度がゼロでもその方に賞金が支払われます。また、参加者同士での殺し合いは禁止です。殺し合いが行われた場合、連帯責任として全員の命をいただきます」

 にこやかな顔で懐から拳銃を取り出すオブザーバー。

「ゲームが始まった後でも疑問等がございましたら、お気軽にお声がけください」

「じゃあ一つ質問してもいいかな?」

「どうぞ、川中様」

「貢献度が同率のものがいたらどうなる?」

「その場合は、お二方の両方に、本来支払われる額をお渡しします。分けろなどとけち臭いことは致しません」

「なるほど、ありがとう」

「それではルール説明も終わったことですし、さっそくゲームのほうに移らせていただきます。第一のゲームは障害物競走です」

 こうして彼らの地獄が、金と命と友情のかかったゲームが幕を開けた。


「障害物競走?そんな簡単なもんでいいのか?」

「ええ。皆様の中からお一人だけ、こちらの部屋に入っていただき、その先の通路にあるボタンを押してきてもらいます。もしもチャレンジャーが命を落とした場合は、残っている方の中からもう一人チャレンジャーを選んでいただき、ボタンが押されるか全滅するかでこのゲームは終わりです」

「チャレンジャーじゃない者はどうしていればいい?」

「ほかの方々はこちらのモニターで挑戦の様子をご覧いただけます。ただ、音声は通じておりません」

「その動画は加工されたものではないと言い切れますか?」

「川中様、どうしてそんなことをお聞きになるのですか?」

「いや、そういうトリックがあるんじゃないかと思ってね」

「ご安心ください。わたくしたちが映像を加工して得するようなことはございませんし、今日皆様が着ていらっしゃる服は事前に知りえるものではないでしょう?そんなものをすぐに加工する技術をわたくしたちは持ち合わせておりません」

 オブザーバーはそう言うと懐中時計を取り出し、告げた。

「さて、時間もございませんし、そろそろチャレンジャーを決めていただけますか?」

「うん、そうだね。じゃあしゅん、行ってきてくれるかい?」

「おい、ちょっと待てよはやと。あいつにこのゲームに貢献させちまったら賞金はあいつの物になっちまうじゃねえか」

「あつし、もうちょっと頭を働かせようね?」

 川中は岩山の耳元に顔を寄せ、ほかの誰にも聞こえないように言った。

「あいつが賞金を手にしたとしてもあいつが僕らの支配下にあるのは変わらない。なら、解放された後にでも奪い取ればいい。殺してでもね」

「で、でも殺し合いは禁止だと……」

「それはオブザーバーの監視下での話。帰った後なら関係ないだろう?大丈夫、奪い取る算段は立ててある」

「さあ、皆様、そろそろよろしいでしょうか?」

 オブザーバーが急かすように言った。

「ぼ、ぼくが行かないといけないの?」

「うるせえ!お前に拒否権はねえんだよ!」

「ご、ごめん……」

「それでは、チャレンジャーを長谷様とし、第一のゲーム、障害物競走のスタートです!」


—ターン・オブ・Hase Shunn—

 

 ぼくはこのグループでいじめられていた。もともとこのおどおどとした性格をよく思うものが少なかったせいで、友達もおらず、常に一人で過ごしていた。そんなぼくを彼らは格好の的だと思ったのだろう。ことあるごとに僕に嫌がらせをしてきて、最近はお金を脅し取られるようになってきた。

 だが、そんな人生もこれで終わりだ。今回、ぼくは無理やり連れて来られたと誰もが思っているだろうが、それは違う。ぼくはこのゲームに自ら望んでやってきたのだ。大金を手に入れ、金の力でこの人生を変えるために。命がかかっているこの勝負、あいつらは必ずぼくを挑戦させ、捨て駒として使うだろう。それでいい。ぼくが死なずにそれらすべてをクリアすれば、貢献度はぼくが最高、ぼくの一人勝ちだ。

「さあ、ゲームを始めよう!」

 オブザーバーに指定された道は、なんてことないものだった。石造りの壁に石造りの道。障害物と言えるものは途中にある緩やかな坂と足つぼマッサージのぶつぶつのついたマットくらいだ。ただ、道は徐々に細くなっており、その代わりに道があった場所に透明の液体が張ってある、と言えばわかるだろうか。

