第20話 集いし戦士たち

 それは既に人の目では捉えられぬほどの、人知を越えた激闘だった。

 振るわれる互いの一撃一撃が、幾つもの軌跡を描いて交錯し、疾風を伴って大気を震わす。相手の刃を逸らし、自らの牙を刺し穿つ。しかしその牙もまた、相手の驚異的な反応速度のもとに叩き伏せられる。その繰り返しだ。


「……ふふ、あなた思った以上に」


 やるじゃない――――。

 そう思ったのは、一切の嘘偽りない真実だ。ピンシャーの攻撃は数を重ねる度に、確実にその精度を高めている。速度、破壊力、正確さ……彼女の放つ業の全てが一級品なのだ。だがそれでも、相手はそれに追いついてくる、対応してくる。

 それまで彼女は、自分に互する敵と出会ったことなどなかった。どれもこれも戦いの形にすらならぬまま、呆気なく足下に首が転がっている……そんなことがほとんどだった。そういう意味では、これは謂わば彼女にとって真の初陣と言っても過言ではないだろう。


「これまで話に聞いてたような『鎧の英雄』とはとても思えないわ。ああ……もしかしてお仲間がやられちゃったから、怒りのパワーで大変身ってわけ?」

「黙れよッ!!」


 激昂と共に、更に強烈な一撃。受け止めた両腕が衝撃に震え、脳震盪を起こしたかのように視界が揺れる。

 正直、意外だった。やはりこの男――――『鎧の英雄』は、その時の感情によって実力が別人のように変化する。

 以前この男とリンドの交戦を見たが、これほどの身のこなしが出来るようにはとても思えなかった。勝負は一瞬でリンドに軍配が上がり、ピンシャーたちが割って入らなければ、この男はあのまま殺されていたに違いなかった。

 それが……。


「面白いわね」


 予想もしていなかった、相手の急成長。だがそれは想定外の出来事ではあっても、自分達の目的を揺らがせるような事象ではない。いや、むしろ好ましい。ピンシャーはこの自らにとって初めての『戦』を、徐々に楽しみ始めていた。


「答えろ! お前らの目的は何だ!?」

「だからさっきも言ったじゃない。私達はあなたに用があってここにやってきたの」

「……っ、だったら何だってこの場所を狙うんだよ! 目的が俺なら、直接俺を狙えば良いだろうが!」


 そう叫ぶ『鎧の英雄』は、必死の形相だ。やはり、自分が原因で仲間を傷つけられたことが相当こたえているらしい。

 ああ、何という正義感。何と美しい絆だろうか。

 そんな酷く脆い……無意味で空虚な動機で、ここまでの強さを引き出せるのだから、やはりこの男は大したものだと思う。

 ピンシャーは、相対する男がとても愛らしく思えてきた。無論それは、対等な目線で抱く愛などではない。人が愛玩動物を愛でるような感情のような……いや、そのような生易しいモノではない。相手を徹底的に見下した、弱者に対する慈愛に他ならなかった。


「ああ、可愛いじゃないの」 


 ピンシャーの中に悪戯心が湧いてくる。もう少し心を揺さぶって、この男が無様を晒すのを見てみたい。


「だったら、教えてあげましょうか。私達がここを狙ったのは、ついさっきあなたが勇ましく守った……そこのシスター。彼女の腕の中にいる子供が目的よ」





 ――――こちらを弄ぶような女の言動に、俺の中で怒りが更に高まっていく。だが情報があまりにも少なすぎるこの状況で、敵の目的を知ることは何よりも最優先事項だ。俺は警戒を緩めず女の視線を追い、後ろを振り向いた。

 女が指し示す方向にはシスターと……そして。


「……あれ、は?」


 シスターの腕の中から、無表情でこちらを真っ直ぐ見つめる一人の少女。その目に色はなく、伝わるものは完全な無だった。

 …………おかしい、俺はあの子のことなど知らない。知らないはず、なのに。


「…………ライン?」


 俺の口からは、ごく自然にその名が発せられていた。

 当然、俺は困惑する。ラインのことは以前、一人で教会を飛び出してしまう戦災孤児だとシスターに教えられた。シスターに頼まれてあの子を探したことはあるが、そのとき俺は何故か意識を失ってしまって、結局見つけることができなかったのだ。

 だから、俺はラインの顔を知らない。なのに何故、どうして俺はあの子がラインだと知っている?


