里帰り

@onaka54ippai

里帰り

赤錆た大型シェルターの中で、今晩も人類の代表者たちは頭を悩ませていた。


「しかし....このままでは我々人類が滅びてしまうのも時間の問題であります!」


「かといって貴重な資源をその計画に費やし、失敗してしまったら、今度こそ我々は破滅してしまうぞ。そうなると死んでいった先人たちに申し訳がたたない....」


人類は存亡の危機に立たされていた。数十年前、某国で開発された新型兵器が、制御システムの誤作動を起こしたのだ。たちまち地上のありとある物は破壊され、大地と海洋と大気が汚染された。生き残ったわずかな人類は生き残る術を模索していた。


「....他に方法もあるまい。反対するのなら代案を出したまえ。建設的に議論を進めなくてはならん。何しろ我々には時間がないのだ。」

 

「議長。お言葉ですが我々は....」


壮年の代表者は言葉が続かなかった。代案など出るはずがない。それほど、人類に残されたものは少なかったのだ。先ほどから口角泡を飛ばし議論していた若い代表者の瞳には強い光が灯っている。


「諸君。我々はこの若者に、全てを賭すべきではなかろうか?異論のあるものは?」


代表者たちは一人を除き、うつむくほかなかった。


「情けないことだが、我々のような年よりは、若さという可能性に全てを託すしかないのだ。貴君。やってくれるな?」   


若い代表者は力強く頷いた。


出発はそれから半年後のことだった。

人類は残された全てを計画の遂行につぎ込んだ。計画が水泡に帰すことになると、文字通り人類は全てを失うことになる。

出発前夜にはささやかなセレモニーが行われ、いよいよその日がきた。

荒野に巨大な宇宙船が設置され、若者には宇宙服がきせられた。残された人類たちは祈る思いで荒野に集結していた。


「貴君の双肩には、比喩でも何でもなく。人類の全てが懸かっている。失敗は許されない。わかっているな?」


強い言葉とは裏腹に、議長の表情は弱々しかった。一人の若者に全てを託すことへの、申し訳なさと、不甲斐なさで胸が潰れる思いであった。


「わかっております。私の為すべき事は、我々人類の新天地を見つけ、同胞たちをそこに導くことです。必ず、この任務を達成して参ります。」 


若者はそういうと、力強く宇宙船の方へ振り向き、人類の願いを一身に引き受け、歩んでいった。訓練通りに宇宙船に乗り込み、出発の手はずを手際よく整えた。あとひとつ手順を踏めば、虚空の彼方へ旅立つことになる。若者は宇宙船から一旦降り立ち、宇宙服から顔を出して、汚染物質にまみれた空気を吸い込んだ。


穢れているといっても、ここが私の故郷だ。私の源はこの地にあるのだ....


若者はしばし感慨に浸ったのち、懐かしさの引力を振りきるように頭部を宇宙服で保護し、

宇宙船に乗り込み、ハッチをしめた。


「いって参ります!私は必ず!....」


そうして、宇宙船はまっすぐに褐色の空へ飛び出していった。けたたましい轟音は乾いた大気を伝い、地平線のその向こうまで響いたが、若者の決意の絶叫を聞くものは誰もいなかった。


出発から幾日たった。

若者は希望を手放しかけていた。

暗黒の宇宙空間に満ちていたのは、絶望であった。燃料はあとわずか。食料はとっくに底をついている。だのに、人類の新たな居住地は見つかる気配もない。若者の決意は無重力のなかに揺れていた。


人類は、終わってしまうのか....


そう思った矢先。針の穴ように小さな青い光が、若者の視界に入った。若者は第六感でこの光に人類の可能性を見いだした。


「これに、賭けるしかない!この直感が誤りならば、同胞たちよ、私を恨むがいい!」


エンジンから燃料を噴射し、宇宙船は推進力を増した。設計上の最高速度に達したところで、着陸の際の逆噴射に使用する以外の燃料は底をついた。そして、最高速度のまま数刻がたち、青い光は若者の眼前に迫っていた。


「なんという美しさだ....写真でしか見たことはないが、以前の我々の故郷にとてもよくにている。」


若者は素早く着陸の準備を整えた。

もしこの星が人類の生存に適していないのならば、若者の命もそれまでである。腹をくくって、若者をのせた宇宙船は大気圏に突入した。凄まじい揺れと暑さに、若者は気を失いかけたが、綿密に体に覚え込ませた着陸の手順は、滞りなく遂行された。

そして、衝撃と共に、若者は意識を失った。


どれ程の時が過ぎたであろう。柔らかな光が主要機構をほとんど破壊された宇宙船内に差し込み、若者は目を覚ました。  


若者はすぐさま宇宙船の点検を行った。

通信機能は、幸いにも生きていたが、惑星探査に不可欠な大気分析機能は完全に壊れていた。若者は覚悟を決めて、宇宙船外に降り立った。目を閉じ、ゆっくりと宇宙服を脱いだ。

素肌に風が吹き付けるのを感じた。

薄い服にまとわれるのみの若者はなぜか、恐ろしいほどに落ち着きはらい、深く、深く息を吸い込んだ。

屈強な若者の頬を一筋、涙が伝った。

これほどまでに清浄な空気は生まれてから吸い込んだことがなかった。男の知る空気は、シェルター内のかび臭いものと、屋外の汚染物質にまみれたもののみだった。

若者は歓喜に満ちた表情で、宇宙船に戻り、すぐさま故郷に連絡をいれた。


「応答せよ!応答せよ!我々は!人類は!新たな住みかを見つけたぞ!我々は!生き延びたのだ!」


若者はその星の詳しい座標等を伝えたのち、安堵の表情でその星の大地に横たわった。

若者の体力はとうに限界を迎えていたのだ。


「しかし、ここは初めて来た気がしないな。なぜだか、とても懐かしい....」


若者は、人類が再び手に入れた青空を仰いだ。風に吹かれ、心身は安らぎに満ち、そして、若者はまもなく逝った。


人類たちは複数の宇宙船と共に、新たな居住地に降り立った。人類は、勇気ある若者の死を悼んだのち、新たな時代へ歩み始めた。

ほとんど全てを失った人類だが、先人の叡知だけは奪われることはなかった。学識のあるものを中心にその星の開拓は進められ、再び人類は希望を手にした。


そして、時は流れた。若者の死は伝承にのみ伝えられ、人類は文明を取り戻した。街には人が溢れ、滅びの絶望に満ちた時代は忘れ去られていた。人類は豊かさと平和を存分に享受していた。

ある日のことである。郊外で遺跡が発掘された。人類がここに到達する以前に、知性を持った存在があったらしい。調査はすぐさま進められた。

そして、調査があらかた終了し、調査隊のリーダーはその星の指導者へ報告に訪れていた。


「例の遺跡の件ですが....驚くべき事実が発覚いたしました。」


「なにごとだ、事の子細を申せ。」


「この星には....我々がこの星にやって来る前に、恐ろしいほどの知性を持った生命が存在していたようです。おそらく、今の我々と同程度かと....」


「それほどまでの知性を持った生命体がなぜ滅びたのだ?」


「どうやら、我々の祖先と同じ過ちを犯したようです。そのものたちは我々と同じく他の星へ移住し、命を繋ぎました。そして、悠久の時を経て、今に至る。というわけです。」


「なるほど....生命の知性の到達点は、宇宙普遍のものかもしれないな....ご苦労だった。君たちにはボーナスを支給しよう。」


「ありがとうございます、それと気になったことがもうひとつ....なんでも、この星はかつて、先住者たちに、チキュウと呼ばれていたそうなのですが....」




























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