「その液体は濃硫酸となっています。落ちたが最後、少なくとも重度の火傷は覚悟しておいてくださいね」

 天井のスピーカーからオブザーバーの声が聞こえてきた。音声が通じていないというのはぼくたち参加者に限ってのことだったようだ。

「なんであれ変わらないさ。僕はバランス感覚はいいんだ」

 道を見る限り、最も細いところでも平均台の倍の太さはあった。なんということはない。ぼくは難なく最奥のボタンにたどり着いた。そこだけは足場がしっかりとしており、目隠しをしていても落ちる心配はなかった。

「このボタンを押せば貢献度はぼくが一位だ!」

 ぼくは意気揚々とボタンを押した。

 次の瞬間、ぼくの視界が岩に覆われた。


「ボタンが押されたのでこのゲームは皆様の勝利です。ですが——長谷様は脱落ですかね」

 モニターにはおびただしい量の血液、そして今の今まで長谷が立っていた場所には巨大な岩石がたたずんでいた。

「しゅ、しゅん?」「おい、まじかよ……」「クリアしたのに……」

 参加者からは絶望の声が上がる。

「ご安心ください、皆様。このようにクリアした結果死ぬ、というゲームは今回限りでございます。命がかかっているということを信じておられない方のために、第一ゲームだけこのようにしているのです」

 オブザーバーは満面の笑みを浮かべて言う。

「もっとも、今さら命を惜しんでもどうしようもないですがねぇ。さあ、次はどなたが挑戦いたしますか?」

 全員動こうとしない。実際に人が死ぬのを見たのだ。無理もないだろう。

 三分ほど経ったころ、空野が動いた。

「ねえ、オブザーバーさん?次のゲームってどんなものなの?」

「いい質問ですね、空野様。次のゲームはたま入れでございます」

「玉入れ?障害物競走と言い、これって運動会か何かなの?」

「いえいえ、そんなはずがございません。皆様に挑戦していただくのは玉入れではなく、弾入れでございます」

「弾入れ……?」

「これからチャレンジャーの方にはそちらの部屋に入っていただき、エアガンで百メートル先のゴールに弾丸を入れていただきます。用意してある弾丸十発を撃ち終わった時点で一発でもゴールに入っていればゲームクリアとなります。ただし、制限時間を十分とさせていただき、それを超えればチャレンジャーの命は補償いたしません。もちろん、エアガンは百メートル以上飛ぶようにできていますし、肉眼では難しいでしょうからスコープも付けてあります。使い方がわからなければレクチャーも致しますよ?」

 

「じゃあ今度はうちが行くわ」

「めぐめぐ大丈夫……?」

「安心して、はな。私、エアガンの扱いには慣れてるの。百メートルくらいなら何とかなると思うわ」

「それではチャレンジャーを空野様とし、第二のゲーム、弾入れのスタートです!」


—ターン・オブ・Sorano Megumi—


 みんなには言ったことないけど、うちは時々サバゲ―に参加している。それもスナイパーとして。なんの障害物もない状態で、万全な銃を使って的あてなんて楽なものよ。

 指定された部屋に行くとライフル型のエアガンとヘッドホン、双眼鏡が置いてあった。

「ライフルのスコープでも確認できますが、それとは別に双眼鏡をご用意させていただきました。また、エアガンを改造した結果とても大きな音が鳴るようになってしまったので必ずそちらのヘッドホンをお付けください」

 わりと親切なのね。てっきり挑戦者のことなんか何も考えてないと思ってた。

 うちがこのゲーム大会に参加したのは、ただお金が欲しかったからじゃない。このゲームに勝って、ヒーローになりたかったから。みんなから尊敬され、感謝されたかったからだ。

 うちの父親は会社でそこそこいい役職についていた。でも、それを妬む者もいたようで、部下に裏切られ、心を病んで自殺してしまった。会社はこの事実を隠蔽し、職場から父親の姿が消えたことをリストラという名目でごまかした。真相を知っているのは家族のうちらと会社上層部の人間だけ。働き手がいない我が家に、会社は口止め料として月々の生活費を渡してきた。すぐに生計を立てられるわけでもないうちらはそれを受け取るしかなかった。

 でも、このゲームに勝てば大金が手に入る。忌々しい会社と縁を切れるし、告発だってできる。それにこの命がかかったゲームで活躍すれば、みんなうちを尊敬し、無事にここから帰れることに感謝するだろう。父親のように裏切られることもない、完全な部下となってくれるだろう。

「この勝負、負けるわけにはいかない!」

 うちは気を引き締め、打つ構えについた。その瞬間、目の前のタイマーが動き出した。バスケットゴールを模したような的は、後ろの板に当てるとゴールに入るようになっているらしい。深呼吸し、一発目を撃つ。

(外した……!)