「何か、思い出したかしら?」

「……!!」


 呆気に取られていた俺の隙を、女は見逃さない。迫りくる鋭い蹴りを紙一重で躱して、後ろに大きく飛び退る。しかし相当な速度で飛びのいた自信があったのだが、女は容易く追いついてくる。俺は咄嗟に背中の翼を展開し、風圧で相手を吹き飛ばした。女は難なく受け身を取ったが、これで距離を離すことはできた。

 だが――――わかっている。今の選択はだ。あの少女を見たことによって、俺は間違いなく動揺している。しかしその原因はわからず、頭の中では混乱が渦巻いていた。女はそんな俺を見つめて、嘲笑うように問いかけた。


「どうなの? あなたはあの子に出会ったことがあるはずよ」

「何だって……? ――――……ッ!」


 瞬間、俺の頭に鋭い痛みが走った。記憶の奥底に封じ込められたが刺激され、警告を発している。

 やめろ、思い出すな。それ以上は、取り返しがつかなくなるぞ――――。


「そうよねぇ。人間、誰にでも思い出したくないことの一つや二つあるわ。特に、貴方みたいな……ヒーローごっこに夢中になるようなお子様なら尚更ね」

「ヒーロー、ごっこ……?」

「そう……まあ、まだわからなくて良いわ。ともかく、私達にはあの子が必要なのよ。あなたの相手は後でゆっくりしてあげるから、そこを退いてくれないかしら」


 こいつは……こいつは何を言っているんだ。

 女の顔が歪んで見える。ラインの存在に気づいてから、俺の意識はどうしようもなく曖昧だ。あの少女に出会ったことなどない。そんな覚えはないと自分に言い聞かせているというのに、俺の記憶は警告を発し続けている。だらだらと流れ落ちる汗が止まらず、動悸が激しくなる。研ぎ澄まされていたはずの意識は弛緩し、俺は耐えられず膝をついた。

 この頭の痛みはいったい何なんだ。どうして俺の心はこんなにも怯えている。あの少女……ラインは何者だ。


 ――――その時、声が聞こえた。


「戒!!」

「――――……! ディラン?」


 その声で、俺は我に返った。揺らいでいた視界が明瞭になり、辺りの状況がはっきりと認識できる。どうやら俺を先に行かせるために魔術を使い、遅れていたディランがようやく到着したらしい。

 ディランは膝から崩れ落ちていた俺に肩を貸し、立ち上がらせる。


「何があったのですか。これはいったい……」

「……心配すんな。何ともない」


――――何度か深く息を吸い込み、吐き出すのを繰り返す。

 ……大丈夫だ、問題ない。先ほど襲われた不可思議な感覚は既に無くなっている。震えていた手足は既に落ち着きを取り戻し、頭の痛みも嘘のように消え果てた。

 ラインが何者であれ、それは今考えるべきことじゃない。今此処で俺がすべきこと――――それを見誤るな。


「そうだ……俺はシスターと、子供たちを守るんだ」


 自分自身の意識を確かめるように、そう己に言い聞かせる。

 ディランはそんな俺の姿を訝し気に見つめていたが、すぐに目の前の脅威へ目を向けた。腰元から剣を抜き放ち、魔術で作り出した氷を刀身に纏わせた。そして殺気を込めた視線で睨みつけながら、軍服姿の二人に問う。


「……あなた方は、何者ですか」

「ふふ……初めまして、お堅そうな騎士さん。突然の乱入ねぇ……けど、そういうのは大歓迎よ。私の名はピンシャー。後ろの仏頂面はロットワイラーって言うの。よろしくね」


 そう言いながら、ピンシャーは後ろに控える男を指し示した。その男――――ロットワイラーは変わらずの無表情で、目の前で状況を一言も発さずただ眺めている。その姿は酷く虚ろで、蜃気楼のように存在感が限りなく薄い。本当にそこに存在しているのか確証が持てず、何らかの能力を行使しているのではないかとも思うが、実際のところはわからない。