 弾は的から右に大きくそれた。緊張しすぎが原因だろう。その後の二発目、三発目も外し、四発目にしてやっと板の端に当たった。

(ここから微調整を加えればいける!)

しかしその後、五発目、六発目と弾数を重ね、八発目を撃ち終わった後、とある異変に気付いた。いくら微調整を加えようと、弾が板の端以外に当たらない。

「なんで?うちの見てないところに何かある?」

 うちはそこで初めて双眼鏡を使った。そこで気づいた。スコープとは比べ物にならないほど倍率が高い。そして、この双眼鏡でないと分からなかったことが一つ。仕掛けはゴールではなく、ゴール直前の壁にあった。

「そんなのずるくない……?だから一発目があんなに逸れて——」

 壁には送風口がついていた。左側からの風にあおられてまったく入らなかったのだ。でも、それがわかればなんてことはない。うちは今までの調整に風の影響も考え、少し左寄りに撃った。その弾は今までで一番いいところに当たったけれど、ゴールには入らなかった。

「あと一発……」

 呼吸を整え、集中するために目をつぶる。大丈夫、うちならできる。目をゆっくりと開き、照準を合わせ、落ち着いて——

「ここだー!」

 弾は板のど真ん中に当たり、ゴールへと吸い込まれ——たのだろう。うちはヘッドホンからの爆音で気を失い、そして……。


「あらら、あとほんのコンマ何秒か早ければ時間切れにならずに済んだのですがね」

 空野はヘッドホンからの爆音を零距離で受け、倒れていた。

「あれではおそらく耳は聞こえなくなっているでしょう。もしかすると衝撃波で脳にダメージがいっているかもしれません。空野様はここでリタイアせざるを得ませんね」

 オブザーバーの辛らつな言葉に残された三人は反応することができなかった。長谷の時とは違い、仲のいい友達が死んだも当然の状態になっている。もっとも、倒れている本人も彼らのことを友達だと思っていたかどうかは定かではないが。

「さて、一応弾はゴールには入ったのでこのゲームもクリアです。おめでとうございます」

「おめでとうございますだと⁉てめえもっかい言ってみろ!」

 岩山がオブザーバーにつかみかかった。

「お放しください岩山様。ゲームマスターに対する暴力行為は反則とみなし、今すぐご退場願いますがよろしいですか?」

 オブザーバーは言うが速いか拳銃を取り出し、岩山の頭に突きつけた。

「……っ!」

 岩山はなにもできず、すごすごと元に戻っていった。

「さあ、第三ゲーム、水中知恵の輪へのチャレンジャーをお選びください」

「水中知恵の輪?普通の知恵の輪と何が違うんだよ」

「基本的には普通の知恵の輪と変わりはございません。ただ、隙間のない密室の中でやっていただき、そこに徐々に水を入れさせてもらいます。部屋が水でいっぱいになる前に知恵の輪を解くことが出来ましたらクリアとなります」

「知恵の輪か……。なら今回は僕の出番かな」

「おい、はやと。お前よくそんなのんきでいられるな」

「僕らがここで何をしようともうめぐみの命は戻らないだろう?ああ、もちろんしゅんの命もね。なら、くよくよするより自分のできることをすべきじゃないのかい?」

「……っ!お前!」

「やめろ!参加者同士の争いは禁止だと言ったはずだ!そんなに死にたいのか岩山あつし!」

 とびかかろうとした岩山を制したのはオブザーバーだった。ここにきて初めて声を荒げ、区長を崩したオブザーバーの姿に驚き固まる一同に当の本人はにっこりと笑いかける。

「仲良く協力してプレイしましょうね?」

 その笑顔の裏に隠れた狂気に何も言えなくなる。狂っている。それは彼らを黙らせるには十分な要因だった。何を言っても、何をしても無駄だろう。従わずに今ここで殺されるか、ゲームにかけるか。選択肢はそれだけだった。