 ディランが重ねて問うた。


「あなた方は、メトロポリスの軍人……ということで間違いないですか」

「うーん、この話はあなたのお仲間にもしたんだけれど。半分正解で半分はずれよ。確かに私たちはメトロポリスからやってきたけど、あの国に忠誠を誓っているわけではないもの。私たちは、あるお方の使いなの」


 そうピンシャーが答えた直後、後方で虚像のように制止していたロットワイラーが突然口を開いた。


「……ピンシャー」

「何よ、ロッティ」


 低く、重圧感に溢れた声色だった。

 ピンシャーは声の主を振り返ることなく、軽快な調子でその呼びかけに応える。

 しかし俺も、そしておそらくディランも……そこに若干の変化を感じ取った。ロットワイラーが言葉を発したその瞬間から、この場の空気が黒く悍ましいものに変貌しつつある。全身にぞわぞわと怖気が走った。


「遊びはここまでだ。……

「…………ハァ。オッケ、わかったわよ。もう少し楽しみたかったのだけど――――」


 刹那、俺とピンシャーの視線が交差した。しかしその目つきは普通じゃない。先程までの、どこか知的な印象を抱かせるような細い瞳は、その痕跡の欠片すら残っていない。変貌したのだ、既には正気ではないのだとすぐに理解した。

 それは――――それは、謂わば狂獣。涎を垂らし、獲物を狙う……飢えに苦しみ殺戮を求める魔の猟犬。人外の怪物のまなこだった。


「これ、は……」


 隣から、ディランの驚愕する声が聞こえる。

 そして俺も、ピンシャーの肉体の変化に圧倒されていた。これまでのフェアレーターとは比にならない。その腐り落ちた肉体からは凄まじい勢いで血とも腐毒ともとれぬ液体が噴出し、辺りに撒き散らされている。穴が開いたボロボロの喉から発せられる怨嗟に塗れた哄笑は、俺の内側に滲み入り心を穢してくる。

 伝わってくるのは、異常なまでの嫌悪感。こいつの姿は見るに堪えない……全身を蛆に覆いつくされたその巨体は、生理的な不快感を強く刺激してくる。

 魔犬は、耳元まで裂けた口を開いて赤黒い牙を剥きだした。


「まずはその子を


 




 宵闇に覆いつくされ、静まり返った首都の町に、人知れず侵入する一つの影があった。

 ベロニカ・ルービンシュタイン――――……その長いブロンドを美しく靡かせながら、彼女は並び立つ建物の屋根から屋根へと飛び移り、目的の人物の行方を追っていた。


「……どこにいる、戒」 


 港町アルトシスで出会った『鎧』を扱う少年。そして、その少年を狙う二人の猟犬ども。状況はあまり良いとは言えない。奴らは任務の達成の為ならば、一切の容赦なく襲い掛かるだろう。そして今の実力のまま少年が奴らと戦おうものなら、間違いなく殺される。

 ベロニカが自身の目的を達するためには、『鎧の英雄』の英雄の力が不可欠だ。そのために、今はまだあの少年に死んでもらっては困る。


「妙に静かだな。……いや」


 ベロニカは近場の家屋の煙突の上に器用に立って、町の様子を見下ろした。立ち止まり、周囲の音に耳を澄ませる。

 こうして集中すれば、僅かながら聞こえてくる。得物と得物がぶつかり合う鋭い金属音――――……まだ距離は離れているが、既に戦闘は始まっているようだった。空を切って高速で駆け回り、そして衝突する……こんな常識外れの戦いをする者など、奴らしかいない。


「――――ちっ、もう始まってるのか。急いだほうが良さそうだ」


 手遅れになる前に。ベロニカにとって、篠塚戒は化け物どもと手を切るためにどうしても必要な存在なのだ。だからどうしても、彼と猟犬どもの戦闘を長引かせるわけにはいかなかった。

 誰も好き好んであんな人外どもと手を組んだりはしない。奴らに対抗できるだけの素質を『鎧の英雄』が秘めているのであれば、何としても味方に引き込まなければならないと、ベロニカは思っている。

 僅かに感じる気配から察するに、戦闘の行われているのはおそらく首都の中心から更に離れた場所だろう。先を急ごうと、ベロニカは再び駆け出し――――……。


「そこのお前、止まれ」


 背後から、そう制止する声が聞こえた。距離は十メートルほど離れた位置からだろうか。女の声だった。


「……ったく、面倒な」


 ベロニカは多少索敵には自信があった。いくら集中していたとはいえ、この距離まで接近を許すほど油断していたつもりはない。それはつまり、相手が彼女の索敵を掻い潜って接近できるほどの実力者である……そういうことだ。


「誰だ? 私は急いでるんだけどな」

「イデアール魔術騎士団団長、クレア・アシュトンだ」


 振り返るとそこには確かに、騎士団らしき装いの女が立っていた。真っ直ぐ剣をベロニカに向け、鋭い視線で睨みつけてくる。


「……で、私に何の用なんだ」

「――――驚いた、何の用だ……とは。見慣れぬ服装の怪しい女が屋根の上を飛び移っているのを見て、騎士団長ともあろう者がそれを見て見ぬふりともいかないだろう。お前は何者だ」


 まったく本当に面倒な奴に捕まってしまった。よりにもよって騎士団長とは。話し合いで解決できるような相手でもないだろうし、強引に突破しようにもそう簡単に通してくれそうな様子でもない。無論、戦えばねじ伏せる自信はあるのだが、今はとにかく一刻を争う。こんなところで足止めを食うわけにはいかなかった。


「何者だ、と言われてもな。そうだな……篠塚戒の知り合いだ、とでも言っておこうか?」

「何だと? いったいどこで……いや、そもそも何故その名を知っている。彼の本当の名を知っているのは、騎士団の中でも限られた人間だけの筈だ。部外者がそれを――――」

「聞いたら教えてくれたのさ。それよりも、本当に私なんかに構っていて良いのか? あんたみたいなのがこんなところをうろついてるってことは、それはつまり、騎士団長直々に出なければならないほど状況は切迫している……ってことだろ。まあ無理もないか、奴らがこの首都に入り込んだんだからね」


 ベロニカの言葉に、クレアは目を見開く。おそらく騎士団は奴ら――――……猟犬どもの情報を得ていないのだろう、その瞳に明らかに困惑の色が浮かんだ。だが、さすがは騎士団長を名乗るだけのことはあるというべきか。すぐに冷静さを取り戻したように、その動揺は鳴りを潜め、表情が引き締められる。

 クレアは静かに、問い詰めるようにして言う。


「……どうやらお前は、今この町を襲っているフェアレーターのことを知っているようだな。奴らの仲間か?」

「冗談抜かせ、あんな奴らと一緒にされてたまるか。だが、奴らのことなら多少知っているよ。危険な奴らだ……こうして話している間にも、この首都の人口はどんどん減っているかもしれない。だからこうして聞いているんじゃないか、私なんかに構っている暇があるのか……ってね」


 しばしの沈黙。

 その間も、クレアの表情に変化は見られない。どうやら相当自らの感情を隠すことに長けている人物のようだ。先ほど僅かながら動揺を見せたのは、このイレギュラーな事態に追い詰められているが故、と見るべきだろう。

 睨みあうこと数分、やがてクレアは言葉を選ぶように、静かに口を開いた。


「確かに今は切迫した状況だ。私の部下たちは傷つけられ、頼みの綱であるあいつらも敵に踊らされているかもしれない。それに、友との大事な約束もある。

 …………しかし、お前が奴らの仲間でないという証拠がどこにある? 私がここでお前を見逃したことによって、後で取り返しのつかない事態に陥らないという保証はないんだ」

 

 やはり話したところで無駄、か。当然の事とは言え、少々落胆する。

 無用な争いは、出来れば避けたかったのだが。クレアに背を向けながら、ベロニカは眼下を見下ろした。 


「確かにあんたの言うことは尤もだが……」


 瞬間、ベロニカは足を踏み出した。背後でクレアが息を呑むのが聞こえる。

 彼女の体は宙を舞い、真っ直ぐ地上へと落下を始めた。

 