「さて、ところでチャレンジャーは川中様でよろしいでしょうか?」

「あ、ああ。構わないよ……」

「それではチャレンジャーを川中様とし、第三のゲーム、水中知恵の輪のスタートです!」


—ターン・オブ・Kawanaka Hayato—

 

僕はこのグループで頭脳担当をしているが、別に成績がいいわけではない。ただ単に少し頭の回転がはやいってだけだ。勉強面ではからっきしだが、パズルが得意だったり悪知恵が働くようなやつ、それが僕だ。今回のゲームだって、貢献度を稼ぐために自分に最適なものを選んだだけだ。知恵の輪なら小さいころからやっている。今となっては解けないものに会うことがない。このゲームはクリアしたも当然だ。

そう思っていたのは最初だけだった。通された部屋にあったのは金属の山だった。知恵の輪が積みあがっている。え?一個じゃないの?

「さて、それでは知恵の輪を解いていただきます。なお、解き始めてから一分後に水が溜まり始め、その九分後、つまりチャレンジ開始から十分経つと部屋のなかが水でいっぱいになるのでお覚悟ください。知恵の輪は合計三十個ありますので、一つ辺り遅くとも二十秒で解かないと間に合いません」

 部屋はそこまで広くない、というか普通に狭い。腕を広げたより少し広いくらい。奥行きもそんなにない。この部屋でひたすらに知恵の輪か……。鬱になりそうだな。

「さて、と……」

 うだうだ言ってても仕方ないか。

「オブザーバー、開始までのカウントダウンを頼むよ」

「かしこまりました。それではカウントダウンを始めます。十、九——」

 目をつぶり、呼吸を整え、ゆっくりと目を開ける。

「三、二、一、スタート!」

 僕は目についた知恵の輪を手に取り、十秒ほどで解く。数こそ多いが、一つ一つはそこまで難しくない。僕なら簡単に解ける。

「はっ、なんだ、簡単じゃないか」

 順調に五個目を解き、六個目に差し掛かった時、壁の低いところから水が噴き出してきた。

 こういうのって普通天井とかから落ちてくるものじゃないのか?これじゃ風呂を沸かすときみたいだ。

「オブザーバー、君の趣味かい?それかただの設計ミス?」

 スピーカーからはなんの返事もない。

「そうか、音声は通じなくなるんだったな」

 そうして二十個ほど解いたころだろうか。つまりは部屋の三分の一が水につかった時だが、視界がぼやけてきた。

「あれ?ゴミでも入ったかな」

 目をこすり、落ち着くために二、三回深呼吸をする。ぼやけているのがましになったのでそのまま作業に戻った。

 しかし、さらに五個、通算二十五個ほど解いたとき、急に異変が訪れた。息苦しい。僕はゲーム説明の時のオブザーバーの台詞を思い出す。

「隙間のない密室」

 僕はこの言葉に関して、誇張表現だと思っていた。隙間がないとはいえ、空気穴くらいあるだろうと。でも、そうじゃないとしたら。本当に、何の誇張もなくこの部屋には隙間が無いとしたら。この狭い部屋で、しかも水のせいで徐々に酸素は少なくなっている。

「まじかよ……」

 この間も知恵の輪を解く手を止めなかったが、確実に解くスピードは遅くなっている。

「あと……一個……」

 知恵の輪は残り一つ。部屋はすでに僕の喉辺りまで水に沈んでいる。目がちかちかする。呼吸が荒い。死にかけながらも最後の知恵の輪を解く。朦朧としながら必死に解く。考えもまとまらないまま、これまでの人生で培ってきた感覚だけで解く。

「おわっ……た……」

 最後の輪を解き終わり、僕は意識を失った。


「川中様、水中知恵の輪クリアでございます……が、これではもう無理ですね」

 オブザーバーがいつもと変わらない口調で、これまで二度繰り返してきたことを告げる。

「はやとまで……」

「ね、ねえ……。私たちどうなっちゃうの?」

「ご安心ください。ゲームは残り一つです。次のゲームをクリアされれば、賞金が配布されます」

 残り一つ。あと一つしかないという希望と、まだ一つ残っているという絶望が入り混じる。

「おい、はな。お前次のゲームやれ」

「……え?」

「このままじゃお前の貢献度はゼロ。生き残っても金はもらえないぞ?いいのか?」

「それでもいいよ!私は死にたくない!」

「それは俺だって一緒だ!わかるか?俺はただ力が強いだけだ。賢いわけでも何か特技があるわけでもない。なら少しでも多く生き残るためにはお前が挑戦するほうがいいだろ?これ以上人が死ぬのを見たいのか?」