「……やっぱ追ってくるよな」


 背後から気配を感じる。クレアもベロニカの後を追って飛び降りたのだ。

 ベロニカは空中で体を捻って体勢を変え、落下しながら上空を見上げる形をとった。

 視線が交差する。追われる者と追う者、どちらも宙を舞っているという異常な状況の中でも、両者ともにその表情に変化はない。

 ベロニカは腰元から銃を引き抜き、クレアの眉間に狙って構えた。


「さて、どう来るかな。騎士団長様は」


 そう呟いて、ベロニカは引き金を引いた。

 正確な狙いの下に、高速で発射される弾丸。ここは空中で、自由な回避行動は不可能。であれば、飛び道具を主軸とするベロニカの方が、この空中戦では圧倒的優位を持つはずだった。

 ――――しかし、ベロニカ同様、クレアもまた常人の域を遥かに逸脱した達人だ。

 超速で飛来する弾丸をその肉眼で見切ってみせ、最低限の挙動で回避していく。剣の腹で受け止め、首を逸らし、最後には斬り捨ててみせた。

 一切の無駄がなく、華麗な手さばきだ。


「……」


 ベロニカはその手際を前に目を細める。大したものだと、素直にそう思った。伊達に騎士団長に任命されているわけではないということか。

 こうなっては仕方がない。多少の消耗はやむを得ないだろう。

 ベロニカはコートの内に幾つか忍ばせてあるを取り出すと、手慣れた手つきで装填を済ませた。


「悪いな、騎士団長さん。私はあんたの邪魔をするつもりはないんだが、話してもわかってくれなそうだからな。心配しなくても、戒は私が助けてやるよ」

「何――――」


 ベロニカは再び体を捻り、銃口を地表に向けた。

 彼女の周囲に赤黒い稲妻が集束を始める。周囲に漏れ出した雷撃の一部が、辺りの建物を抉り、削り取っていく。狙うは一点、ベロニカ自身の着地点だ。徐々に徐々に、地面が眼前に迫ってくる。呼吸を整え、ベロニカは引き金を引いた。

 瞬間、重厚な密度を持った衝撃波が、眼下に向けて解き放たれた。


死天使ザラキエル


 凄まじい爆炎が巻き起こり、辺り一面を粉塵が飲み込んでいく。着弾点を基点として、まるで火山が噴火したものかと錯覚するような勢いで轟音が鳴り響いた。

 ベロニカの姿は、煙に飲み込まれて消え去った。





「……逃げられたか」


 巻き上げられた煙と粉塵が晴れた後、クレアはそう呟いた。

 先ほどの凄まじい破壊力をもった一撃は、あの黒コートの女が身を隠すため、目くらましのために放ったもののようだった。

 着弾点こそ悲惨な有様だったが、それ以外の周囲への被害は大したものではなかったことが救いだろう。


「或いは、あの女が手を抜いていたのか」


 確証はないが、その可能性は充分あるように思えた。おそらく、奴は一切本気を出していない。……あの黒コートの女、自分はフェアレーターの一味ではないと名乗っていたが。


「それに、戒のことを知っているとはな。……戒を助ける、とも言っていた」


 その口ぶりから察するに、奴は今首都を襲っている敵の情報を握っているようにも思えた。しかし、結局はそれだけだ。逃走を許し、それ以上の情報を得られなかったのは惜しい。戒と、戒を狙っているというフェアレーターども。そして戒を助けるなどと言う謎の黒コートの女……。


「いったい何が起きている?」


 このアルメスクで、何か大きな異変が始まろうとしている。この混沌の中、騎士団の全ての行動が後手に回っていることが、クレアの心に悔しさを滲ませた。


(我々には、情報があまりにも少なすぎる……!)


 混乱の極みに置かれたこの首都の状況、彼女の胸の内は不吉な予感で満ちていた。

 


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冀望のファルコン Ruaru @aruko0920

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