「そ、それは嫌だけど……」

「だろ?大丈夫、お前は俺なんかよりスペックが高いんだ」

「で、でも……」

「そりゃそうだよな……。俺なんかの命より自分の命のほうが大事だよな……」

「う、うぅ……。わかったよ、やるよ……」

「ほんとか!ありがとうな!」

「ほんとのほんとに私なら大丈夫なんだよね?」

「ああ、大丈夫だ」

「それでは詳しいルール説明はチャレンジャーが部屋に入ってからでよろしいでしょうか?実物を見ながらのほうがわかりやすいと思いますし」

 今まで静観していたオブザーバーが口を開いた。

「う、うん!わかりやすいほうがいいし、それで大丈夫!」

「それではチャレンジャーを竹田様とし、第四のゲーム、猛獣あやしのスタートです!」


—ターン・オブ・Takeda Hana—

 

 私なら大丈夫、私なら大丈夫、私なら——。今まで私はそんなことわ言われるなんてありえなかったし、想像もしなかった。むかしから何をやってもダメ。勉強も運動も、生活能力だって全然ない。小さいころ体が弱かったせいで親に大事にされてきた私は、一人じゃ何もできない。そんな私に誰が期待なんてするのよ。

自分で言うのもなんだけど、私は顔だけはいい。まるでほかの弱点を補っているかのように。だから今まではその顔だけを使って生き延びてきた。そして今後もそうなる、そう思ってた。でも、このゲームの話を聞いてから、私の考えは変わった。自分でできないのなら、他人にやらせればいい。このゲームで勝ち取ったお金でお手伝いさんでも雇って、悠々と過ごせばいい。お金があれば顔だってもっとよくできる。所詮世の中ってそういう仕組みなのよ。だから私はここで死ぬわけにはいかない。あっくんはまだ何の貢献もしてないから、ここで私がこのゲームをクリアしてしまえば賞金は私の物に……。

「そろそろルール説明を行ってもよろしいでしょうか?」

 あ、いけない。自分の世界に浸りすぎてた。

「はーい、いいですよ!」

「それではルール説明です。竹田様には今から、ある動物をなだめてもらいます。少々気性が荒い子でしてね。竹田様の手で癒していただきます」

 動物を手なずけろ?それなら得意分野ね。人間以外でも顔につられるのか、昔から犬や猫にはすごく懐かれるのよ。

「竹田様、ご準備はよろしいでしょうか?」

「ええ、いいわよ」

「それでは竹田様のチャレンジです!」

 そのアナウンスと共に壁が上がり、出てきたのは——ライオンだった。

「え?ラ、ライオン?いや、だ、大丈夫よね。ライオンだってネコ科だし、私には懐くはず——」

「あ、そうそう、言い忘れていましたが、そのライオンには四日ほどえさを与えておりません。ライオンのオスは狩りをしないと言いますが、極度の空腹ならどんな行動をとろうと不思議ではないかもですね」

「へ?」

 オブザーバーの言葉が届くのが先か、それとも猛獣が襲い掛かってきたのが先か、なんにしろ私は頭を引きちぎられながら、体と分断されてもちょっとは意識があるんだなと、そんなことを考えていた。


「は、はな……?」

「あらあら、なだめる前に食べられてしまいましたか。ですが、竹田様が食べられたことにより、あのライオンも落ち着きましたのでこのゲームはクリアとなります」

「クリ……ア?そうか、これで全部終わったのか……。俺以外みんな死んで、これで終わりか……」

「ええ、岩山様。これで終わりです生き残った方の中で貢献度が一番高い者が全体を通しての勝者となる。そういうルールですので」

「生き残った者……そうか、ということは俺が……。は、はは、ははは!これだ!これだよ!俺が考えていた最高のシチュエーションは!なにもせず、俺の駒たちが動き、結果として主人である俺が金を得る!さいっこうだ!あとは謎の事件で友達を失った不幸な学生を演じていりゃぁいい!俺は金と、世間からの同情を盾にこれからを生きていけばいい!なにも困ることはない!ほんと最高だよ!あんたも、俺の駒たちもなぁ!」

「それでは、貢献度が一位でないものはここで死んでいただきましょうかね」

「何言ってんだよ、オブザーバーさんよぉ。俺以外みんな死んぢまってんだぜ?」

「いえ、そんなことはありませんよ?ねえ、長谷様?」

「え?長谷?」

 オブザーバーがそう言うと一番最初にゲームが開催された部屋の戸が開き、一番最初に犠牲になったはずの長谷しゅんが現れた。

「しゅ、しゅん、なんでお前が……」

「ぼくが押しつぶされた岩、あれは中が空洞になっていてんだよ。ぼくが潰されるように見えたその瞬間、実際は岩の中に閉じ込められただけだったんだよ」

「で、でも血が飛び散って——」

「あれは血のりでございます。映像の加工はしていないと言いましたが、死亡の加工はしていないとは言っておりませんよ」

「そんな……てことは」

「ええ、岩山様、あなたの貢献度は一位ではございません。よってギルティです」

 オブザーバーはそう言うと懐から拳銃を取り出し、岩山の頭を撃ち抜いた。

「は、はは、いい気味だ。今までさんざんぼくのことをバカにして、いじめてきて、天罰が下ったんだ!ぼくをいじめていたやつらは全員死に、虐げられてきたぼくは大金を得てこれからの人生を華やかなものにするんだ!」

 そう語る長谷の目は完全に狂った者のそれだった。

「そういえばオブザーバー、なんで最初にぼくを生かしておいたんだ?」

「わたくしは、金に溺れた者が友情を捨て、狂い、勝ちを確信した次の瞬間にそれが絶望に変わる。そんな人生転落劇が何よりの楽しみなんです。そして——」

「ん?そして?」

「そんな人間が一人だけなのはもったいないと思いませんか?」

「は?何を言っているんだ?生き残ったやつは正真正銘このぼくたった一人じゃないか」

「長谷様、覚えておられますか?このゲームのルールを」

「なんだ、今さら。各ミニゲームにおいて貢献度を高め、最終的に一番高い者の勝利。だからぼくが最終的な勝者なんじゃないか」

「ええ、おおむねその通りでございますが、少し間違っておられます。このゲームでの貢献度とは、いかにミニゲームで活躍したか、ではございません。いかに賞金獲得に貢献したか、でございます」

「何が違うんだ?僕がミニゲームで活躍したから賞金を獲得することが出来るんじゃないか」

「では、そもそもその賞金は誰が用意したのでしょう?用意する者がいなければ、賞金獲得なんてことはできないのでございますから、用意したものが一番貢献していると言えませんかね?」

「は?何を言ってるんだよ。確かにお前の言い分は正しいのかもしれない。でもお前はチャレンジャーじゃないだろ。そもそも賞金を得る資格が——」

「あれ?わたくし言いませんでしたか?参加者の中で最も貢献度の高い者の優勝だと」

「ああ、だから参加者の中で一番貢献したのは俺で——」

「わたくしもゲームマスターとして『参加』しておりますが?」

「そ、そんなのただのこじつけじゃないか!」

「ですが嘘は言っておりませんよね?」

 そう、オブザーバーの言葉には一つも嘘はない。

「そ、そんな……」

「そう、その顔が見たかった!目の前で愚か者が騙され!処分されるのを上から目線で眺めていたものが!自分もその愚か者だと知らされた時の絶望した顔!いい!実にいい!一人目よりも!比べ物にならないくらい実に素晴らしい!」

「じゃ、じゃあお前は最初からぼくらを勝たせるつもりなんて……」

「あるわけねぇだろうがおまぬけさんよぉ!お前はここで!無様な顔で!死ぬだけなんだよ!」

「い、いやだ、ゆるしてくれ……。ぼくはこんなところで死にたく——」

「あ、やめてくれあきらめが悪いのは嫌いなんだ」

 拳銃は無情にも長谷の言葉を遮り、撃鉄を起こした。

「はあ、気持ちいい……!やっぱりこの遊びはやめられないね。さて、次のおもちゃでも探しに行こうかな」

 死体の転がる無機質な部屋にはオブザーバーの恍惚とした声だけが響いていた。

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貢献ゲーム 月兎 @moonrabbit0907

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